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スキージャンプ長野五輪金メダリスト原田雅彦が語るワールドカップの魅力 「本当に強いジャンパーを決める大会がワールドカップ」
鳥人たちの賛歌 W杯スキージャンプ by J SPORTS 編集部原田雅彦氏(雪印メグミルク総監督)
来年2月に北京冬季五輪を控え、「スキージャンプ FIS ワールドカップ 2021/22」がいよいよ幕を開ける。J SPORTSでは初戦となるニジニ・タギル/ロシア戦の男子ラージヒルを生中継でお届けする他、その後も注目大会を放送していく。五輪イヤーならではの緊張感と高揚感あふれるシーズンは3月のシーズン閉幕まで必見だ。
ワールドカップ開幕を目前に控えた10月頭、雪印メグミルクスキー部の総監督の原田雅彦氏がインタビューに応えてくれた。原田総監督と言えば、5大会連続の冬季五輪出場や、多くのワールドカップでの優勝経験を持つ日本スキージャンプ界のレジェンド。とりわけ、1998年長野五輪・団体ラージヒルでの金メダル獲得は、日本スキージャンプ界の歴史に色褪せることなく今もなお克明に刻まれている。そんな原田総監督が自身の経験を踏まえながら、スキージャンプやFISワールドカップの魅力を教えてくれた。(以下、敬称略)
※インタビューは北京冬季五輪の日本選手団総監督就任前に行ったものです。
五輪イヤーのワールドカップは一味違う
──来年2月に北京冬季五輪を控えた中でのワールドカップとなります。五輪とワールドカップの違いやそこで結果を出す意義を教えてください。
原田:ジャンプ競技は、一つの試合で思い通りの結果を出すのが難しい競技です。90km/hのスピードが出る滑走はなかなかタイミングが合わないですし、飛距離はその時の風によって左右される。ただでさえ難しい競技であるジャンプ競技でましてや五輪は一発勝負ですから極めて難易度が高いです。この難しい状況でも勝つということが、五輪としての価値だと思います。
ワールドカップはとにかく転戦。年間30試合以上ある中で、ポイントを重ねていって、真の王者を決めようじゃないかという大会です。選手としては、世界各国のジャンプ台を回り、異なる環境でたくさんの変化に対応を迫られます。その中で自分のパフォーマンスを高い位置に保って、一年間やり遂げる持続力を求められるのがワールドカップです。だからこそ、選手たちはワールドカップで優勝した選手が真に強いジャンパーだと考えていますし、選手にとっては非常に高い価値がある大会といえます。
──シリーズを通して力を発揮し続けるのは難しいですよね?
原田:5ヶ月に及ぶ長丁場ですから、コンディションを保つのは至難の技です。自分の技術を保っていくのも難しい中で進化もしなくてはならない。色々なジャンプ台があって、その特徴を掴む対応力もいる。考えていくとキリがないですけど、全てを兼ね備えないとワールドカップのチャンピオンにはなれません。
──現役時代、五輪イヤーはどんな年でしたか?
原田:ワクワクする年でした。五輪は難易度の高い大会ですけど、ワールドカップの調子が直に反映されます。そう考えていたので、五輪シーズンのワールドカップのスタートはすごく気分が高まりましたよ。とにかくワールドカップでスタートダッシュを決めれば、五輪でのタイトルが近くなると思っていましたからね。
現役時代と変わらない原田スマイルは健在だった
──ライバルたちの動向も例年以上に気になりましたか?
原田:なりますね。日本は島国なので、どうしても外国人の動向が気になります。前年までのライバルで、今年も調子が良いだろうと思っている選手が、実際は「大したことないな」と思える瞬間があるんです。実際にリレハンメル五輪、長野五輪のときにそう感じました。ジャンプ台の下でライバル国の練習の風景を見ていて「大したことないね」と仲間と顔を見合わせたことを覚えています。それほど、我々の準備が、上手く行っていた証なんです。今の代表選手たちも、ライバル国の選手を見て同じような感想を抱くよう、準備を行ってこれまで積み重ねてきたものを、スタートにうまくぶつけて欲しいと思います。
注目選手について
──今シーズンの展望と、視聴者に見て欲しい選手を教えてください。
原田:やっぱり小林陵侑ですね。アベレージと一発の爆発力というジャンプ選手として理想の能力を両方兼ね備えた選手です。テクニックは世界が見習うほどのものを持っています。それを十分に生かしてワールドカップと五輪のタイトルを掴んで欲しいです。その可能性は十分ありますし、実績もご存知の通り積んできました。彼は異次元です。タイトルを総ナメにしたシーズンがありましたが、羨ましくてしょうがなかったです。我々が頑張っても取れなかったタイトルをいとも簡単に取っていった。現役時代はそれができなくて、日本人の文化みたいなものを変えていかないと達成できないんじゃないかと思っていましたからね。あまりに彼がいとも簡単に全てを持って行ったので、僕らは唖然としましたよ(笑)。
再び世界の頂点を目指す小林陵侑
──ワールドカップ優勝経験もある佐藤幸椰選手についてはいかがでしょうか?
原田:ものすごく期待しています。小林陵侑を脅かすのは佐藤幸椰しかいないんじゃないかと。非常にモチベーションが高く、ストイックな選手です。小林陵侑は世界が見上げる選手ですけど、彼にどうしても勝つんだと思っているのは彼(佐藤幸椰)一人です。試すものは全てやってのけて、自分のスタイルを貫いて、これで行くんだという心の強さもあります。小林陵侑のような派手さはないですけど、地道に着々と右肩上がりで成績も積み重ねてきている。じわりじわりと小林陵侑のお尻を突っついてきている存在です。
今シーズン飛躍を期待される佐藤幸椰
──小林陵侑選手と佐藤幸椰選手以外にも注目選手はいらっしゃいますか?
原田:佐藤慧一ですね。非常に物静かで全く波の無い選手。どんな状況でも距離を伸ばすテクニックを持っています。大舞台はどうしても力が入ったりしますが、そういったことを非常に巧くコントロールできる選手なので、もしかすると逆に大きい舞台で、終わってみたらあれ?みたいなことを起こしてくれそうな選手です。
彼は身長が大きい方なので、動きに対してスピードが足りない部分がありました。その面はトレーニングによって改善してきていますし、考えていることと、イメージしていることが上手くマッチしてきて、距離を伸ばせるスタイルが確立されてきていると思います。彼にはまだまだ可能性があるのですが、現時点ではまとまっている選手なので、自分の考えにまとまらないで、貪欲に「さらに、さらに」と思ってもらえると、良い成績が出ると感じています。
小林潤志郎も悔しい思いをたくさんしています。ワールドカップで優勝したこともありますが、どちらかというと下で歯を食いしばってきたことの方が多い選手。非常にメンタルも強くなりましたし、ジャンプに対しても考え方が非常に鋭いものになったので、期待できると思います。
──原田総監督が現役時代に共に戦った、葛西紀明選手や船木和喜選手らも依然現役で活躍されていますよね。
原田:もちろん凄いと思っていて、いつも応援しています。岡部監督とコーチボックスにいて、二人で唸りながら応援しています。葛西選手は昔から体力的にずば抜けていました。今でも若い選手に体力的には全く負けないです。凄いですよ、肉体的に。ちょっとだけきっかけを掴めばまた距離を伸ばすでしょう。
──日本人選手と欧州選手の違いはどこにあるのでしょうか。
原田:ポーランドやノルウェー、オーストリアは、たくさんのジャンパーが活躍している国ですが、強化方針が日本とは異なります。彼らは指導方法を一つに絞りこみ、それに特化している選手を集め、競い合わせているためチームとしてはすごく力強いです。でも、考えてみると中心になる選手はいない。またヨーロッパのチームは誰か一人崩れると、全員が崩れていくリスクも秘めています。
日本の場合はそうではなく、どちらかいうと個性を伸ばしていく指導をします。リーダー的には小林陵侑がいて、違うタイプだけど佐藤幸椰がいて、そこに若い選手が相乗効果のようについて来るのが日本のチーム。そういった意味で、私は日本の方が魅力的だなと思っています。日本は勢いの良い選手がたくさん揃っていて総合力と爆発力もありますから、団体戦も楽しみですね。
──ノルウェー勢は脅威ですよね。
原田:ノルウェー勢はやっぱり凄いですよ。凄いですけど、ダメなときは全然ダメなんです。彼らは日本と同じく、風の強いジャンプ台で練習をしています。とにかくムササビのように飛んでいくスタイルが多くて、行くときはどこまでも行くんですが、追い風に見舞われるとほとんど飛ばなくなる。警戒するチームではありますが、そういったリスクの多い選手たちでもあります。
スキージャンプの魅力
──雪印メグミルクスキー部の総監督に就任されて、どのような準備をなされているのでしょうか。
原田:とにかく意識付けです。五輪シーズンなんだということを徹底的に意識付けしています。選手によっては「通過点です」とか「ワールドカップの中の一つです」と言う選手もいますが、実のところ意識していますよ。そう言いながらも、自分のコンディションをコントロールしているだけで、やっぱりどの選手も頭のどこかで五輪を意識しています。そこを忘れないようにトレーニングの一つから心掛けて欲しいです。
──ワールドカップを視聴する上で、見て欲しいポイントなどはありますか?
原田:ジャンプ台の形状の違いを見て欲しいですが、なかなか伝わらないですよね…。現役時代、ビショフスホーフェンのジャンプ台は嫌いだったんですよ。それこそタイミングがずっと合わなかったんです。あのそびえ立つようなジャンプ台はやっぱり怖いです。フィンランドはいつも風が強くて、コーチは「全然風ないぞ」と言うんですけど、ジャンプ台の上に行くとブワーって風が吹いて「寒いな...怖いな」って思っていました(笑)
大倉山ジャンプ競技場にてジャンプ台の形状の違いについて語ってくれた原田総監督
ジャンプ台との相性もあって「今日は難しいかも…」と思ってしまう試合もあるんです。船木選手が昔面白いことを言っていて、彼にも相性が悪いジャンプ台があったんですね。ある年、彼の調子が悪くて悩んでいた時期だったのですが、そのジャンプ台に行ったら、なぜか急に距離が伸びて優勝したんです。でも彼は自分の理想のジャンプをしてきているはずなのに、その思いとジャンプが完全に合っていない、「何かがおかしい」って言っていました。苦手なところで飛べたというのは、絶対におかしいぞと思ったみたいです。彼の感覚どおり、そのシーズンはやっぱりダメでしたね。
──原田さんの現役時代と比べて、レギュレーションやギアが進化していると思いますが、近代ジャンプの進化している点を教えてください。
原田:より《鳥》に近づいているんじゃないですか? 遠くまで飛ぶために、我々は《鳥》などからヒントを得て、技術なり道具を進化させながら距離を伸ばしてきていると思います。とにかく、羽をどんどん大きく広げて、こんな簡単なことになぜ昔は気付かなかったのかと思うところもあります。
──最後に、スキージャンプの魅力を教えてください。
原田:とにかく空を飛ぶ感覚なんです!それを上手く伝えようとしているものの、なかなか伝えられない(笑)。お尻が持ち上がるような、身体が逆さまになりそうになる感覚をギリギリ保って、距離がグーっと伸びるときの感覚は選手にとって中毒性があるんです。選手はその感覚を得るためにジャンプ台に上がって行くようなものですよ。みなさんにそのニュアンスをお伝えしたいんですけど…本当に、鳥のように空を飛んでいる感覚です。限られた人しかジャンプって飛んだことないし、その人たちにしか分からない世界です。ぜひ、みなさんも挑戦してみてはいかがでしょうか(笑)
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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