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スキー コラム 2020年1月14日

インスブルックの憎い風

鳥人たちの賛歌 W杯スキージャンプ by 岩瀬 孝文
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ジャンプ週間初戦のオーベルスドルフ(ドイツ)に快勝して前年のジャンプ週間から5連勝を重ねた日本のエース小林陵侑(土屋ホーム)だ。
しかし、その後はじりじりと後退していった。

では、なぜ彼は勝てなかったのだろうか。
ランディングバーンに向かって左斜め背後からぐいぐいと吹き寄せる、厳しい追い風の2戦目ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ)では4位に終わり、いやいやと気を取り直しての次であった。

続く3戦目は、昨年2月に行われたゼーフェルド世界選手権のときと同じインスブルック(オーストリア)では、そこまで力を入れなくてもとサッツ※1における緊張と力みに加えて、猛烈な風にあたっていた。

その不可解な風について細部なことを明かそう。それはジャンプ台のカメラマンステップに立って撮影をしていれば如実にわかる。

しかも普通の降雪であればまだ良くて、雪が少ない冬に温暖気味な湿り雪まみれとなると、乱れた気流が起きてより複雑な風となる。

詳しく言うとサッツから見て、斜め背後から左落としの風がきて、それがすり鉢型ランディング巻き上げてなんと右スキーにあたってくる。そうなると自然に右方向に流されていき、スキーに乗っていくのが難しさを増す。いわば風向きは左スキーと右スキーとで全く異質になってくるのだから難解この上ない。

とくにインスブルックのすり鉢型ボトムを渦巻いて返ってくる風が曲者だった。

それを地元オーストリアチームで普段からベルグイーゼルを飛び慣れている各選手と、名コーチのホルンガッヒャー(オーストリア出身)が前ヘッドコーチだったポーランドチームは完全に網羅して、その風の技術的な対応能力に長けていた。

そして安定したジャンプ技術を有するクバツキ(ポーランド)がサッツ後に右方向に流されていきながらも、うまく返りの風をつかんで最後にすうっと飛距離を伸ばしていた。

小林陵はそのまるで悪夢のような乱れた風にしてやられて、驚きの14位と奈落の底に沈んでいったのである。

夏から好調を維持していた小林陵侑

最終の4戦目、有力選手のクバツキ、リンビク、クラフト、陵侑らが熾烈な優勝争いを演じたビショフスホーフェン(オーストリア)は、至極だらだらで長く特徴のあるアプローチが、高温ともなれば湿雪になってスピードが出なくなる。そして体重が重いほうが有利という昔からの説が出始めてもはやウエイトの軽いJPNチームはあきらめムード。それでも7位でフィニッシュした小林陵だった。

いや、でも、あのジャンプ週間4連勝のスヴァン・ハンナバルド(ドイツ)と当時この場で表彰台中央を争った宮平秀治(現JPNヘッドコーチ)は、充分にそれを克服して表彰台に上がったのだから素晴らしかった。

後半の2戦において優勝候補のクラフト(オーストリア)は大観衆に見守られる中、地元で勝たねばならぬとの重圧をかけられてしまい、それは昨年2月の世界選手権とまったく同じ状況であった。そうなると心優しいクラフトはその圧力に飲み込まれてしまった。

その反動なのか来日する札幌W杯では気楽なまま、気迫いちばん完勝してしまうわけで、それがなんともいじらしい。
地元の声援を受け、優勝候補だったクラフトだが、インスブルック、ビショフスホーフェンともに4位だった。

新鋭リンビクのノルウェーチームは、幾度となく重ねたシュトックコーチの故郷オーストリアの保養地キッツビューエルトレーニングセンターにおける綿密な体幹トレーニングが、じつに功を奏しチームの底上げに至った。

もちろん好調の波に乗り地元ザコパネで表彰台独占を狙うであろう名将アダム・マリシュPOLチームコーディネーターひきいる好調ポーランドがいよいよ飛ばしてくる。

思うに、ゼーフェルド世界選手権ノーマルヒルで幸運ともいえる金メダルを獲得したクバツキこそ運に恵まれた選手に他ならない。今回は2本ともに140m超えを果たして圧勝、ジャンプ週間個人総合優勝を遂げたビショフスホーフェンであった。

また強豪のドイツは、新コーチのホルンガッヒャーによる指導が初年度であり、そこがウイークポイントになっていた。前年好調のアイゼンビヒラーは故障もあってか鳴かず飛ばず、中堅のフライタクは調子を崩してコンチ杯へと、さらに若手ベリンガーは調整不足が長引いている。そこでガイガーをエースに打ち立てどうにか面目を保った。
さて、今シーズンおおきく注目を浴びていた小林陵の背景をみると、立ち上がり得意のオーベルスドルフこそ盤石なまま優勝、ここまでは良かった。

しかし2戦目ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ)では、ガイガーに勝たせたいと願うドイツの有形無形な圧力があり、結局は新鋭のリンビク(ノルウェー)に優勝をさらわれていくあたりはなんともはや。そのときに、なんと期待の小林潤志郎(雪印メグミルク)がスーツ失格の憂き目にあう。これをものすごくうがった見識でいえば日本チームの動揺を誘い、はたまた兄の潤志郎を心底慕っている陵侑のメンタルに大きな影響を与えるための巧妙な手段とまで想定されて。

ただ、そういうことはままあること。それがW杯スキージャンプにおけるいわば醍醐味でもあり、これらに打ち勝ってこそ超一流ジャンパーの証明なのである。

兄・小林潤志郎(右)と弟・小林陵侑(左)


本来であれば、ジャンプ週間後の1月から2月にかけてフライングジャンプに強みを持つ、偉大なレジェンド“カミカゼカサイ”葛西紀明(土屋ホーム)が、昔あの秋元正博選手が大転倒して大けがを負った敵を討ち優勝を遂げたクルム、バド・ミッテンドルフ(オーストリア)で再びFH表彰台へとの熱き思いがほとばしるのだが。

小林陵の金メダルが期待された前年のゼーフェルド世界選手権でも、今回のジャンプ週間においても強者カサイの姿がJPNチームになかった。これであれば他国強豪チームは、若さあふれる日本に圧力をかけてやれとなる。そういうシーンがいとも簡単に想像できた。

レジェンドの復活はなるのか!?



ほかの日本選手では実力上昇でついにW杯初優勝した佐藤幸椰(雪印メグミルク)と、ともに岡部孝信コーチの指導を受けて大成した佐藤慧一(雪印メグミルク)の台頭が著しく、さらにはベテランの伊東大貴(雪印メグミルク)も現在しっかりと復活の道を歩んでいるのが、攻勢を持って迎えられている。

また独立独歩なジャンプ選手活動を始めた中村直幹(東海大札幌SC)とコンチ杯から実力で這い上がってきた竹内択(チームTAKU)の躍動ジャンプも見応えがある。

若手の台頭が著しい今季の宮平ジャパン。佐藤幸椰(右)、小林陵侑(中)、佐藤慧一(左)



だからこそ、この2月に地元開催となる札幌W杯では連日表彰台に上がり世界中にチームJPNの底力を見せつけてやりたい。

さあ、どこまでも突き進もう信頼の宮平ジャパン。


※1 サッツ=スキージャンプ競技の踏み切り。

文:岩瀬 孝文

岩瀬 孝文

ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。

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