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サイクル ロードレース コラム 2021年6月25日

プリモシュ・ログリッチ物語《栄光の欠片》| 乱高下

ツール・ド・フランス by 宮本 あさか
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乱高下

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掴みかけた栄光は、わずかばかりの欠片を残してその男の手からこぼれ落ちたーー。あの衝撃的な敗戦の記憶を背負い、失った栄光を取り戻す戦いに再び挑む、プリモシュ・ログリッチという一人の男の物語。全6話。

5話:乱高下

第19ステージが終わったときには、誰もがログラの優勝だと、もうドラマは起きないと思っていた....

第19ステージが終わったときには、誰もがログラの優勝だと、もうドラマは起きないと思っていた....



24時間後のパリで、黄色いジャージを着て、表彰台のてっぺんで笑っているのはプリモシュ・ログリッチのはずだった。





少なくともツール・ド・フランスに帯同している大部分の人間はそう信じていたし、そう公言していた。フランスを代表するスポーツ新聞『レキップ』も、当日の朝刊にきっぱりとこう主張していた。「プリモシュ・ログリッチは、大した苦労もせず、タデイ・ポガチャルに対する57秒リードを守り切れるはずだ」と。



第20ステージの個人TTで圧倒的力を発揮したポガチャル

第20ステージの個人TTで圧倒的力を発揮したポガチャル



世紀の大どんでん返しを成し遂げた張本人、ポガチャルだって逆転を信じてはいなかった。前夜は「総合2位の座に満足」しながら眠りについたし、走り出した時点でさえ「正直に言って、ログリッチを追い越せるとは考えてさえいなかった」。チーム監督やスタッフの入念な準備と計算を信じて、ただいつも通りに全力を尽くしただけ。





ところが32.6kmのタイムトライアルを終えた先には、クレイジーな結末が待ち受けていた。



ややずれたヘルメットで苦しい表情を浮かべながら走るログリッチ

ややずれたヘルメットで苦しい表情を浮かべながら走るログリッチ



決してログリッチが大きな失態を犯したわけではない。たしかに顔色は少し悪かったし、新しいヘルメットはサイズが合わずにずり落ち気味だった。しかし世界最高峰の個人タイムトライアルスペシャリスト、トム・デュムランから35秒遅れの区間5位は、普段であれば好走に値する成績だ。





ただポガチャルが異次元すぎた。最終6kmの上り部分だけで、ログリッチを1分20秒も上回る驚異のタイムを叩き出した。57秒差を少々縮めるどころか、逆に59秒ものリードを奪っていた。プランシュ・デ・ベルフィーユの激坂の頂上で、マイヨ・ジョーヌの持ち主は入れ替わった。



潜在能力のあまりの高さに誰もが驚かされた

潜在能力のあまりの高さに誰もが驚かされた



近い将来グランツールを獲る日が必ず来るだろう。そう周囲も本人も考えていたのは間違いない。ただしこんなに早く、こんな形で、その日が訪れるとは想像さえしていなかった。結果を知ったポガチャルが、思わず顔を覆ったのは、なにも嬉し涙を隠すためだけではなかった。





「胸の中はごちゃまぜの感情でいっぱいだった。だってずっと昔から、ログリッチにツールを勝って欲しい、と思っていたからね。なのに僕が、彼を倒してしまった。僕が、彼の夢の実現を阻んだんだ」(ポガチャル、2020年12月15日付レキップ紙インタビューより)



21歳の若者が苛まれたそんな重い自責の念を、静かに解放したのが、敗者ログリッチだった。アスファルトに座り込み、嘆きの沼に自らを沈めてしまうことだってできたはずだ。しかし11日間マイヨ・ジョーヌを守ってきた男は立ち上がり、勝者のもとへ駆けつけると、9歳年下の後輩を優しく抱きしめた。ポガチャルは赦された。スロベニア人として史上初めてのツール・ド・フランス総合制覇を、心から喜ぶことができた。



文:宮本あさか

ーーー続く。(5/6)

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宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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