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サイクル ロードレース コラム 2013年5月12日

ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:永遠の2番手

ツール・ド・フランスを知るための100の入り口 by Naco
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ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:永遠の2番手

[写真] プリドール(2011年)

「フランス人は順風満帆のエリートより、2位でもがいている人に親しみを感じるんだよ」。これは、大衆紙ルモンド元記者の弁。万年2位と言われたププことレイモン・ブリドールの衰えぬ人気ぶりを、こう評した。

1960〜70年代に活躍したプリドールは、14回出場したツール・ド・フランスで7回の区間優勝はあるものの、総合優勝には手が届かなかった。1962〜76年にかけて、71年をのぞき毎回出場を果たし、最終日の表彰台には計8回上った(2位が3回、3位が5回)。

ある意味時代が悪かった。歴史に名をとどめるツール優勝5回のジャック・アンクティル、エディ・メルクスの黄金期と重なった。しかしライバルたちに負けぬほど、ププは国民的アイドルだ。当時も、そして今も。

現代でいうと、ランス・アームストロングの時代とダブったヤン・ウルリッヒの姿をププに重ねるむきもあるかもしれない。ランスの戦歴の前に、彼の活躍は薄まった。2003年ツールは最後のタイムトライアルで逆転の可能性もあった。が、雨の路面でスリップして、万事休す。ああツイていない。

2人ともやがてドーピングで弾劾されるものの、選手として成熟期に、唐突に首切りになったヤンに比べ、ランスは、現役時代は無傷で過ごし、再復活まで果たして栄華を謳歌した。

さて、元祖『永遠の二番手』のププはといえば、1973年にレジオン・ドヌール勲章の『騎士』の階級を与えられ、2003年には『将校』に昇格した。現在は、ツールの広報役も務めている。

片やウルリッヒ。引退後、2009年には、久しぶりにツールに戻る計画をしていた。開幕前日、引退選手を招いたモナコのクリテリウムに招待されていたのだ。

懐かしのツールに戻る!、そんな喜びを口にしていたものの、直前に風邪をひき、モナコ行きはあえなく断念となる。引退してもなお、やっぱりヤンは、不運の人だった。

代替画像

Naco

1999年末、ホームページを立ち上げ、趣味だった自転車ロードレースの情報記事を掲載しはじめる。2000年夏からは、ツール・ド・フランスの現地観戦レポートを開始。同サイトには、ロードレース・ファンたちが数多く訪れている。現在、フリーランスのジャーナリストとして自転車専門誌に記事を寄稿している。

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