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サイクル ロードレース コラム 2013年4月10日

ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:ドーピング(2000年以降)

ツール・ド・フランス by Naco
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ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:ドーピング(2000年以降)

沿道の観客によるドーピングを風刺した旗(2006年) By Wladyslaw (Own work) [CC-BY-SA-2.5],via Wikimedia Commons

2006年は、始めよければ終わりよし、の逆をいく大会となった。開幕前に血液ドーピング組織のスキャンダル『オペラシオンプエルト』が勃発し、1チームと数人が出走前にツールを追われた。

さらに総合優勝者のフロイド・ランディスは、ツール中に行われた薬物検査で陽性結果が確認され、終了後にタイトルはく奪となる始末。

ランス・アームストロングに至っては、1999年から2005年まで、ツール7連覇を果たしたものの、2012年になってドーピングを告白し、記録がすべて抹消された。大事件ではあったが、ツールは難度を下げる気配もなく。ハードだからツールなのだ、と言わんばかり。

一方で、スキャンダルに敏感に反応したのがドイツ。圧倒的アイドルだったヤン・ウルリッヒが上述のオペラシオンプエルト関与でレース界を追われるや、独TV局がツール放送打ち切りを行うなど、ファン離れが激しかった。

優勝を期待されるも出走することなく大会を去ったウルリッヒを揶揄している(2006年)/(C)Yuzuru SUNADA

無理もない。ドイツの場合、ロードレース人気イコール、ウルリッヒ人気だったフシがある。ツールや自転車競技を、特定のアイドルという「点」の切り口のみで捉えていれば、もろいのは当たり前。

しかし歴史の重みを検証すればツールは深みを増し、情熱を傾け壮大なスペクタクルを実現した人たちへのリスペクトがあれば、ドーピングがすべてでないと実感する。

過去の汚点に目をつぶることなく、堂々たる100回にも及ぶ歴史を見つめ、その真価を見出すことができた人のみが、ツールを愛し続けることができる。

代替画像

Naco

1999年末、ホームページを立ち上げ、趣味だった自転車ロードレースの情報記事を掲載しはじめる。2000年夏からは、ツール・ド・フランスの現地観戦レポートを開始。同サイトには、ロードレース・ファンたちが数多く訪れている。現在、フリーランスのジャーナリストとして自転車専門誌に記事を寄稿している。

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