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ラグビー コラム 2024年5月9日

忍び寄る傲慢の記録~ラグビーW 杯のアイルランドが落ちた沼~

be rugby ~ラグビーであれ~ by 藤島 大
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そして、あの棍棒にして小動物のような太い腕の身長203cmのジャイアントはこうも述べた。

「自信を持つのは構わない。でも傲慢になってはならない。なぜなら、どんなに調子のよいシーズンを過ごしてきても、ひとつのつまずき、ひとつのタックルのしくじりで台無しになるからだ。それがこのゲームの魅力でもある。永遠にトップにいるなんてありえない」(同)

ワールドカップ2連覇の主力の重い実感である。

いまは亡き俳優、渥美清がいつか語っている。

「作り手が自信を持ったときは、彼がどんなに謙虚であろうと努力しても、端から見ればどこか傲慢に見えたりするもんなんです」

図書館で借りた書籍かテレビの映像か、感動して、何年も前、とっさに携帯端末にメモを残した。不覚にも引用元を書き留めるの忘れたが内容はこのままだ。鋭く、ちょっとおそろしい一言である。

アイルランドもまた「端から見れば」の沼に落ちた。「決勝で会おう」は「あなたたちにはその資格がある」という社交のつもりかもしれなかった。でも、そんな余裕がすでに危険の兆候なのである。まれにも挑む者の意識を濃く抱いたオールブラックスとの激突は、いま振り返れば、準々決勝にして決勝だった。

みずからを強く信じられなければ最後に負ける。世のほとんどのチームにとって傲慢に近づくのはとても簡単ではない。自信と過信を隔てる幅は観念においては広く、現実には狭い。ここのところの「きわ」は、そのときのチームだけでなくクラブ、あるいは国代表としての苦い経験の蓄積によってなんとかつかまえられる。「負けて学ぶんじゃ、アホ」(大西鐵之祐)はとことん正しい。

歓喜を知り、さらに勝ち続け、つい傲慢となり敗北、そうした繰り返しを経て、しだいに「永遠にトップでいるなんてありえない」(エツベス)の境地をつかむ。2023年のアイルランドは、長いヒストリーでの頂上体験の乏しさゆえ、初めての傲慢の波をよけられなかった。

ラグビーは15人が先発、ベンチの8人のほとんども出場する。監督やコーチがどれほど心の緩みをいましめても、ひとりひとりのわずかな「準々決勝は負けないだろう」の胸中のつぶやきが、すーっと集団の雰囲気をつくる。実におっかない。

本稿筆者が高校や大学のラグビー部のコーチ時代、そこで何度か次の手を試みた。トーナメントで難敵を破る。終了の笛が鳴って時間をおかず、体をほぐすクールダウンをあえて省いて、さっとロッカー室に選手とスタッフを戻してしまう。ドアをバシッと閉じて、次の試合に向けた心構えを厳しい口調でキャプテンや監督が説く。「魂」が抜ける前に封じ込めるのだ。

不思議なもので、いったん体内に「魂」が定着すると、そのあとで、いまここでの勝利にきゃっきゃっと騒いでももう抜けない。グラウンドの上で放出されると手遅れになる。お試しあれ。 

文:藤島 大

藤島大

藤島 大

1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。 ラグビーマガジン、週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。

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