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スキー コラム 2017年3月8日

『ラハティの追い風とマテリアル開発競争』スキージャンプFIS ワールドカップ 16/17 後半戦プレビュー

鳥人たちの賛歌 W杯スキージャンプ by 岩瀬 孝文
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葛西紀明

人間味あふれる心づかいとそこに余裕の笑顔があった葛西紀明

葛西紀明

葛西紀明は青い吹き流しのごとくラハティの安定の追い風に落とされていった

「風邪ひかないでくださいね~」 雨の夕方、ラハティ世界選手権ラージヒル予選のことだった。葛西紀明選手(土屋ホーム)からそう声をかけられた。

崩れてきた天候は予選が終わる頃には本降りになり、手に持ったカメラも濡れはじめ、まだそこまで身体は冷えていなかったが、その後に街中で行なわれたメダルセレモニーになるとさすがに凍えてきてしまった。 「このことか、ここまで気を使ってくれるなんて葛西さんは…」
ラハティの安定した追い風はときに強く、その風に叩かれてストンと落ちる葛西選手。その空中でも悔しさの表情が垣間見えた。 こういうときもある、しかし、ここまで幾度も続くとなんであろう。
なおいっそうの悔しさに包まれているだろう、それなのに人に気づかいをしてくれる。いやはや、心にジーンときてしまった。葛西選手には余裕があったのだ。

クラフト(オーストリア)の勝利を祝うチームの面々が駆け寄った

今回は、ほぼクラフト(オーストリア)の一人勝ちの世界選手権となった。
いくらライバルのヴェリンガー(ドイツ)が迫っても、あの追い風ながら下でもうひと伸びしてしまう。要するに、これはスーツに新しい基軸が入ったなとの証明にもなった。
許容範囲で記す。これまでのスーツ形状ではエアのたまり部分があったが、それもウエストの2本のラインで分断された。となると今度は素材繊維の伸縮とその方向性により、とある個所にエアの滞留がメイクできた。それでクラフトやアイゼンビヒラー(ドイツ)は、完全にその好影響と使いこなしができていたのだった。

選手のスキーを静かに手早くパッキングするアダム・マリシュ

ジラ

ラージヒルで銅メダルを獲得したいぶし銀のジラ(ポーランド)

また、チームとしては団体戦の金メダルを獲得して、総合力あふれるポーランドが続いた。
それというのも名選手だったアダム・マリシュのチームコーディネート能力がいきなり実を結んだわけで。しかも偉ぶることなく裏方ですすんで下働きをする姿さえ見られた。その空中姿勢をみると、ストッフ、ジラ、コット、クバツキなど全員のテクニックが、小柄ながら弾丸のように飛び出していたかつてのマリシュ技術を取り入れていた。
そして以前から若手選手のコーチを経験していたシュテファン・ホルンガッヒャーチーフコーチの明るさが加わり、一気に強豪チームへと変貌した。
もちろん新伸縮の繊維ウエアはあの銅色メタリックカラーのスーツそのものである。

逆にスロベニアはマテリアルの改革が急務、いきなりドメンとプレフツが飛べなくなるなど、これはスーツを昔のものに戻したと言われ、チェックを入れられるのを避けているためのようだ。これでは飛距離は出せない。

日本チーム

ファルン世界選手権に続いて混合団体の表彰台を守った日本チーム

伊東大貴

実力あふれるジャンプを披露した伊東大貴(雪印メグミルク)

そしていまの日本はどうなのかといえば、寝たふり、静かなるままにあると。そうであろう、これ以上むやみに失格になることもなければ、だからといって焦る必要性もない。
もちろんそこには優秀な開発技術がある日本である。来季の五輪を本番に見据えた場合に、良いものはすぐにでも用意できるが、それは速攻で欧州勢が分解しようとする。であれば、秘密にしておくべきであり、コピーされるのを避けるのが得策なのだ。
世界のトップ選手20人くらいはもはや研ぎ澄まされたジャンプ技術を持っている。そこでマテリアル勝負の攻勢に出てくるのが現在における最前線のジャンプシーンだ

だから飛距離が出ないというもどかしさはあるが、そこに悲壮感や悲観はまったくなく、静かな気づかいまでしてくれる葛西選手や、国内調整が成功なおクールな面持ちのニヒルな好青年、伊東大貴選手(雪印メグミルク)となる。
あのソチ五輪直前12月のリレハンメル大会でいきなりフライトが高くなった日本チーム、背景はここらにある。であれば五輪前のピンポイントの時期に投入を、ということだ。
だから間違ってはいけない。今回の成績はけっして『惨敗』ではない。用意周到なる戦略の上のこと。もちろん選手達もコーチもあたりまえのようにそれを口にはしない。

葛西紀明

エリア内で集中する葛西紀明(土屋ホーム)。ヘルメットの後頭部もじつは格好良いのがよくわかる。これはウッドアイキメさんのデザイン

ヤンネ・アホネン

ラハティの英雄ヤンネ・アホネンが果敢に飛び大観衆が歓喜した

ところが他国でいうと、ノルウェーは新繊維のスーツへの乗り遅れが目立っていた。とはいえ団体戦は意地のバイキング魂が炸裂していたが。

W杯終盤戦の注目度はここにある。
すでに始まっているマテリアル開発競争。軸となる各国の基本技術にマッチングして、進化を見せるジャンプスーツの形状やビンディング用具など。
そのもの日本チームには世界最高峰の開発能力がある。そのあたりの先見性と器用さは抜群、だからこそ海外列強は日本の動向に目を光らせる。

今回フィンランドは勝てないことに理由に地元出身のヤンネ・アホネンの登場で盛り上げ、しかもノルディック複合では、あのごぼう抜きのハンヌ・マンニネンまで復帰させていた。そんなノスタルジックな雰囲気で会場の大観衆は沸いた。
観客の皆さんは入場チケットを購入して観にきてよかったねと、にこやかに帰路についた。これぞノルディック世界選手権の醍醐味であった。

さて、W杯終盤戦、ロングジャンプでおのおのが魅せてシーズンを飾ろうとする。
では日本選手は、もうおわかりであろう、そこはマイペースなジャンプでいいのだ。
であれば落ち着いて、緑茶を飲みながら夜のJSPORTS中継でまったりと応援していこう。

岩瀬 孝文

ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。

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