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小林陵侑(左)、高梨沙羅(右)
小林陵侑(土屋ホーム)は決して臆することなく、緊張もないまま、至極、平然と落ち着いて飛んでいた。
新型コロナウイルスの陽性結果によってチームから離脱し、クーサモ・ルカで隔離の時だった。ポーランドのヴィスワへと出立したメンバーとは、手軽にリモートでやり取りを続けていたが、だんだんと心細くなってきた。
そのとき、あのレジェンド葛西紀明(土屋ホーム監督)から連絡が入った。
「どうしている?クーサモは寒いだろう。とにかく、今はくさらずにいて、その悔しさを次の試合にぶつけていこう!」
陽性の判定となり彼のすさみきった心を、歴戦の雄であり師匠でもある葛西監督は温かい言葉でなだめながらも励ましてくれた。これは長年に渡り現場で培ってきたカサイ流による心の冷静さの維持の仕方でもあった。ちょうど所属チームのフィンランド合宿でロヴァニエミ市に滞在していた師匠とのたわいのないやり取りに、ようやくにこやかな表情が戻った。
葛西監督の言葉がスタートにおける余裕とリラックスにつながったのは言うまでもなく、試合への顔つきが、この時からがらりと変わった。
『何もここで焦ることはない、しばらく日本に帰られないなら、もう開き直ってのんびりとやりなさい』という、師匠からのメッセージが心にずしんと響いていた。
厳寒のフィンランド北部でポツンと取り残された10日間の隔離は、小林陵侑の心身をもの凄く強くしてくれた。
その後、復帰したクリンゲンタールW杯(ドイツ)で優勝、今季W杯2勝目を成し遂げた。特に見事だったのが、いつも追い風に悩まされるエンゲルベルクW杯(スイス)だった。とにかく山風と谷風が時間をおいて複雑に吹き抜ける、とみに難しいジャンプ台。そこでは土曜の1試合目、0.8ポイントの小差でガイガーに続く2位。続く日曜には、1本目2位からの見事な逆転勝利で優勝、W杯今季3勝目の表彰台中央へ立った。
さあ、もう大丈夫だ。
そして充分に狙える天下のジャンプ週間がやってくる。
小林陵侑以外のSNOW JAPANの面々も、それぞれ想いをもってジャンプ週間に向け鍛錬を重ねている。
このエンゲルベルクW杯で、公式トレーニングからさかんに首をかしげて、こうすれば、いや、こうやって攻めていけばと頭を悩ませていたのは佐藤幸椰(雪印メグミルク)だった。飛び出して追い風を切り裂き鋭く進むが、後半で落ちてしまう。そうならば低めにサッツを切り、スキーの先端を落とされないように滑らかに進んでいくなど試行錯誤を繰り返しながら、彼の悩みはつきなかった。
佐藤幸椰
エンゲルベルクで9位を記録、常日頃から長兄として弟の陵侑の動向を熱く見守る小林潤志郎(雪印メグミルク)。国内の試合会場で女子選手の妹・諭果(CHINTAI)に頑張れよと声をかけ、さらに才能あふれる弟の龍尚(土屋ホーム)に、そろそろ上位にきなさいよとエールを送る。
また、ナオキングこと英語が堪能な中村直幹(フライングラボラトリー)。長身を活かしたスムーズに飛んでいく技を磨き、逆風に見舞われるエンゲルベルクを成績ではなくひとつの通過点と考え、ジャンプ週間の攻略へと頭を切り替えていた。
中村直幹
ベテランというには、まだ早いと言われてしまいそうな伊東大貴(雪印メグミルク)。欧州の長期滞在で、好物のヨーグルト“牧場の朝”が食べられず、そろそろ不満がつのってきたが、そこはスイスのヨーグルトで我慢して、安定したジャンプをみせてくれた。
伊東大貴
雪が豊富な道北・下川町出身の佐藤慧一(雪印メグミルク)。アプローチの滑りがかみ合わないことなどで予選落ちしていたが、それも良い経験となっている。たまには、好物?のミルカチョコレートなどを口に含み大いに刺激を得て苦み走った顔でスタートを切りたい。加えて北大農学部出身で頭脳派の父・道謙さんが栽培する美味なトマトと、地域の名産トマトジュースをたくさん飲んで、そのレッドパワーの気迫でジャンプしたい。彼は長身180cmを有するノルウェータイプの大型ジャンパーである。海外選手では強者フォルファン(ノルウェー)をライバルと見立てジャンプ週間にKOシステムでの対戦を熱望、その勝ち抜きを目指す。
佐藤慧一
海外勢に目を移してみよう。
強者グラネルとリンビク、髭のヨハンソン、大怪我から見事に復帰してきたタンデ、勇者フォルファンなどを有するノルウェー。新型コロナウイルスにシュトックルヘッドコーチが感染し、急遽、新たなコーチが呼び寄せられる緊急事態が発生した。その影響もあってかスイスシリーズでは一桁入りがままならず。
一方ドイツ勢は主力のガイガーが勝利を重ね、アイゼンビヒラーが最前線へ戻ってきた。さらに、一時代を築いたフロイントと人気選手のベリンガー、ライエにパシュケなどようやく駒が揃ってきた。
注目のオーストリア勢はクラフトが良くも悪くも調整しながら調子を上げてきている状況。そこにフーバーと鋭さがあるホールが台頭、個性派フェットナーもその存在感を打ち出している。
他に若手のセネ・プレフツとザイチ、ラニセクらがリードするスロベニア勢もそろそろ上昇してきそうな勢いだ。
夏好調だったポーランドはいまひとつ元気がない。ついにはストッフが病気離脱して寝込み、クバツキは個別の調整期間に入った。あのキャラが濃いジラの表情にも笑顔がなくなり、チーム代表であるアダム・マリシュが苦悩をにじませている。
W杯で最も注目を集めるといっても過言でないジャンプ週間ではあるが、ドイツシリーズ開幕のオーベルスドルフと2試合目のガルミッシュ・パルテンキルヘンは、残念ながら無観客試合が決定した。
さらにはオーストリアシリーズのインスブルックが当初4,000人までの観客収容予定であったが感染状況の悪化などから無観客試合となり、最終試合ビショフスホーフェンも同様の措置が取られた。
さらに残念なことにW杯個人3戦がスケジューリングされていた札幌大倉山は、前年に引き続いての中止となってしまった。日本のジャンプフリークの皆さんは落胆の色は隠せないだろう。
そうであるならば、なおさら、国内のジャンプファン全員で小林陵侑2度目のジャンプ週間個人総合優勝と4連勝グランドスラムを願い、心を込めて応援していこう。
文・岩瀬 孝文
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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