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モータースポーツ コラム 2026年5月20日

片山義美さんとコカ・コーラコーナーについて

今日も今日とてプッシュ&ルーズ by 高橋 二朗
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富士スピードウェイ(写真はSUPER GT 2026 第2戦での様子)

先日、SNSに片山義美さんに関する投稿があがっていた。
片山さんは、東洋工業株式会社(現・マツダ株式会社)のワークスドライバーとして、国内外のレースに参戦したエース。
日本レースの黎明期には二輪ライダーとして世界を転戦し、その後四輪へ転向。東洋工業と契約を結んだ。
その時に契約金をどうしようかという話になった。同社は、プロ野球チーム、広島東洋カープの筆頭株主であったことから、主力選手である衣笠祥雄選手と同じにしたらどうかという案で決まったという伝説があると聞きました。

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片山さんは、取材させていただくと決して多くを語らず、武士はこのような人だったのだろうと感じさせられた。高橋国光さんと同い年で、国さんは東京出身であるのに対し、片山さんは兵庫県出身。いわば「東の国さん、西の片山さん」という存在。
ツーリングカーレースでは、全盛を極めていた日産のスカイラインGT-Rに対し、東洋工業のサバンナRX-3でその連勝に終止符を打った。

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片山さんに関するSNSを見ていたら、まるで風に本のページが捲られるように、1983年の富士グランチャンピオンシリーズ最終戦「富士マスターズ250キロレース」の記憶が蘇った。
10月22日の予選日。片山さんが駆るマシンは、公式予選1回目開始早々に、100Rのクリッピングあたりでスピン。コースのアウト側へ後ろ向きとなった瞬間、舞い上がって、スポンジバリアがマシンをさらに跳ね上げた。そしてコースサイドの看板の脇から森の中へ飛んでいってしまった。
すぐに予選は中断されたが、片山さんは無事だった。
山海堂『オートテクニック』の記者として現場に居たボクは、カメラマンと一緒にマシンが落下した地点へ急いだ。現場は谷で、急な斜面を登っていったがけ、マシンが見当たらない。一体どこへ飛んでいったのだろうと思って見上げたら、裏返ったマシンが木に引っかかっていた。当然、片山さんは、そこにはもう居なかった。

パドックに戻り、片山さんのもとへ向かい取材を行った。
「なんやろね、タイヤか、足か・・・。スピンしたら飛んで。逆さまに落ちたから、ベルト外したらドスンッ(笑)」
淡々と、時折ユーモアを交えて答えていただいた。ウイングカーは前後が逆向きになると舞い上がってしまう。当時、100Rの速度はグラウンド・エフェクトによって増し続けて、危険性を指摘する声がドライバーの間でも高まっていた。
当日、ドライバー代表の国さんと片山さんが連れ立って富士スピードウェイ幹部のもとを訪れ、100R手前にコーナーを設けて減速させる案を図にして提示した。A4用紙にフリーハンドで書かれたコーナーが描かれていた。
それが4年後にAコーナー、現在のコカ・コーラコーナーとなったのです。

文:高橋 二朗

高橋 二朗

高橋 二朗

日本モータースポーツ記者会。 Autosport誌(英)日本特約ライターでもあり、国内外で精力的に取材活動をするモータースポーツジャーナリストの第一人者。1983年からルマン24時間レースを取材。1989年にはインディー500マイルレースで東洋人としては初めてピットリポートを現地から衛星生中継した。J SPORTSで放送のSUPER GTのピットレポーターおよび、GTトークバラエティ「GTV」のメインMCをつとめる。

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