人気ランキング

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

メルマガ

お好きなジャンルのコラムや
ニュース、番組情報をお届け!

メルマガ一覧へ

コラム&ブログ一覧

サイクル ロードレース コラム 2013年5月19日

ジロ・デ・イタリア2013 第14ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
  • Line

アルプスには雪が降り続いていた。コース終盤に待ち構えていたはずの1級セストリエーレ峠の通行は、取りやめられた。上りよりも、むしろ下りの危険性――滑りやすい路面、低温、霧による視界の悪さ――を鑑みての、開催委員会の決定だった。選手たちの安全重視が最優先され、1988年の大雪の中でのガヴィア登坂や、1956年の「伝説」のモンテ・ボンドーネが再現されることはなかった。山肌を迂回するせいでステージ距離は156kmから182kmに延長された。区間の行方は最終バルドネッキア登坂一発勝負に委ねられた。

見渡す限り山ばかりの、最終週が始まった。スタート地には4選手が姿を現さず、3人がステージ半ばに大会を去った。特に85km地点の落車のせいで、第4ステージ勝者エンリコ・バッタリン(肋骨2本骨折、外傷性気胸)と、ヴィンチェンツォ・ニーバリのアシスト役アレッサンドロ・ヴァノッティ(肩峰鎖骨脱臼)が、共に病院でレースを終えた。幸いにも制限時間アウトに泣かされた選手はいなかった。2日連続で見事なスプリントの脚を見せつけたマーク・カヴェンディッシュも、22分31秒遅れで、凍えるような山の上に無事にたどり着いた。

行方に苦難が待ち受けていることを知りながら、スタートから7km地点で4選手が飛び出した。第3ステージ勝者ルーカ・パオリーニ、前日23歳の誕生日を迎えたばかりのソンニ・コロブレッリ、この日ばかりはカヴのために働かなくてもよいマッテオ・トレンティン、そして「寒さなんて関係なかった。アタックしたかっただけ!」と言い放ったダニエーレ・ピエトロポッリは、プロトンに最大10分ほどのタイム差をつけて逃げ続けた。雨の中を突っ走り、雪の降る最終峠に突入した時点でも、いまだに4分50秒のリードを有していた。

この日唯一の、しかも距離さえ8.5kmときわめて短い勝負地へ向けて、総合有力選手たちは恐ろしいスピードで飛ばしていた。特にブラドレー・ウィギンスを失い、代わりにリゴベルト・ウランを新リーダーに抱くスカイ軍勢が、凄まじいリズムを刻んだ。最後のあがきを続ける前方との差は瞬く間に縮まって行き、同時に、メイン集団の後方からは次々と有力者が脱落して行った。ロバート・ヘーシンク(前日の時点で総合4位、2分12秒遅れ)が千切れ、ミケーレ・スカルポーニ(同総5位、2分13秒遅れ)は凍えてペダルがこげなくなり……。

しかしゴール前4.5kmにディエゴ・ローザがアタックを仕掛けると、黒と白の世界は、一気にカラフルに変わる。「ばら色」の攻撃に、イタリアントリコローレを身をまとうフランコ・ペッリツォッティが追随した。蛍光イエローのダニーロ・ディルーカは、メイン集団をおなじみの気迫で牽引した。さらにはピンクジャージのニーバリ自らが、……ひどい低温にも関わらず半袖のジャージで気合十分の総合トップが、ゴール前1.8kmで猛加速を切った!

総合2位のカデル・エヴァンスは瞬時に反応するも、ついていく脚はなかった。一方、2010年ツールでこのオーストラリア人の山岳アシストを務めたマウロ・サンタンブロジオと、2位常連カルロスアルベルト・べタンクールだけは、シチリアっ子の畳み掛けるような加速に必死でしがみ付いた。「シャーク」は逃げ惑う哀れな4選手を飲み込み、さらに獰猛にスピードを上げる。

「今日は数々のアタックが巻き起こった。スカイもウランを飛び出させようと策を企てていた。厳しい1日だった。雨と寒さに1日中苦しめられた。そしてようやく雨が止んだと思ったら、今度は雪が襲い掛かってきた。今日はまさに野生動物のためのステージだったのさ!」(ニーバリ)

  • Line

あわせて読みたい

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

ジャンル一覧

J SPORTSで
サイクル ロードレースを応援しよう!

サイクル ロードレースの放送・配信ページへ