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「神」を倒したイングランド。2連覇王者のオールブラックス敗れる。ラグビーワールドカップ日本大会・準決勝 イングランド vs. ニュージーランド レビュー
ラグビーレポート by 多羅 正崇オールブラックスはラグビーの神様――試合後の記者会見で、イングランドのエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)は、ニュージーランド(NZ)代表“オールブラックス”をそう形容した。
「ニュージーランドはゴッドね。ゴッド・オブ・ラグビー」(イングランド・ジョーンズHC)
しかし10月26日(土)、ラグビーW杯(ワールドカップ)日本大会の準決勝で勝利したのは、W杯3連覇を目指したラグビーの神様ではなかった。
凱歌をあげたのは、2015年大会で日本代表を指揮したエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)率いるイングランド。NZに19-7で勝利し、2007年以来3大会ぶりの決勝進出を決めた。
オールブラックスはW杯で2007年以来3大会ぶりの敗戦。W杯での連勝は18でストップし、試合後に世界ランキング1位をイングランドに明け渡した。
今日は強いチームが勝った。NZのスティーブ・ハンセンHCは敗戦後、厳しい表情で語った。
「悔いはない。素晴らしいプレーをしたオールブラックスを誇りに思う。今日はもっと強いチームにやられた」
イングランドにとって、NZは倒さなければいけない相手だった。
「4年前ペニーヒルパークでの最初のミーティングで、目標を決めました」(ジョーンズHC)
世界一のチームになること。目標を定めた「エディー・イングランド」は2016年に本格始動し、破竹のテストマッチ18連勝を記録。世界ランキング2位まで上りつめたが、1位にはいつもオールブラックスがいた。世界一はオールブラックスだった。
ジョーンズHCは試合後に「私たちは2年半準備してきました」と明かしている。2年半とは、2017年5月のプール戦組分け抽選会からの日々を指しているだろう。
ジョーンズHCは2年半前からこの日を想定していたのか。イングランドとNZがプール戦を1位通過し、準々決勝を突破すれば、準決勝で対戦することになる――
ただ2年半ごしの計画は、長らくコーチの頭の中にあった。
選手もこの日のために2年半準備してきたのか、という質問に対し、LO(ロック)コートニー・ロウズも、FL(フランカー)サム・アンダーヒルも異口同音だった。
「それは違う。グランドデザインは監督が考えてくれている。選手は目の前の試合に集中するだけだった」
かくして迎えた10月26日、午後5時キックオフの準決勝。“神殺し”計画の大本番が始まった。
今大会最多の観客6万8843人の前で、ジョーンズHCは試合前から仕掛けていた心理戦をピッチでも展開する。
NZの試合前の伝統舞踊「ハカ」に対し、V字に並んで対峙。ジョー・マーラーなど選手6人がハーフウェイラインを越えて、NZを囲むようにしたのだ。
「我々はみんな準備ができていること、一緒だということを見せたかった。(V字に並ぶのは)何か違うことをしようとエディーが提案したものだったと思う」(イングランド・CTBトゥイランギ)
ハカの最中、CTB(センター)オーウェン・ファレル主将は不敵に微笑んで「ウインクをしてきた」(NZ・SHスミス)。相手を心理的に攪乱しようとする試みは、キックオフから始まる。
SO(スタンドオフ)のジョージ・フォードが蹴ると見せて、笛の直後にボールを受けたCTBファレル主将が逆サイドへキックオフボールを蹴った。
ニュージーランドのハカをV字ラインで取り囲むイングランド代表|ラグビーワールドカップ2019
© Rugby World Cup Limited 2019
それからイングランドは素晴らしいスタートを切った。
エリア左のラインアウトから、ボールを両サイドに散らしながら敵陣へ。ラックを減らして速く大きくボールを動かした。
ゴール目前に侵入すると、前半2分、CTBマヌ・トゥイランギがラックサイドにねじ込んで先制トライを決めた。CTBファレル主将のゴールも決まり、7点を先制した。
「相手より早く仕掛けることが大事。その通りのことができた。最初の20分で相手に打撃を与えようとみんなで言っていた」(イングランド・NO8ヴニポラ)
反撃したいNZだが、イングランドの防御は鉄壁だった。
NZは前半16分、イングランドが初めて犯したペナルティで相手ゴール前に侵入。しかしラインアウトでイングランドのLOコートニー・ロウズが投入されたボールをカットした。
この日のイングランドはラインアウトDFが冴えた。ラインアウトのコーチは、2015年大会で日本代表を指導したスティーヴ・ボーズウイックだ。
「スティーブ(・ボーズウィック)は世界でナンバーワンのコーチだ。彼が(ラインアウトの)ゲームプランをくれて、選手達はとても良い仕事ができた」(イングランド・LOロウズ)
またイングランドはキックで積極的に相手WTB(ウイング)を狙っていた。共に代表キャップ数が10に満たず、経験の浅いジョージ・ブリッジとセヴ・リースだ。
キックゲームで有利になると、タッチへ逃れる場面が多くなり、ラインアウトは増える。ラインアウトの専門家、ボーズウィック コーチとフォワード陣が、両軍で計31回あった空中戦を制圧した。
NZのこの日のラインアウト成功率は81.8%(11本中9回成功)。NZはスクラムでもペナルティを犯し、セットピース(スクラムとラインアウト)が劣勢を跳ね返す力にならなかった。
イングランドは前半20分過ぎ、強烈なボールキャリーを連発したFLアンダーヒルがインゴールへ飛び込んだが、ここはオブストラクションの反則でノートライ。
しかしイングランドの優勢は変わらず。前半38分にはエリア外側のブレイクダウンでもCTBトゥイランギがジャッカル成功。
獲得したペナルティで、SOフォードがPG(ペナルティゴール)成功し、10-0で前半を折り返した。
NZはサプライズ起用だったFLスコット・バリットに代わり、後半頭からフランカーのサム・ケインが投入され、その後勝負所でジャッカルも見せた。本職はロックである身長197cmのS・バリットのフランカー起用は、不発に終わったと見てよいだろう。
ハーフタイムに通り雨が降ったピッチで、NZは後半早々にペナルティを犯してしまう。
ここは相手のPG失敗で難を逃れたが、NZはこの日11回の反則(イングランドは6回)。後半10分にはハイタックルでPGによる3点を失い、その後23、29分と2つのPGを決められている。
前半の支配率で65%だったイングランドは後半も優勢だった。
ラインアウトモールからSH(スクラムハーフ)ベン・ヤングスが抜けだしインゴールに滑り込むが、ここはモール内でノックオンにより、この日2度目のノートライ判定。
すると後半17分、NZが初得点を挙げる。
攻防戦で獅子奮迅の活躍を見せたFLアーディー・サヴェアが、相手ゴール前のラインアウトでオーバーしたボールを確保し、目前にあったインゴールに突っ込んだのだ。
オールブラックスらしい華麗なスキルの合わせ技ではなく、相手のミスを誘っての泥臭いトライ。しかしゴールも成功し、6点差(7-16)に詰めた。
しかし2本のPGで19-7と離されてしまい、残り時間はいよいよ10分に。
決死の攻撃を仕掛けるNZだが、途中出場のマーク・ウィルソンが値千金のジャッカル。イングランドはエリア外側のブレイクダウンで圧倒し、NZをさらに追い詰めた。
「少し優勢になったと思ったら、その度にブレークダウンやつまらないミスでペナルティーを取られてしまった」(NZ・SHスミス)
セットピースとブレイクダウン、キックゲームなどほとんどの局面で劣勢になり、最後まで「らしさ」が爆発しなかったオールブラックス。W杯で3大会ぶりに敗北を味わった。
敗軍の将となったハンセンHCは、しかし最後までオールブラックスらしい指揮官だった。
「全力を尽くしたが負けた。スポーツではそういうことが起こる。負けた時にも性格が出る。負けた時にも、同じ人間であり続けなければいけない」
今大会でNZ代表を引退するNO8キアラン・リード主将は「選手もすべて出そうと思ってここへ来た。ニュージーランドでやれてよかった」と感慨深げに語っていた。
3大会ぶりの決勝へ駒を進めるイングランドのジョーンズHC。勝因のひとつとして準備期間を挙げた。
「2年半準備する時間があった。彼らは1週間だった。我々は無意識にこの試合に向けて準備していた」
「習慣を選手に根付かせれば維持するのは簡単になり、今夜は選手のその素晴らしい習慣を目にした」
日本で「エディーさん」と親しまれる名将はそう言って、チームに根付かせた習慣の力を誇っていた。
文:多羅 正崇
【ハイライト】ラグビーワールドカップ2019 準決勝 イングランド vs. ニュージーランド
© Rugby World Cup Limited 2019
多羅 正崇
スポーツジャーナリスト。法政二高-法政大学でラグビー部に所属し、大学1年時にスタンドオフとしてU19日本代表候補に選出。法政大学大学院日本文学専攻卒。「Number」「ジェイ・スポーツ」「ラグビーマガジン」等に記事を寄稿.。スポーツにおけるハラスメントゼロを目的とした一般社団法人「スポーツハラスメントZERO協会」で理事を務める。
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