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安堵の顔から、であった。
「おっかねー」
フライングジャンプは、つねに恐怖心との戦いでもある。
それは滞空時間で5秒近く、しかも飛行曲線が抜群に高くなる。
そこを我慢して、さらにしのいで220mオーバーで勝負が決まる。
変な風が吹き付けることもあり、そこは手の動きや、体軸を整えた機敏なスキー操作でなんとかバランスを保つ。
つねに気丈な葛西紀明(土屋ホーム)なのだが、ほっとした表情を垣間見せて、テレビカメラを前に、大声でそう吐いた。
というのもトライアルで転倒し、ほぼ右ひざの感覚がなくなった状況で、痛み止めを打ちながらのジャンプ。アプローチとサッツの微妙な感覚も何もかもあったものではない。しかも愛用のスキーは折れて予備スキーでの本番だ。だが葛西、少しも慌てず騒がずの心境であった。
それは、これまでの長年の感覚をベースに、さらに持ち前の強いメンタルによる、誰にも真似できない素晴らしきジャンプ技術があるから。
彼はスタート台での微笑を消し、風の安定を祈りつつ、独り言のようなつぶやきを入れて、ビシッとスタート切った。そして、やや腰高な姿勢から速やかにサッツを出た。浮いた、ひたすらに浮いて伸びていく。
金曜日の個人戦でも最後まで表彰台をかけてアタックしていた。団体戦を挟んでの日曜日、シーズンファイナル。これもラストまで表彰台に昇る可能性を秘めた好勝負。
やるじゃないか40歳のカサイ。会場はわれんばかりの拍手と大声援に包まれた。
ともすれば危険を回避して200m手前に降りる選手も現実的には存在する。そんなのジャンプじゃないだろう、と言わんばかりにシャープな空中姿勢を見せる我らが葛西だった。
世界選手権後の後半戦における日本選手の成績は、伊東大貴(雪印メグミルク)がクオピオW杯(フィンランド)2位とトロンハイムW杯(ノルウェー)の3位で表彰台、竹内択(北野建設)はクリンゲンタールW杯(ドイツ)での実力のあふれる2位があった。さらには最終プラニツァW杯(ストロべニア)のフライングシリーズで、勇者葛西が個人戦において2試合連続の4位を記録した。
シーズンの終盤にかけて、ようやく昇りへの道筋が見えてきた日本勢だ。これは完全なまでに来季に良き方向性を持つ終わり方といえよう。2014ソチ五輪に向けて、あとはこの夏場のトレーニングが重要になってくる。4月のオフ期間を挟み、各選手ともに研ぎ澄まされた集中力で望んでいきたい。
またオーストリアチームは世界選手権後に、なぜか闘志は静まり、逆に勢いあふれたストッホらのポーランドチームと、W杯初優勝テペシュやクラニエツなどのスロベニアチームに頑張りが目立った。最終戦では、国別対抗でエースのヤコブセンを転倒のケガで欠きながらも、若きベルタなどの活躍により大逆転でタイトルを得たノルウェーチーム。それは皆でカバーし合うチームワークの良さが光っていた。
女子では高梨沙羅(グレースマウンテンインターナショナルスクール)とサラ・ヘンドリクソン(アメリカ)不動のトップ2の闘いは実に見応えがあった。ふわりと浮き的確な着地点にテレマークをきれいに入れるサラと、圧倒的なスピードジャンプでそれに対抗した沙羅との勝負は、全試合でヒートアップをみせた。
早々と個人総合優勝を決めた高梨に、とことん圧力をかけ続け最終のノルウェーシリーズで2連勝を果たしたサラだった。
来季は、ケガで離脱したベテラン大型ジャンパーのイラシュコに、強者ザイフリーズベルガーと、新鋭で高梨タイプの15歳ホルツルを擁するオーストリアの台頭が予想される。であれば日本チームは、トップの高梨に続く選手たちの底上げが急務だ。
4月に土屋ホームに入社してトレーニングを開始する伊藤有希(下川商高)、パワフルな茂野美咲(ライズJC)、安定する平山友梨香(北翔大SC)、ベテランの渡瀬あゆみと葛西賀子(日本空調)、爆発力ある竹田歩佳(ライズJC)などなど、厳しい夏のトレーニングを経て、上昇ラインに乗っていきたい。
男子シュリーレンツァウアー(オーストリア)の大台50勝で幕を閉じた今シーズン。
低迷するフィンランドの復活とアホネンのカムバック、ドイツのまとまりにシュミットの去就、さらに群雄割拠の優勝争いになってきそうなW杯シーンだ。
日本チームはそこに粘り強く食い込み、サマーグランプリからしっかりとその存在を示していきたい。
いよいよ復活のきざしが見えてきたジャパンだ。輝く五輪に向けて、より一層の奮起が望まれる。
(Text & Photo by 岩瀬孝文)
[写真1]しり上がりの好調の波に乗りトロンハイムW杯で見事に第3位表彰台に上った伊東大貴(雪印メグミルク)。
[写真2]最後はヤコブセンを欠いたが、いつもながらのバイキングパワーで飛ばしまくり、明るさに満ち溢れて国別団体を制したノルウェーチーム。
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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