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フライングの祭典
その飛距離なんと200m超えのフライングジャンプともなれば、そこを訪れた観客は歓喜し、選手たちが打ち出す飛距離に一喜一憂していた。
日本からたくさんのファンが観戦に行っていた頃であれば、ある一定の飛距離を記録するとランディングバーンの隅に構えていた巨大なテレコムバード(鳥のぬいぐるみ)が、ぴょんぴょんと出てきて踊りまくる姿が見られた。そのときの曲が地元民謡『プラニツァ音頭』で、自然と呼びやすい愛称となり、いまでも日本のジャンプファンの間でそう言われている。
ポーランドの強者ストッフがW杯個人総合優勝とRAW AIR総合優勝を決め、ヒゲに特徴ある地元ノルウェーのヨハンソンがW杯初優勝を飾ったビケルスンから一気に南下。スロベニア西部へ移動してのフライング最終戦シリーズは個人戦2試合と団体戦が1試合。
しかも今回から予選①、個人戦②③、団体戦④⑤、シーズンファイナル個人戦⑥⑦の順番で7本のトータルポイントで争われる『プラニツァ・セブン』が設定され、そこで毎試合の優勝とともに個人総合優勝までも決定づけられるイベント性の高いものとなった。
その日曜日のシーズンファイナル試合後にはW杯個人総合優勝と国別対抗などの表彰式が行なわれ、さらにはチームキャビンではシーズンのお疲れさま会ということで、各チームがお国自慢のお手製料理を持ち込んで、アットホームな雰囲気でビールパーティが行なわれる。そのときに日本チームからは、焼きそばが定番として紹介されている。
そこではドイツの肉系料理に人気があるようで、個人的にはフィンランドの焼きソーセージ、マッカラとビールがよくマッチしていると思うが、チームの元気のなさとオーストリア人コーチの退任で、そこまで張り切って披露できるかどうか気になるところ。かつて国別対抗で優勝し、あのクールなアホネンがいきなりの笑顔で大きなシャンパンを勧めてきたのが昨日のように思い出される。ジャンプ伝統国フィンランドの復活はいつのことになるのだろうか。
新技術のストッフと列強勢
個人総合では優勝を重ねて勢いづくストッフが安定のジャンプで試合会場を魅了していた。
あの2本バーのビンディングに、空中でスキー面を平らに持っていくテクニックと微動たりともしない安定した上半身に特徴がみられた。
この背景にあるのはポーランドの英雄アダム・マリシュが生み出した空中でスピード感ある技術と、コーディネーターとしてチームをまとめ上げた攻勢が大きい。いわば選手の助言役に徹して好成績を上げたマリシュスタイルと、何よりも各選手に対する心のサポートがあった。そしてジュニアチームの指導から始まり、オーストリアで名選手だったシュテファン・ホルンガッヒャーコーチ10余年の集大成があった。
また今季の実力派ノルウェーでいえばヨハンソン、スチュアネン、タンデ、フォルファン、ファンネメルなどが、それぞれに台頭していた。それもこれまでのノルウェーチームと違い、しっかりと2本のジャンプを揃えてくるのだから素晴らしい。
かつてのエース、インゲブリクセンなどは1本目にとんでもない飛距離をマークして2本目には、お決まりのやらかしジャンプで沈んでしまうということ、しばしばだった。
それがバイキングシップとも表現されて心和ませた情景でもあったが、いまや表彰台への常勝軍団となっていた。
これはかつてミカ・コヨンコスキ(フィンランド)がヘッドコーチを務めていた時に、懐刀としてフィンランドから連れていったメンタルセラピストのおかげであり、その系図がいまも脈々と流れ続けているのである。それで2本目に緊張することなくポジティブな自己暗示によって、平然と勝負に出ていくことができた。
今回のRAWAIRでは日本にもファンがいるトム・ヒルデが地元リレハンメルW杯で引退を決めた。一時、コンチネンタル杯に落ちて、そこから好成績を上げてW杯に復帰してきた努力家の彼だった。以前サマーグランプリで白馬にきたときも、ファンの子供たちにチームキャップやニット帽を惜しげもなくプレゼント、握手しサインして喜んで写メにも一緒に入りと、とくに日本に親しみを持つ選手であった。
はたまた今季最終プラニツァのフライングシリーズでは、飛ばし屋の異名を持つドメン・プレフツ(スロベニア)が復調のジャンプをみせてくれそうだ。久しぶりとなったW杯ビケルスンFHでも好調な飛びを見せて、その勢いの波に乗って凱旋ジャンプ、あの鋭敏な突っ込みで果敢に飛距離を伸ばしてくるロングジャンパーだ。兄のプレフツがやや元気がないが、ともに地元の期待と大声援に包まれて奮起の一発を見せてくれる予感にあふれる。
そして鋭く飛び抜けるテクニックが健在のクラフト(オーストリア)やシーズン途中の故障休養から復帰してきたフライタク(ドイツ)の頑張り、そしてわれらがカミカゼ・カサイ、欧州では長年の現役生活からレジェンドと呼ばれて敬意を表される葛西紀明(土屋ホーム)が得意とする偉大なフライングジャンプなどに注目が集まりそう。
飛べ飛べニッポン
ファイナルを迎えた日本チームは、世界最大の飛距離を生み出すビケルスンの台をみているとわかるように、いまはまだそのシャンツェにおける経験値を積んでいる状況であろう。
普段、いきなり現地に行って練習させてくださいとお願いして、さあどうぞというわけにはいかないのが実情で、それは日本を含め欧州各国が地元の選手に勝ってもらいたいと強く願うのが勝負の常であるから。
シーズン後半は国内調整に徹した伊東大貴(雪印メグミルク)は順調に肩のリハビリとその仕上げに入っている。
「あのとき肩の打ちどころがよくなくて、身体のバランスが崩れていたように思います。まだ少しばかり痛みがありテレマークでも右手を上げにくい感じがあり無理はできません。そのあたり夏場にしっかりと治していきたく思います」
静かにそれでいて前向きな表情の伊東だった。
そこに新鋭で全日本チームにピックアップされ秀逸なジャンプを見せた佐藤幸椰(雪印メグミルク)の活躍は、目を見張るものがあった。彼は所属の岡部孝信コーチの指導を熱心に受けて開花した。そして当然のことながら来シーズンの活躍が期待される。
さらに、小林潤志郎(雪印メグミルク)と小林陵侑(土屋ホーム)の兄弟と集中力ある大型女子ジャンパー小林諭果(CHINTAI)の成長に、末弟でいまはジャンプとノルディック複合の両方を手がけ、岩手の名将伊藤時彦コーチのもとバランスよい身体づくりに徹している小林龍尚(盛岡中央高)の頑張りと勇躍が見られそうだ。
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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