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アプローチがしっくりときてサッツ※ の合わせが完璧なままにW杯で連勝を重ねて、はや10勝。
「助走路が安定してきて、これでどの台でも踏み切りがすべて合うようになりました」
このコメントの主は先シーズン後半からよい兆しが顕著にみられ、いまや王者の証明イエロービブを胸に堂々のジャンプを見せるヒーロー小林陵侑(土屋ホーム)だ。
しかし、空中姿勢に関する秘密はいまでも語られない部分はあるが。
※ジャンプ直前の踏み切り動作のこと。
「これといって理論というよりは、いつも自然体なんです」
多々の質問を煙に巻く印象もあれ、それは技術的に守らなければならない部分であることは百も承知。
それも先シーズンの後半からすでに空中姿勢においてジャンプの後半に身体とスキーが離れていく状況が見られていた。これは撮影していて、およそ120mあたりから最後のひと伸びを確認しつつだ。
そこには夏場から葛西紀明監督(土屋ホーム)を一緒に分析を重ねたノルウェー選手2、3名があげられた。とくに長身のヨハンソンのとある技術に着目していた。
「それはアプローチ姿勢の低さですね、これを充分に意識しています。それと、えーと空中に関しては、まあ、自然体なんですね(笑)」
それだけわかればもういい。
これ以上のことは、現在、小林のコピーから得たオリジナルテクニックを身につけたライバルのクラフトや、マイペースながら虎視眈々と金メダルを狙うストッフに持っていかれる必要性はないのである。
昨年の夏から秋にかけて、幾度となく重ねられたビデオミーティングで葛西選手は小林にあれこれと細部に至るまでヒントを伝えた。
「あいつにすべて教えたら、いまは完全にその上を行ってしまったんだよ、まったくもう」
と苦笑するが。
それはそれで葛西紀明監督の有能さと指導力の確かさが垣間見えたに他ならない。
先の札幌W杯では、ジャンプ週間後の彼自身の疲れがピークに達していた。
とはいえお気に入りの名店・味坊でお気に入りの味噌ラーメンでひと息つき、英気を養ない、ほっとした。
ただ、疲労が完全には抜け切れておらず、また大倉山の味方になる風があたってくれずに、3位表彰台が精一杯であったが。2年ぶりの札幌W杯開催と小林効果でいつもの3倍以上かけつけた大観衆は歓喜、2日間とも彼に大声援を送った。
「こんなにたくさんのお客さんが来てくれて、その期待に応えたいです」
しごく当然の表現であった。いまの彼に必要なのは、しばしの休養のようだ。そして万全の体調と集中力をもって世界選手権とW杯後半戦へと突き進みたい。
この2月19日からスキー保養地のゼーフェルド(オーストリア)で開催される世界選手権では、地元の人気選手で先の札幌W杯で連勝を遂げたシュテファン・クラフト(オ―ストリア)との強烈な金メダル争いになってきた。
超アウエイといえるLHインスブルックのベルグイーゼルシャンツェで、きっちりとジャンプをまとめて、しかも考えられる様々な困難辛苦をものともせずに、表彰台の中央に昇りたい。そして、それを阻止しようと、オーストリアチームは万全の囲い込み体勢で、日本のエース小林に重圧をかけてくる。
その前には、カミカゼカサイ葛西紀明が得意とするフライングがある。
見るからに荘厳なオーベルスドルフ(ドイツ)のフライングヒルで、あやしいまでに乱れた風をものともせずに果敢に飛ばしてくる、しかも飛びっきりの笑顔で。だから欧州のジャンプファンはたまらない。これがリアル・レジェンドの由縁だ。
「世界選手権のメンバーから外れてしまったのは悔しいですが、たまには若手にチャンスをやろうと。そんな心境です。また、めずらしくその時期は日本にいることになるので、そうですね、娘とのんびりしますよ」
悔しいに違いないが、そこは動揺すらみせず、落ち着き払って皆に応えていた葛西だ。
その後には、いつものように静かに並んで待っているファンの前に進み、ひとりひとりと対話し、にこやかに写真に入り、サインをして握手などを繰り返した。
こんなシーンをインタビューのかたわら、横目でそっと眺めていた小林陵侑だ。
そこで『やってやる、頑張り抜く!』その想いをいっそうあらたにした。
勝負とは時の運や風の強弱もあろう。
それらにまどわされることなく、最後の最後には、心の中に浮かぶ葛西選手の笑顔、これが良き励みになってくる。けっして他言はしないが静かなるまま小林の目がそう語っていた。
地元札幌に帰国してW杯で5位と、3位の表彰台。
そこから再び渡欧したドイツシリーズでは伝統のフライング台オーベルスドルフで優勝、W杯10勝目をあげて意気揚々と北欧ラハティ(フィンランド)、さらには巨大なビリンゲンへと転戦と調整を重ねつつだ。
そして迎えるゼーフェルド世界選手権(オーストリア)では、ジャンプ週間の覇者小林、W杯連勝で勢いの波に乗るクラフト、オーベルスドルフFHで優勝し復調著しい実力者のストッフ、この3強の素晴らしいジャンプで、じつに名勝負の予感にあふれている。
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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