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サイクルロードレース コラム 2026年8月30日

無双の王者を落車が襲う。マイヨロホを着たまま、ポガチャル途中リタイア|ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 レースレポート:第8ステージ

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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ブエルタ・ア・エスパーニャ

大会を去っていったマイヨ・ロホ着用のポガチャル

あまりにも突然に、ブエルタ制覇の道は断たれた。フィニッシュまで残り33km。タデイ・ポガチャルが地面に転がり落ちた。顔面と左肩を強く打ち付け、即時リタイア。初日からまとい続けてきたマイヨ・ロホを、一度も脱がぬまま、大会に別れを告げた。ここまでの6日間で3勝を挙げ、総合2位とのタイム差は、すでに3分50秒に開いていた。

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嵐の前の静けさ、カオスの足音

始まりからすでに、不穏な雰囲気はあった。モナコでの開幕からちょうど1週間。山あり、雹あり、未舗装路あり……と、ここまで熾烈すぎるほどのバトルを繰り広げてきたプロトンを、ニュートラル走行中に集団落車が襲う。この事故の影響で、3選手が途中棄権を余儀なくされている。

落車に巻き込まれた選手の合流を待って、スタートフラッグは、本スタート地点から10kmほど先で振られた。その瞬間、シヌへ・フェルナンデスが猛加速で飛び出していく。孤独な逃げが始まった。

メイン集団は急がなかった。最大6分近くまでタイム差が広がると、ヴィスマ・リースアバイクが静かにコントロールに乗り出した。すでに区間2勝を挙げているマシュー・ブレナンのために、大ベテランのステフェン・クライスヴァイクが、長らく先頭を引いた。

ブエルタ・ア・エスパーニャ

フェルナンデス、ひとり旅

フェルナンデスのひとり旅は、約3時間で終止符が打たれた。残り45kmを切ると、いよいよプロトンは緊迫感を増していき……そして残り38km、集団はひとつになった。

絶妙のタイミングでの吸収だった。フィニッシュ手前33.6kmには、中間スプリント地点が待ち構えていた。前日の大逃げで大量のポイントを収集し、待望のマイヨ・ベルデを手にしたワウト・ファンアールトが、狙い通りに先頭通過。チームの働きにしっかりと応えた。

ポガチャルの動向も注目された。初日からポイント賞首位を突っ走り、前日にわずか2ポイント差の2位に陥落したばかりだった。その上、ファンアールトはジャージを狙い、マシュー・ブレナンはステージを狙うという、ヴィスマの「二兎」を追う姿勢に疑問の声も挙げていた──。だが、マイヨ・ロホは、特に動きを見せなかった。

悪夢のような落車、ポガチャルが初のリタイア

中間ポイントのほんの1.5km先には、3級山岳の登坂口が待ち構えていた。総合勢もスプリンターチームも、この日唯一の難所を前に、必死の位置取りを繰り広げた。走行時速は、60kmを優に超えていた。

そんな中、悲劇が起こる。道幅の広い直線道路の左端を走っていたポガチャルが、ぐらりと右に傾いたかと思うと、次の瞬間、宙に浮いた。そのまま前方へ一回転。複数の選手を巻き込む落車を引き起こした。

最も大きな打撃を喰らったのは、赤ジャージ本人だった。一度は立ち上がり、自転車に乗ろうとするものの、すぐに「ノー」と首を横に振り、地面に再び座り込む。左顔面からは大きく出血し、破れたジャージから見える左肩は、赤黒く腫れ上がっていた。リタイア以外の選択肢は、おそらくなかった。

2日前の高速ダウンヒル中には、曲がり切れずにコースアウトしながらも、ポガチャルは巧みに落車を回避している。2025年ツール・ド・フランスの第11ステージでは、他選手の後輪に接触して地面に滑り落ちたものの、ほぼ無傷で切り抜けた。しかし、今回ばかりは、不運から逃れることはできなかった。

ポガチャルにとっては、3年ぶりの途中リタイアとなる。2023年リエージュ〜バストーニュ〜リエージュで落車し、左手首を骨折したとき以来だ。グランツールは10回目の出場にして初の棄権。そもそもプロ入り8年目にして、ステージレースを途中棄権するのも初めてだった。

複数の証言によれば、ポガチャルは道路上の小さな石につまずいたとされる。また所属チームの発表では、脳震盪と複数の切り傷に加え、左鎖骨転位骨折、第7頸椎レベルの安定型頸椎骨折と診断され、外科手術を要するという。

7月にツールの「5勝クラブ」入りを果たしたポガチャルの、ブエルタ初優勝と3大ツール完全制覇への挑戦は、来シーズン以降へと持ち越された。ちなみに3連覇をかけて臨むはずだったモントリオールでの世界選手権は、ちょうど1か月後に行われる。その1週間後には、母国スロベニアで開催されるヨーロッパ選手権での2連覇が、さらにその1週間後にはイル・ロンバルディアでの6連覇が、期待されていた。そのすべてが、突然、途切れてしまうのかもしれない。

今シーズン中に復帰するかどうかは、現時点では分からない。できることなら、じっくり治療に専念し、完全な健康体を取り戻してから、改めて史上最強の自転車チャンピオンとしての道を突っ走ってほしい。ポガチャルはいまだ27歳でしかない。

34歳コカールが、ついに夢をつかんだ日

マイヨ・ロホの落車を受け、プロトンは自発的に、いったん「ニュートラル」走行に切り替えた。スプリンターにとっての関門とされた3級山岳で、恐れていたペースアップは起こらなかった。

それでも下りに入ると、否応なしにスピードは上がった。しかも隙を突いて飛び出し、ぎりぎりまで粘り続けたシャビエル・アスパレンの存在が、手に汗握る展開を演出した。極限まで神経質になったプロトン内では、残り10km、今ステージ何度目かの集団落車も発生。残り5kmで難解な市街地コースに入ると、次々と襲い来るランドアバウトやコーナー、スピードバンプに翻弄され、先頭の列車は絶えず入れ替わった。

この日最後の大落車は、残り400m前後で起こった。前方10番目ほどにつけていた選手の落車をきっかけに、ドミノ倒しが発生。多くの選手がブレーキを余儀なくされた。分断を逃れ、フィニッシュまで全速力で突き進めたのは、わずか20人ほどだった。

カオスの中でリーダーとはぐれたヴィスマ列車が、ラスト150mまで先頭を突き進む。その最終発射台が脇に逸れた瞬間、ライバルチームのエースたちが一斉にスプリントへと転じた。7月にはマイヨ・ヴェール獲りで無双したマッズ・ピーダスンが、真っ先に先頭に立った。3年前にシャンゼリゼを制したヨルディ・メーウスも、負けじと加速を切った。突破口を探して大外へと流れたブレナンも、急激な追い上げを見せた。

そして、メーウスの影でぎりぎりまで我慢していたコカールが、最後に風の中へと躍り出た。

ブエルタ・ア・エスパーニャ

ハンドル投げが功を制し車輪半分の差でコカールが勝利

「今日もいつも通り、勝てるかどうか分からなかったけれど、フィニッシュラインでハンドルを投げた。マッズから『君が勝ったと思う』と言われて、嬉しかったけど、それでも信じてはいなかった。だって……僕はあまりにもたくさんの不運を経験してきたから。もちろん、このブエルタには区間勝利のために乗り込んだ。同時に、それがどれほど野心的で難しいものかも、理解していたんだ。過去に何度もトップ3やトップ10に入ったし、区間2位だってある。でも、勝利だけはいつだって、僕の手をすり抜けてきたから」(コカール)

10年前のツール・ド・フランスで、マルセル・キッテル相手にミリ単位の差で2位に泣いたコカールは、この日、ライバルたちをまとめて退けた。2位ピーダスンには、車輪半分の差をつけた。

34歳にして、ついに「夢」を叶えた。2012年ロンドン五輪オムニアムの銀メダリストとして、翌年華々しくプロデビューしたコカールだったが、ワールドツアー初勝利までには11年要した。そして今回は、13回目のグランツール参戦にして、初めてのグランツール区間勝利をつかんだ。昨オフにツール欠場を決断し、このブエルタに向けて最善の準備を積んできた、その努力の成果だった。

「今日みたいなスプリントでも勝てるはずだと分かっていた。ただ条件が完璧に揃っている必要があった。今日はポジション取りもタイミングも申し分なかった。『惑星直列』が起こったんだ」(コカール)

持ち主を失ったマイヨ・ロホ、マスは「非着用」で敬意を示す

フィニッシュ手前の落車に巻き込まれた選手たちには、勝者コカールと同タイムが与えられた。これにより、ポガチャル以外の総合上位勢にタイムの変動はなく、前ステージ終了時点で総合2位につけていたエンリク・マスが、自動的に総合首位へと繰り上がった。

ブエルタ・ア・エスパーニャ

表彰台に立つマス

マイヨ・ロホを着たままブエルタの総合リーダーがリタイアするのは、2010年大会第14ステージで、やはり落車の犠牲となったイゴール・アントン以来、16年ぶり。2023年ジロ・デ・イタリアではレムコ・エヴェネプールがコロナ陽性で、マリア・ローザとして大会を去った。古くは1971年ツールでルイス・オカニャが落車リタイアし、代わって総合首位に立ったエディ・メルクスが、志半ばで大会を去ったライバルを想い、翌日のマイヨ・ジョーヌ着用を拒否した逸話は有名だ。2015年ツールで黄色のトニー・マルティンが鎖骨骨折で大会を去った後、クリス・フルームもやはり、リーダージャージ着用を辞退している。

この日の表彰式で、マスもまた、マイヨ・ロホを肩には羽織らなかった。代わりに両手で掲げ持った。ポガチャルに敬意を払うと同時に、31歳にして生まれて初めて手にしたグランツールの、リーダージャージにも最大限の礼を尽くしつつ。

「正直に言えば、これがスポーツであり、自転車競技であることは分かってる。でも、タデイが落車したからであり、僕自身の力でマイヨ・ロホを獲得したわけではない。だから今、これを着用しないことが、彼へのリスペクトを示すやり方だと考えている」(マス)

またマスの所属チームのモビスターは、SNS上で、ポガチャルへこんなメッセージを送っている。

「成績など二の次にすべき日もあります。ポガチャルとUAEチーム全体に、たくさんの応援の気持ちを送ります。落車の影響が可能な限り少なく、そして近いうちにまた自転車に乗っているあなたの姿が見られるよう、私たちは願っています。早く良くなってね、タデイ!」

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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