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サイクル ロードレース コラム 2013年3月21日

ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:フランス1周

ツール・ド・フランスを知るための100の入り口 by Naco
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(C)KAYOT

ツール・ド・フランスという言葉は、「フランス一周」という意味だ。驚くなかれ、その名の通り、最初の50年余りは円を描きつつ、忠実にフランスを一周していった。

初回と第2回目の1903-04年こそ、辿ったのは小円だったものの、1905年-51年までは、六角形(フランス語でレキサゴン)といわれるフランスの輪郭を描き出すようなルートだった。

このように国内の都市を複数のセグメントに分けて巡回していく自転車レースはツールが初だったものの、一方で、18世紀にはすでに、コンパニョナージュのツール・ド・フランスというものが存在していた。

コンパニョナージュとは、自立する職人たちの組合のことで、彼らは国内を巡歴しながら熟練の技を磨いていった。初回のツールの経路はまさに、職人たちが辿った道筋だった。

さらに社会学者ジョルジュ・ヴィガレロが指摘するように、タイヤをたすき掛けにまとい、自転車の部品や修理道具を持参しながら走った初期のツールは、移動しながら自力で生き抜いた巡歴職人の姿と重なり合う。

(C)KAYOT

(C)KAYOT

事実、1919年のロト紙は観客に、巡礼気分で観戦することを推奨していたほどだ。

また、当時はアルザスロレーヌ地方のドイツ併合など、国境が揺れ動いていた。フランスの形というものが意識された時代でもあった。教育現場で子供たちに国土の外観を教えるための材料として、ツールが使われることもあったほど。

そんな一周ルートはしかし、1947年から1951年にかけて少しずつ国外に飛び出し、いびつになっていく。1952年以降は、不連続、変形、対角線といったランダムな進路が主流となり、もはや一周の痕跡は見られない。

しかし円周の殻を破ったことで、これまで出番のなかった中央部に足を踏み入れることが可能となり、形骸化やマンネリ化を免れた。

自由闊達な進路は、ツールを更なる飛躍へと導いたのだった。

代替画像

Naco

1999年末、ホームページを立ち上げ、趣味だった自転車ロードレースの情報記事を掲載しはじめる。2000年夏からは、ツール・ド・フランスの現地観戦レポートを開始。同サイトには、ロードレース・ファンたちが数多く訪れている。現在、フリーランスのジャーナリストとして自転車専門誌に記事を寄稿している。

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