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FIA F2に参戦する宮田莉朋
少し前の話になるが2023年12月。この年のスーパーフォーミュラとSUPER GT(GT500クラス)でダブルタイトルを獲得し、翌年から海外レース参戦が決まっていた宮田莉朋と会ったとき、彼からこのように声をかけられた。
「一度、FIA F2にも取材に来てくださいよ!」
過去にも日本人ドライバーが海外に挑戦し、F1直下のカテゴリーであるFIA F2に参戦して活躍したケースはたくさんある。しかし、宮田のように日本のカテゴリーでステップアップして、トップフォーミュラでチャンピオンを獲得したドライバーがFIA F2に行くというのは初めてのケース。シーズン開幕時は、日本のみならず海外からも大きな注目を集めた。
筆者は、2024年も相変わらず国内レースを中心に追いかけ、その合間にFIA F2のレース映像やニュースなどをチェックしていた。ただ、宮田から言われた一言がずっと頭の中から離れずにいた。
国内レースをメインに取材しているとFIA F2の日程と重複が多かったが、シーズン終盤のカタールラウンド(11月29日~12月1日)はなんとか調整がつき、様々な方々の協力もあってF1カタールGPと並行してFIA F2を初めて現地取材に行った。
今回は(取材から少し時間は経ってしまったが…)“百聞は一見にしかず”という体験ばかりだったFIA F2の現場をご紹介したいと思う。
■「日本でやってきたことが活きない」初めての経験続きだった1年目
宮田莉朋
FIA F2はF1と同様に金曜日からセッションが行われる。その前日の木曜日に現地入りして、取材の受付を済ませると真っ先にFIA F2のパドックへ向かった。
早速、宮田に会うことができ「遠くからありがとうございます!」と笑顔で出迎えてくれたが、その表情を見ると“やっぱり、こっちにきて色々と苦労しているんだな”と感じざるを得なかった。
改めて、セッションの合間にじっくり話を聞いてみると「日本の経験が活きるかと言われると、このカテゴリー(FIA F2)では活きないなという感じがします。全くの別モノですね」と開口一番に語った宮田。
日本ではFIA F4、SFライツ、スーパーフォーミュラ、SUPER GT(GT500)と各カテゴリーでタイトルを獲得し、今後さらなる飛躍が期待されていた。
その中で、宮田自身も希望していた海外レース挑戦の第一歩として2024年シーズンはFIA F2とヨーロピアン・ル・マン・シリーズにレギュラー参戦したが、特にFIA F2は日本と勝手が違うところが多く、試行錯誤の連続だったという。
「走行時間が圧倒的に少ないのと、タイヤのセット数が限られているし、同じコンパウンドのセット数も少ないです。さらにタイヤのデグラデーションが大きいことに対して『どこまで攻めるか?いつ守るか?』というところの見極めが難しい。僕にとっては初めてのピレリタイヤだから、そこも定まっていませんでした。フォーミュラでピレリタイヤという環境で、ずっと走っていた周りのF2ドライバーと比べると、そこの経験値が圧倒的に違いました」(宮田)
日本とは異なるキャラクターを持つピレリタイヤへの慣れと、新しいコースの習熟。この2つが特に難しかったとのこと。こうして文字にして表現すると“新しい場所でレースをするのだから当たり前のこと”と思われがちだが、実際にはそう簡単なものではないのだ。
「スーパーフォーミュラのように1つのコンパウンドで走るのとは違い、F2ではタイヤが5セットあるうち3セットがプライム(ハード側)、2セットがオプション(ソフト側)となっています。45分のフリープラクティスでタイヤを2セット使うこともできますが、そうするとレースで不利になっていくだけ。結局、練習で使えるのは1セットだけなんです。タイヤのデグラデーションが大きいから、周回数を重ねてタイムが上げられるかというと、そうでもない。だから、オプションは予選まで使えません」
補足をすると、現在のスーパーフォーミュラでは1戦あたりに使えるドライタイヤは6セット。このうち3セットは前回からの持ち越しタイヤで、それらを使ってフリー走行に臨み、最後には持ち越しタイヤの中から一番状態の良いものでタイムアタックのシミュレーションを行う。コンパウンドに関しても、以前はソフトとハードの2種類だったが、数年前から1つのコンパウンドで運用されている。
対してFIA F2は年間で4つのコンパウンド(スーパーソフト、ソフト、ミディアム、ハード)が用意され、各サーキットの特性に合わせて2種類のコンパウンドが用意される。各大会での振り分けとしては硬い方のプライムが3セット、柔らかい方のオプションが2セットで全車共通。ただ、宮田のコメントにもある通り、走行距離が長くなればなるほど、タイヤのデグラデーションが大きくなりやすいため、予選でオプション2セットを使用し、プライム2セットを決勝レースのために温存する必要がある。そうするとフリー走行で使えるタイヤはプライム1セットのみということになる。
さらにスーパーフォーミュラでは予選前のフリー走行が90分あるのに対してFIA F2は45分。前述の通り、使えるタイヤが1セットだけということを考えると、予選アタックを想定した走行チャンスも非常に限られてくるほか、コースの習熟で周回を重ねていくうちにタイヤのデグラデーションが進み、グリップが高い状態での攻めどころを見極めるのが難しくなってしまう。
宮田莉朋のマシン
「これでコースを知っていれば、まだ対応できるところがあります。僕はバーレーンとバルセロナはテストしていたので、そこは(レースウィークに対しては)良かったですけど、他のコースは知らない状態でした」(宮田)
また、タイヤに関してはレース中のデグラデーションもそうだが、予選アタックでピークパフォーマンスを引き出す部分に苦労したという。
「例えば、僕が『ここがタイヤの限界点で、それ以上滑らせるとデグラデーションにつながる』と感じているポイントがあるとすると、慣れているドライバーはさらに先の領域を使ってプッシュしているんです」
「僕自身はその際どいところをセンシティブに感じてしまい、守りに入り上手く使い切れない。だから、予選でそのピークが自分の中で感じられていないまま終わってしまっているところがありました」
「でも慣れているドライバーは、そのちょっと滑った先にあるグリップを感じているんです。そういうところがピレリは難しいですね。こっちに来て色んな苦労をしていますけど、その中には“経験していないこと”があまりにも多すぎました」
その他にもコースやタイヤ以外にも、日本とヨーロッパの違いを痛感する場面が多かったとのこと。
「そもそもで言うとコミュニケーションを取れるかというかというところの壁もあります。僕は英語を勉強していたから会話ができますけど、それでも苦しいところはあります。やっぱり(同じ英語でも)国それぞれで喋り方も違いますし、イギリス人はイギリス英語で訛りが違います。そう言うところもヨーロッパに来ると痛感する部分でした」
「あと、すごく細かいところで言うとF2はパワステがないし、タイヤのサイズも違うし…そういうところをひとつひとつ見ると、SFとF2でかなり違います」
「その中でリアム・ローソンやピエール・ガスリーなど(ヨーロッパから)SFに来て成功しているドライバーもいます。彼らはもちろんすごいけど、逆に言うと彼らにとっては『こっちはパワステがあるんだ! こんなにタイヤを使えるんだ!』という状況になるので、おそらくマインドとしては全然違ったと思います。F2からSFも難しいし、SFからF2に関してはもっと大きなギャップがあると感じています。その上で走行セッションが短いですからね……。そういうところも、ひとつひとつ知ってもらえると嬉しいです」
もちろん、両カテゴリーの違いはコース上だけではなく、チームとの細かなやり取りやFIA F2ならではの環境など…とにかくタスクが多かったようだ。ここに書き切れないほどたくさんの話を聞いたが……宮田にとっての海外挑戦1年目は、とにかくバタバタしたまま1年が過ぎ去っていったのだろうなと、容易に想像ができた。
■周囲が語る宮田莉朋の“FIA F2挑戦1年目”
宮田莉朋
「バーレーンやバルセロナのような、事前にテストで走り込んだサーキットでは本当に良いパフォーマンスを見せた。彼が多くの時間を費やしたサーキットで本当に良いパフォーマンスができることを示していると思う。逆にシルバーストーンやレッドブルリンクのような彼にとって全く初経験となるサーキットではすごく大きな挑戦となった」
そう語るのは、2024年に宮田の担当エンジニアだったロディン・モータースポーツのマット・オーグル。ひとつひとつ経験してパフォーマンスにつなげていく宮田のスタイルを理解しながらも、それがFIA F2の舞台では難しい要素になったという。
「莉朋は徐々に積み上げていくスタイルで、コースを学ぶのには時間をかけていく必要がある。 残念ながら、(そのスタイルは)F2のレースウィークには適さないところがあるし、サーキットによっては開催時間が昼から夜になることもある。さらにフリー走行で履いたタイヤとは違うコンパウンドで予選に臨まないといけない。それは莉朋にとって本当に難しかったと思う」
「おそらくF2車両はスーパーフォーミュラ車両よりもドライブするのが難しいクルマであり、ピレリタイヤは彼が日本で慣れ親しんできたものよりも理解するのが難しいタイヤである。それが彼にとっては不利になったと思う」(マット)
このカタールラウンドでは、TGR-Eの中嶋一貴副会長も現地入りして、宮田のサポートをしていた。
「間違いなく自分たちがやっていた頃よりややこしいですし、特に今のフォーマットで経験のないピレリタイヤを使うっていうのは本当に大変だと思います」
「走ったことがないサーキットばかりで、タイヤに関してもレースごとで2種類ですけど、全体で言ったら4種類あります。本人もその辺を理解しながら走るタイプだと思うので、そこは苦労したところでしょうし、レースでなかなか結果が上がってきていないように見えるのは、そこの難しさがあるのかなと。でも、このシーズンの経験は、将来に向けた財産になることは間違いないと思います」(中嶋)
2024年シーズンの宮田は、シーズン序盤のメルボルンで獲得した5位が最高位。バルセロナのスプリントレースでは2位でチェッカーを受けたもののトラックリミット違反で10秒ペナルティが課されて最終結果では7位になるという1戦もあるなど、上位争いをみせる場面もあったが、シーズントータルでみるとノーポイントで終わったレースが多く、ランキング19位だった。
「やっぱりダブルチャンピオンを獲ってこっちに来たから、日本の皆さんからすれば「もっと頑張れよ!」となるかもしれません。ELMSでは優勝できましたけど、F2では期待に応えられなかったというか……なかなか結果がつかなくて僕も歯痒い思いをする日々を過ごしました」と宮田。
歯痒さを感じながらも、前を向いて頑張ろうとしていた姿が印象的だった。
「でも、こっちで一緒に仕事をしているみんなは僕のことを信じてくれていて『莉朋が秘めているものは絶対にある」と言ってくれます。僕はそれに助けられているし、僕もまた頑張ろうという思いにさせてくれています」
「成績にはつながっていないけど色んな経験ができたし、成長できている1年かなと思います。やっぱりSFに乗る時の取り組み方とF2の取り組み方は全然違います。特に逆(SFからF2)の経験をする例は初めてだったので、自分にとっては素晴らしい経験をさせてもらっています」
2年目となる2025年シーズンはARTグランプリから参戦することが発表されている宮田。昨年末には生活拠点をイギリスに移して、よりFIA F2に集中する環境づくりを進めているという。カタールで取材をした雰囲気を見ると、この環境変化が宮田にとってはものすごくプラスになりそうな予感がする。
とはいえ、FIA F2は短期間で結果が求められる世界。彼にとって2シーズン目は勝負の年になることは間違いないが、それは本人が一番分かっている様子。
日曜日のフィーチャーレース取材を終えて、帰り際に挨拶をした時も2シーズン目に対する力強く話していた宮田。いつもSNSでは毎ラウンド前に「一生懸命頑張ります」と投稿しているが、今年も上位を目指して“一生懸命”闘う姿を期待したい。
そして、また時間を見つけて彼の奮闘ぶりを現地で取材したいなと感じた。
彼も話していた通り、日本でダブルチャンピオンになったドライバーということで、FIA F2の舞台で結果がついてこないことに対して色んな意見や声がSNSやネット上で散見される。
意見に関しては人それぞれなので、そこに関して何も言うつもりはないが、筆者個人としては、スーパーフォーミュラとFIA F2が全くの別モノだということなど、宮田が今挑戦していることに対する現地の状況や色んな背景をしっかり理解しないと、ちゃんとした意見はできないのかなと感じた。
そして、今回のカタール取材でスーパーフォーミュラとFIA F2との違いや、ヨーロッパ側から見たスーパーフォーミュラの立ち位置など、現地に来てみて分かったことがたくさんあった。
その辺のお話は、また次回にご紹介できればと思う。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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