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サッカー フットサル コラム 2018年7月25日

きわめて後味の悪いエジルを巡る事件 ドイツ代表は「寛容性」を象徴する存在だったはずなのに……

後藤健生コラム by 後藤 健生
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1966年のワールドカップで3位に入ったポルトガル代表にエウゼビオやマリオ・コルーナなどモザンビーク出身の選手が入っていたが、かつては、ヨーロッパ各国の代表に黒人選手の顔を見出すことはほとんどなかった。

その後、1990年代に入ると各国にアフリカ系など「異民族」の選手が増えていった。ルート・フリットやフランク・ライカールトなどスリナム独立の時にオランダ国籍を取得したアフリカ系のオランダ人選手がいたし、1998年に自国開催の大会でワールドカップ初優勝を飾ったフランス代表は約半数をアフリカ系など異民族の選手が占めており、異彩を放っていた。

当時、ドイツにはまだ異民族の代表選手はほとんど存在せず、ドイツ人はその「純潔性」を誇っており、またフランスの関係者は「フランス社会の寛容性」を自慢していたものだ。 だが、2000年代に入って、ドイツ代表のサッカーが大きく変化した時期になると、ドイツ代表にも多くの異民族の選手が含まれるようになっていった。ボアテングのようなアフリカ系もいたし、また、ドイツ生まれのトルコ系選手が台頭し、ある者はルーツであるトルコ代表を選択し、またある者は生まれ育ったドイツ代表を選択した(エジル自身もトルコ側からは代表入りを強く期待される中で結局ドイツを選択した)。

エジルらが何系のルーツを持つにしても、それがドイツのサッカーが変わった原因ではない。だが、さまざまなルーツの選手が1つのチームを作るドイツ代表の姿は、「新しいドイツ」、「多様性と寛容性のドイツ」の象徴のような存在だった。

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