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哀愁漂う葛西選手
五輪で旗手、帰国後は国内2試合にフル出場、しかも五輪メダル報告会に代表選手団解団式などに出席して、日本国民の皆さんにお礼の言葉を述べていた葛西紀明(土屋ホーム)は、口にこそ出さなかったが疲労感でいっぱいだった。
自分が日本国旗の旗手を務めて、あと押ししたからこそのメダルであるとの自負にも似た、それでいて謙虚な言葉は、人々の感動を呼んでいた。
しかもそれらの激務と試合の出場で、3月のW杯後半戦のために海外遠征に行く頃には、なんと気管支炎までも患っていた。ただ、そこはいつもどおり頑張り屋のノリさんのこと、決して弱気な姿勢は見せず、にこやかに欧州へと旅立っていった。
たった1日だけあった東京でのオフの日には、こっそりと大きな医院の薬局を訪ね、身体に優しさのある薬剤を調合してもらい、それを大事そうに抱え込んでミズノでショッピング。たまにはと神田の美味しい蕎麦屋さんで、ほんの少しほおばって。
またしばらく日本食を口にできないとの心の癒しであった。
であるから、少々の予選落ちなどは、いいではないか。
そこから体調やメンタルを徐々に戻していって、得意のフライングジャンプでおおらかに飛んでくれれば。それで世界中のジャンプファンは、しっかりと夢を乗せていくことができる。レジェンドファンは心底それを望んでいるのだ。
葛西選手もそれをわかっているからこそ発熱などなんのその、スタートバーから『なんだよ、この風は』と、つぶやきを入れながら何気ない顔で出ていくのだ。
それでもたまに身体が苦しくなると、気を紛らわそうと、スタートハウスにいるチームメイトで伸び盛りの小林陵侑(土屋ホーム)とじゃれあい左右パンチの応酬で自分にカツを入れる。さすがに欧州のハウス内ではプロレス技をかけることは控えているが、昔であれば、それで軽くひとひねりのコブラツイストがあったりした。
また小林も本心では葛西監督のことが心配でならないのだが、そこは葛西のアクションをさらりと受け流し『がんばって』との想いを込めて、先にスタートに向かう我らが英雄ノリアキ・カサイの背中をじっと見つめていた。
台頭してきた新型技術
さて、ここにきてジャンプに新テクニックの流れが登場してきた。
それは横から見ると『ユの字』をした空中姿勢で、スキーの滑走面を斜めにして推進させていくのではなく、バーンに対してなるべく平らに保ち、風を素直に受けていく動作。そこには身体の適度な起こしの動作とキープがあり、スキーと胸との間が一様に離れているシルエットがみられる。こうした方が足首に頼り過ぎずとも自然とスキー面を平らにできる。
文字にするとわかりにくさがあるが、そのイメージとして日本では元フィンランドチームヘッドコーチだったヤンネ・バータイネンの指導を受け、さらに所属の千田侑也スキー部長に社会人としての教えを乞う小林陵侑の斬新な後半の立体的な空中姿勢や、長身のヨハンソン(ノルウェー)などを参考にした栗田力樹(明大)は、スキー面を平らにして推進していく技術を身に着つけようと、宮様大会での創意工夫をみると理解しやすい。彼らはボディ位置を高らかに固定する、その基本姿勢はほぼ完成をみていた。
「コンチネンタル杯でポイントを獲得して、W杯に上がっていきたいです」
全日本チームで同年代のライバル、岩佐勇研(札幌日大高)や二階堂蓮(下川商高)らと切磋琢磨しながら向上心旺盛、注目の大型選手栗田だった。
これは操作性を重視した短いスキーを使用しているストッフ(ポーランド)も同様、あのソチ五輪で金メダルを獲得した2本バーのビンディングで限りなくスキー面を平らに近づけ、そこに良い風を受けて、不動の上体とともに抜群に飛距離を伸ばしていた。
先週日曜日のホルメンコーレン個人戦2本目はよもやの背後からの落とし風にあたり6位へと後退したが、あわてず騒がずクールな笑顔はそのままであった。
もうひとつは以前からの弾丸スタイルで、空中スピードが快速この上ないクラフト(オーストリア)のように身体を寝かせ気味に低く鋭く飛びきっていく、これは宮様大会で復調したジャンプをみせた栃本翔平(雪印メグミルク)のスピードジャンプもそれである。
現状、このようなふたつの流れが確認できる。
かつて一世を風靡したエアロダイナミクスで理論づけされたクの字姿勢から幾年も経ち、いよいよユの字へと変遷であろう。とはいえ、もうしばらく注視していきたくもあり、これは次のRAW AIR最終戦3試合、フライングで世界最大の飛距離250mオーバーを生み出すビケルスンW杯の空中スタイルなどで顕著に表現されてきそうでもある。
長身選手をそろえる強者のノルウェー勢は、おおむねこの新型ユの字スタイルで足首を柔軟に使い、スキーとボディの起こし方とその間隔はそれぞれであるが、基軸には平らにするスキー面がある。それが、左右両スキーもあれば、どちらか得意のスキーだけのシチュエーションも見られる。
その新タイプのテクニックが生まれてきたいま、RAW AIRシリーズではこれらをじっくりと見定めてみよう。
そして国内では五輪代表の伊東大貴(雪印メグミルク)が元気よく飛んでいた。
「いまは無理をしないことが第一のように思います。正直、痛みがあってまだ真上に腕が上げられなくて。それで肩関節の周囲の筋肉を強化しながら少しずつですね。この大事なときにもし転倒してしまっても、しょうがないですから。はやく思い切り飛んでいきたいのはやまやまですが、そこはじっくりと回復させていっています」
来季は2月に世界選手権がジーフェルド(オーストリア)で開催される。
それがひとつのターゲットになり、腰を据えた地道なトレーニングを施していく。
さて、やはり飛ばせ台のFHビケルスンでは、最長不倒を狙い、突き進むのであろうか王者ストッフと勢いが出てきたクバツキ(ポーランド)、それに対抗するのは低く伸びあがる弾丸クラフトか、タンデにヨハンソンさらにフォルファンとファンネメルら飛車角ぞろいの地元ノルウェー勢の上位独占か、あるいはドイツの勇者フライタクにベリンガーと気迫のアイゼンビヒラーなど、じつに名勝負の予感に包まれる。
その川面に沈む夕陽がこよなく綺麗に映える、西向きに作られたジャンプ台はいきなりの素晴らしい向かい風とさらに200mを超えて、下からの一陣の吹き上げがある。
いったん、それに乗ったとなると、ああこれはと嬌声をあげたくなるビッグなフライトが、そこにある。
だからめっぽう楽しみな、北欧ビケルスン感動のフライング。
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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