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「逃げることは自己表現」バティスト・ヴェストロフールにツール関係者までもが魅せられている|ツール・ド・フランス2026
サイクルロードレースレポート by 福光 俊介バティスト・ヴェストロフールの単騎逃げは複数人の逃げくらい速度が出ている
ニックネームは「イノシシ」。野性味とタフさは、ツール・ド・フランス2026に愛されつつある。バティスト・ヴェストロフール(ロット・アンテルマルシェ)は大会中盤戦までに3度逃げにトライし、そのいずれもでステージ敢闘賞を獲得した。逃げることこそが「自己表現の手段」というその姿勢は、フランスのファンに受け入れられているばかりか、ツール関係者までもが魅せられている。
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フルーム氏やポガチャルが絶賛
スプリントで決した第12ステージ。ヴェストロフールはリアルスタート直後から逃げを狙い、アタックを繰り返していた。25km地点を過ぎてのトライでは誰も追随せず、集団が容認したこともあってしばしひとり逃げになった(後に3人が合流している)。
思い返せば、第5ステージでもひとり逃げだった。レース後には「誰かと一緒に逃げられればもう少し違ったレースになったんじゃないかな」と残念がったが、十二分なインパクトは残した。
大会が開幕してから第5・第7・第12ステージと3回の逃げを打ち、そのすべてでステージ敢闘賞。逃げた翌日のスタートサインでは、ステージに上がるや大歓声。司会者からも「昨日のヒーロー」と呼ばれて、本人も笑顔で応える。
144kmにわたってひとり逃げを演じた第5ステージに話を戻すと、大会スポンサー・シュコダ社のアンバサダーを務めるかつての王者クリストファー・フルーム氏に走りを絶賛され、マッズ・ピーダスン(リドル・トレック)も祝福してくれた。さらには、タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ・XRG)が不意にヒップをポンと叩いてきた。
「みんなが“素晴らしいトライだったね”と言ってくれたんだ。逃げて本当に良かったよ。ツールという舞台で何もせずに帰るなんて絶対嫌なんだ。僕自身は“逃げてこそ”と思っているし、それを実行できて誇らしいね」(ヴェストロフール)
敢闘賞のポディウム裏にて
3ステージで逃げた総距離は424km。これまでもあらゆるレースで逃げを打ち、今年2月のツアー・オブ・オマーン第2ステージでは191kmをリードした末に勝利。「逃げることは自己表現」とまでいう男は、ツール・ド・フランスという大舞台でもスタイルを崩していない。
オーバートレーニングを防ぐためにバルギルらが一役
サイクルロードレーサーとしてのバックボーンにトライアスロンを挙げるが、そこまで高いレベルでは戦っていなかった。高校から大学にかけては学業を優先して、環境工学の学位を取得。その流れでフランス海軍のエンジニア職に就いていて、本格的にレースを走るようになったのは21歳のとき。翌年にはアージェードゥーゼール ラモンディアル(現デカトロン・CMA CGM チーム)のトレーニーを経験しているが、正式にプロライダーになったのは24歳と、このスポーツにしては遅咲きだ。
ヴェストロフールのコーチを務めるコービー・フェルメイレン氏がフランス・レキップ紙に語ったものによると、トレーニング強度はさほど高くはない一方で、かなりの時間を乗り続けるという。最低でも週3回は約4時間のライドを行い、6時間を超えるものも週に1回は取り入れる。身体能力的に飛びぬけたものはないというが、ノーライドの日が年間で5日あるかどうかというほどの「練習の虫」。逃げたときに際立つ頑強な姿は、日頃からの取り組みに由来するようだ。
レーサーとしてのキャリアが浅く、体力的にも有り余っている状態。フェルメイレン氏は「私の仕事は彼を抑えること」と述べる。黙っていれば何時間でもバイクにまたがっているから、やりすぎないように落ち着かせることが何よりも重要になる。彼のトレーニングパートナーであるワレン・バルギル(チーム ピクニック・ポストNL)やアクセル・ローランス(ネットカンパニー・イネオス)にフェルメイレン氏からコンタクトをとることもあるそうで、オーバートレーニングにならないよう見張ってもらっているのだとか。大舞台で逃げる彼の姿は、蓄えてきた力をここぞとばかりに発揮しているのだと捉えても良さそうだ。
闘志溢れるその走りで開催地フランスではすっかり人気者
逃げて、逃げて、逃げて。その姿で、開催地フランスではすっかり人気者。沿道からの声援は日々大きくなっているし、メディアも彼の言葉をゲットしようと躍起だ。現地放送局のフランスTVでは、同国ライダーからひとりを選んでレース後の中継スタジオに呼ぶのがお決まりなのだけど、ヴェストロフールが出演した7月15日(第11ステージ後)は大盛り上がり。ちょっとした一言で笑いをとってみせて、ユーモラスな人柄であることも多くの人に知られるところとなった。
ポディウムの上で表情は緩まない
大会が企画した第1週の敢闘賞を決めるファン投票では、文句なしの1位。現場では早くもスーパー敢闘賞に推す声も上がっている。取材陣から問われたヴェストロフールは「僕が決めることじゃないから分からないよ」と笑っていたけど、印象度は高いだけに受賞する可能性は十分にある。
この大会が終わったら、1週間程度休んでバカンスへ出かけることを決めている。ゆっくりとライドをして、走れる体に戻していくつもりだ。それを楽しみに、残るステージを走る。いまのところは疲労を感じていないという。パリへ達するまでの間に、あと何回“自己表現”の機会が訪れるだろう。今日もまた、ヴェストロフールは風を切り裂いてプロトンの先頭を走り続けている。
文:福光 俊介 from Belfort, France
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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