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さあ今年のツール・ド・フランスがはじまりました。誰もがご存知のように、自転車という乗り物は、平坦な道や下り坂は非常に楽に移動することが出来ますが、上り坂となれば話は別です。辛い坂道で、自転車を投げ出して歩きたくなった経験がある方も多いでしょう。ツール・ド・フランスでは、一般の方が絶対自転車では登らないだろうという坂道も、自動車でさえもアクセルを目一杯踏み込まないと登れないような山道も、強靭な身体をした選手たちはグイグイとペダルを踏んで登っていきます。選手は大抵、平坦なコースをスピードを上げて疾走するのが得意な選手と山岳地帯での上り坂をパワーで乗り切るのが得意な選手に分かれます。すべての選手が上り坂を得意としているわけではありません。しかし、前大会の総合チャンピオンであるクリス・フルーム選手は、平坦・山岳コースの両方を得意とする選手として有名です。彼の身体にはどんな秘密が隠されているのでしょう。今回もクリス・フルームの強さを科学的に紐解きます。
サイクルはスポーツ科学の総力戦
自転車のロード競技選手は、自らの身体に対するデータを非常に重要視しています。実際に、レース中もリアルタイムにデータを収集し、利用しています。レースを展開しながらも、心拍数、走行速度、クランクの回転数などの情報により出力パワーの調整や、戦術の変更をも行っているのです。スポーツ科学の総力戦と言っても過言ではないかもしれませんね。
柔軟な心臓こそ、勝利へのカギ
一般成人が、何もしないでゆったりと過ごしている時の心拍数(安静時心拍数と呼びます)を測ると、1分間に60〜70拍前後。日頃トレーニングを行っているスポーツ選手でも50拍前後、マラソンの一流ランナーでも40拍前後であることがわかっています。長時間、動き続けるための持久力を必要とするアスリートは、多くの血液を身体中に長い時間送り続けなければなりません。そのため、ポンプの役割を持つ心臓そのものが肥大します。何もしていない状態では、全身に多くの血液を送る必要がなくなるので、安静時心拍数は低くなるわけです。
もう一つ、持久的な能力に優れているアスリートは、「もうこれ以上は運動を続けられない・・・」という高い強度まで運動を遂行した時の心拍数(最大心拍数と呼びます)が、一般人に比べて低くなります。これは、先ほどの話のように、肥大した心臓のおかげで一回の拍動で送り出すことが出来る血液の量が多くなるのです。それによって、運動中に必要とされる、酸素や栄養素を全身に運ぶために必要なポンプの拍動回数も少なくて済むのです。25歳一般男性の安静時心拍数は70拍/分前後、最大心拍数は190拍/分前後ですから、心拍数が変化できる範囲は120拍(190−70=120)となります。この変化の範囲が大きいということは、それだけ活動に対して柔軟に対応ができる優れた心臓であると、言えます。そして、驚きはフルーム選手の安静時心拍数が30拍前後、最大心拍数が180拍前後だということ。フルームの心拍数が変化する範囲は150拍(180−30=150)となり、一般の方々には考えられないキャパシティーを持っていることがわかります。
低燃費機能がついた心臓
そんな活動範囲の大きなフルームの心臓ですが、レース中は高くなっても160拍程度にしか上がりません。大きな排気量のエンジンを積んでいる自動車を運転してみると、高速道路で速度を加速しようとした時も、踏み込んだアクセルに余裕を感じます。また最近の低燃費自動車には、停車中にエンジンをストップさせて燃料を節約する機能がついています。フルームの心臓は、まさに低燃費機能の付いた大きなエンジンと言えます。
一般成人の2倍以上 フルームの酸素摂取量
人は活動中には、筋肉を動かすためにエネルギーを必要とします。長い運動を持続する際、エネルギーを作り出すため、筋肉は酸素を必要とします。この酸素を送り込む経路が血液であり、その血液を流すためのポンプ作用が前述した心臓の拍動です。運動したことで心拍数が高くなるので、血液の流れが増加し、筋肉に送り込む酸素の量は増えます。しかし、その酸素を受け取る側の筋肉がしっかりと受け取るシステムを持っていないと、せっかく送り届けられた酸素は役に立つことが出来ずに、呼吸によって再び体外に排出されるのです。つまり、筋肉が取り込んだ酸素の量が大きければ大きいほど、持久的な能力が高いということになります。一般の20歳代男性が筋肉に取り込める酸素の最大量(最大酸素摂取量と呼びます)は、1分間に2リットル程度です。体格の差もありますが、これを体重1kgに換算すると35ml/分/kg程度の値となります。
それに比べ、フルームの最大酸素摂取量はなんと85〜90ml/分/kg。一般成人の2倍以上です。これはツール・ド・フランスに参加しているプロサイクリストの中でも大きな値であるとともに、他のスポーツ種目のアスリートと比べても、あまりお目にかかれない数値です。フルームの筋肉は、エネルギーを生み出すためのシステムも図抜けていることがわかります。
フルームが山にも平地にも強い理由
このように、馬力があり尚且つエコクルーズ機能がついているエンジン(心臓)を積み、潤沢に燃料を送り込める装備(大きな酸素摂取量)が整っている自動車・・・フルームの身体はまさにこの通りです。長く急な坂道も、大きな馬力のエンジン(心臓)を搭載しているため余裕をもって走行することができます。平地ではエコ機能をフル活用して、少ない燃料でスピーディーに疾走します。これがフルームの山道にも平地にも強い能力を生み出しているのでしょう。
フルームの強さは出生に秘密があった?
では、フルームの心臓や筋肉のシステムはどうして優れているのでしょうか?これは彼の生まれ育った地に秘密があるのかもしれません。フルームはイギリス人ですが、ケニアで生まれ、ケニア・南アフリカにて長い間生活をしていました。この高地での生活により、彼の心臓や筋肉は体内に取り込める酸素の量が少ない状態でも、パフォーマンスを低下させることなく動き続けられる能力を身につけたのでしょう。この能力は遺伝的な要素も考えられますが、後天的に生活環境や活動量により変化してきたと言っても良いのではないでしょうか。今年のジロ・デ・イタリア総合覇者のナイロ・キンタナをはじめ、コロンビア出身の選手が活躍している背景にも、地域的な生活環境、トレーニング環境が関係している可能性も考えられるのです。
櫻井 智野風
1966年生。神奈川県出身。博士(運動生理学)。現在は桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部教授として指導と研究に取り組んでいる。スポーツ科学、スポーツ生理学を専門分野とし、主な著書に「不調の原因を解消する本」(2014/出版)、「ランニングのかがく」(2011/秀和システム)などがある。その他に日本陸上競技連盟の普及育成委員を務め、東京オリンピックに向けたジュニア世代の育成強化に力を注いでいる。自らも選手として活躍していた十種競技を中心に世界選手権や五輪などに出場する日本代表選手などを強化に関わっている。
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