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自身2度目のジャンプ週間制覇を達成した小林陵侑
日本のエース小林陵侑(土屋ホーム)の今シーズンは、いきなりのスーツ違反失格と新型コロナウイルス感染ゆえの隔離処置という良くない流れから始まった。
「もう腹が立ちました。なんで俺だけ、そういうことをやられるんだって」
隔離処置としてW杯クーサモ・ルカ大会後に、ポツンとひとり日照時間の短い極寒の地である北欧フィンランドのクーサモ市へと取り残されてしまった彼はそう思っていた。
第2戦での優勝直後だったこともあり、その隔離方法は意図的でないにせよ、W杯優勝候補に対する仕打ちとすれば、まったくありえない話であった。日本国内で応援している数多のジャンプファンからみても、いい加減にしてほしい、そんなに欧州勢に勝たせたいのか、などという強弁も聞かれた。
ただ彼は、あまり落ち込んでもいけないと、さまざまな考えを巡らせていた。
その時ふと、高校生時代に地元・岩手で”気迫のコーチ”と称された伊藤時彦コーチから『ノルディック複合のクロスカントリースキー走をしっかりやっておきなさい!』と言われたことを思い出したのだ。その当時は露骨に嫌な顔を見せたりしていた自分を少し恥じながらだが。
そうだ、晴れてW杯のフィールドへ戻った時は、あの時を思い出してコースを伸びやかに走ってみようと、次のW杯会場へ想いをはせていた。
また土屋ホームの北欧雪上トレーニング合宿で、フィンランドのロバニエミにあるジャンプ台を飛びこなしていた葛西紀明監督(兼選手)から1本の電話が入り、その後もたびたびSNSが届いた。
『どうしている、いま、ふてくされているんだろう』
『悔しいだろうね、どうして俺だけがとか。そういう思いをこれから先のW杯に思い切りぶつけていきなさい』
『いいかい、現在、対峙していることこそが、己を成長させることになるんだよ。クーサモで静かに、よく考えなさい』
欧州のオールドファンの皆さんには、微笑みながら大きく飛び抜けていく“カミカゼカサイ”として名を馳せていた“大御所”レジェンド葛西からの言葉だ。
レジェンドでもありチーム監督でもある葛西に甘えたい気持ちもあったが、いや、ここはノリさんから言われているとおり、深々と降る雪の静寂の中でじっくりと自分を見つめ直してみようと考えを新たにした。
札幌HBC杯で135mを飛んで4位となった葛西紀明
そうこうしているうちに、中央ヨーロッパへと移動していたチームメイトの中村直幹(フライングラボラトリー)や、常に礼儀正しい佐藤幸椰(雪印メグミルク)から次々と、いまどうしている?元気かよ~、などと連絡がきた。
「うん、まあまあだね」
「たまには、ひとりも良いものだよ……」
軽そうな口ぶりながらも、葛西さんの言葉どおりやってみようと心は強く持っていた。
真冬の岩手松尾八幡平の山々と似ているな、ここは。白夜で暗いことを除けばだけど。と、クーサモの風景を見ながら、高校時代の師の教えとレジェンドとチームメイトの言葉に徐々に落ち着きを取り戻すことができた。この時があったからこそ、今シーズン当初から目標としていた4ヒルズのタイトルを手中に収めることが可能となったのだ。
明けたクリンゲンタールW杯(ドイツ)において手探りではあったが、2試合欠場のブランクを感じさせず6位入賞、よし、やれると手応えを感じて、翌日に優勝。そしてクリスマス休暇前のエンゲルベルグW杯(スイス)で優勝を飾って完全復活。もう怖いものは何もなくなった。
それに加えてどの大会でも、ジャンプを飛べるうれしさと幸せをかみしめながら、目もと優しくにこやかな表情でスタートを切っていけた。
静かな森の中で、クロカンスキー走で体幹を鍛え、またスキーのセンターにしっかりと乗る基本を思い出して強化、これをエンゲルベルグの余暇に入念に行った。またカーボロディングでパスタ類と少量の塩分を食するというウエイトコントロールを施し、徹底した体調管理をしてみた。
日程変更をものともせずビショフスホーフェンで3連勝を飾った小林陵侑
迎えた4ヒルズトーナメントでは、初戦オーベルスドルフ(ドイツ)で小林陵侑が優勝、続いての2勝目はガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ)。ところが夏場のトレーニングで飛び慣れていたインスブルック(オーストリア)が強風で試合延期となったのが痛かった。スケジュール変更されたビショフスホーフェン(オーストリア)の代替え試合で3連勝となったものの、最終ビショフスホーフェンでは疲れ果てて4位に終わり、完全優勝はならずであった。
続けざまのW杯ビショフスホーフェンでは、他3人のメンバーが奮起をみせた団体戦ではなんと2位表彰台へと昇った。それは陵侑がいまくたびれているから皆で盛り上げてやろうという意識のもと、懸命にジャンプした実兄の小林潤志郎(雪印メグミルク)、佐藤幸椰と佐藤慧一(雪印メグミルク)によるものだった。
小林潤志郎
札幌W杯の代替え地に立候補したティティゼー・ノイシュタット(ドイツ)が雪不足などのために、そこからオーベルスドルフへと会場変更。そこでは地元の英雄ガイガーに勝たせたいのだろうかとの話も囁かれ始めた。
さあ、次なる小林陵侑のターゲットは?である。
どちらかといえばW杯個人総合優勝こそ、その時々における世界ナンバーワンの称号である。風によるフロックもある4年に一度の五輪であるだけに、今後のモチベーションをどこに置くのかが気になるところ。その上でいまだ飛んだことがない未知の五輪ジャンプ台にアタックしていくわけだ。
さて、いつも勇猛なジャンプで魅せてくれるノルウェーが最前線に戻ってきた。メンタルを強くしてW杯勝利したリンビクと上位につけるグラネル、髭をそり落としたヨハンソン、好調なファンネメルにタンデらで、まとまりの良さを発揮してきそうだ。
ドイツは、マイペース調整中のガイガーを軸に気迫のアイゼンビヒラー、昇り調子になってきたベリンガー、膝のケガから復帰したライエ、落ち着きある勇者フロイントらで固める。
オーストリアは人気のクラフトが待ち望んでいた同僚ハイバックが復帰を果たし、若手のヘールが上昇し、個性派フェットナーの勇躍、それなどによりビショフスホーフェンW杯団体戦で見事に優勝を飾った。
スロベニアはザイチなどの若手3人がいよいよ足踏み状態に入ってきた印象か。
国内での感染内容によるものなのかだいぶ元気がなくなったポーランドチームは、ザコパネW杯においての観客入りなどで、復活がなるかどうかが見定められる。
一方日本国内ではHBC杯において岩佐勇研(東京美装)が好調のビッグジャンプを披露、また栃本翔平(雪印メグミルク)も長距離ジャンプに強さを見せた。
若手ではコンチネンタル杯をまわる二階堂蓮(NSC札幌)に負けるものかと順調な成長を見せてきた坂野旭飛(下川商)らに注目が集まる。ふたりとも向かってくる良風に乗れば、どこまでも飛んでいく勢いにあふれる。
そして強豪の社会人チームでは日大スキー部OBで実はプロレスが大好きな金子祐介監督による東京美装チームの仕上がりがすこぶる良い。
この先に日本チームがW杯ポイントを積み上げながらW杯1枠を奪い、そこから鋭さあふれたメンバーの引き上げで、チーム力はさらに強固なものとなってくる。
そのあたり札幌W杯3試合の中止で、若手選手らに経験を積み重ねることできなったのは、少しばかり虚しさもあるが、これはしょうがないこと。
小林陵侑
であるからこそ、なかなか帰国できずにそれでも慣れ始めたとはいえ、一抹の寂しさを抱える欧州滞在中の日本チームに、心豊かに頑張れと声援を送りたい。
文・岩瀬 孝文
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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