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サイクルロードレース コラム 2026年9月14日

「夢見ることを決してやめてはいけない」エンリク・マスはみずからの、チームの、そして自転車大国スペインの復権をもたらした|ブエルタ・ア・エスパーニャ2026

サイクルロードレースレポート by 福光 俊介
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ブエルタ・ア・エスパーニャ

胴上げで祝福されるエンリク・マス

夕陽が染まるグラナダの市街地。3週間の長旅の最後数キロは、その光景をマイヨ・ロホが、さらには赤ベースのスペシャルジャージに身を包んだチームメートたちのものとなった。情熱のレッドが一層の輝きを帯びる。スペイン最大のレース、ブエルタ・ア・エスパーニャで12年ぶりとなる地元ライダーによる王座獲得の瞬間だった。

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エンリク・マスモビスター チーム)の快勝劇で幕を閉じたブエルタ2026。途中、思いがけずめぐってきたトップの座であったが、マイヨ・ロホに袖を通してからの走りはチャンピオンにふさわしいものだった。数々の苦難を乗り越えた先に待っていた最高の栄誉。本人やチームの喜びの一方で、マスを知る人たちはこの結果に決して驚いていない事実もある。勝つべくして勝った……そんなマスの強さはどこにあったのだろうか。

マス「自信がなくなったらこの仕事をやめるとき」

ネオンに照らされたグラナダ市街地に設けられた総合表彰台。その中央には、31歳の新王者が立った。マスにとって、グランツールの総合表彰台は5度目。そのいずれもがブエルタで得たものだ。そして、初めてとなる一番の高み。

改めてマイヨ・ロホに袖を通し、スペイン国歌を聴いた後、チームメートや関係者の手によって高々と掲げられた。グランツールを制するほどの男の体はきっと軽かったことだろう。ときに勢いが良すぎるくらいに宙を舞った。

ブエルタを制した28人目のスペイン人ライダーとなった。フリアン・ベレンデロに始まった王者の系譜は、ペドロ・デルガド、ロベルト・エラス、アルベルト・コンタドール、アレハンドロ・バルベルデらに続いている。新たに、エンリク・マスの名が刻まれた。

自身の成功について問われ、「夢見ることを決してやめてはいけないと改めて思っている。僕はいつかグランツールで勝ちたいと思い続けてきたけど、今日それが実現した。マイヨ・ロホの夢をあきらめたことは一度もなかったんだ」と答える。さらには、「自信がなくなったらこの仕事をやめるときだと思っていた。信じ続けてきたことは間違っていなかったよ。すべては、チームや仲間たちの支えがあったからだ」と続ける。

ブエルタ・ア・エスパーニャ

表彰台でチームメートを喜びをわかちあう!

大きな成功には、強い意志と周囲の支えがあったことを強調した。

ポガチャルとのマッチアップが自信に

本人に言わせれば、状況が好転したのはカステジョンに向かった第6ステージだったという。あの日、マスは先に仕掛けたタデイ・ポガチャルUAEチームエミレーツ・XRG)に自力で追いつき、ステージ優勝争いへと持ち込んでいた。当時の状況を総合すると、最大40秒あったギャップを埋めたとみられている。テクニカルな下りでは、冷静に対処するマスに対して、ポガチャルがコースアウトする事態も。マッチスプリントで敗れはしたが、このステージを終えた段階でポガチャル以外のライダーたちに対して総合タイムでリードした。

「あれはかなり自信になった。ポガチャルはレース後に僕を見て驚いたと言っていたようだけど、レース中は協調しながら互いに力強く走ることができていたんだ。あの1日が大きく変えたと言っても良いと思う」

さらには、アイタナを上った第9ステージの勝利は「キャリアの中でも最高の瞬間のひとつ」と振り返る。この前日にポガチャルがリタイアし、急に舞い込んだマイヨ・ロホだったが、トップを走る者の責務を理解するのに時間は要さなかった。最終的に総合表彰台を争うことになるプリモシュ・ログリッチレッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)、フェリックス・ガル(デカトロン・CMA CGM チーム)を振り切り、粘るオスカー・オンリー(ネットカンパニー・イネオス)が前に出ることも許さない。気迫を前面に押し出した攻めの走りは、その後の流れを完全に引き寄せるものとなった。

最後まで冷静さを欠かなかったことも勝因に挙げる。大会第2週以降はチーム一丸で集団コントロールに従事し、総合争いに関係しない選手の逃げは容認。目下のライバルたちの動きにフォーカスし、マス自身はタイムを失わないことを心掛けた。不要なリスクを避けるレース構築は、グランツールの王道的な走り方でもあった。

「何か問題が起きたときにがっかりするのは自分だからね。常に落ち着いて走ることを意識していたよ。チームメートとも、スタッフとも、勝った後のことについては話をしないようにしていたし、もっと言うと“明日どうするか”みたいな話題も避けるようにしていたんだ。今だけに集中しようと思って、冗談なんかは特に聞き入れないようにしていたよ」

ブエルタ・ア・エスパーニャ

総合首位のまま第20ステージを終えたマス

熱くも慎重に。13日間に及んだマイヨ・ロホ旅は、成功裏に最終目的地グラナダへとたどり着いたのだった。

ブエルタで本来の強さが発揮された

21歳でプロライダーとしてのキャリアをスタートさせ、当時から「スペイン自転車界を背負う」言われてきた。若き日に師事したアルベルト・コンタドールがその強さを認め、2017年のブエルタでキャリアを終える際には「エンリク・マスがスペイン自転車界の未来だ」と後継者に任命したほどだ。

そう思うと、グランツール初制覇までに時間がかかってしまったと見るのも不思議ではない。好不調の波が大きいのはマス自身も認めるところで、それ以外にも落車や体調不良で思うように走れない時期が多かった。下りを攻められないこともあった。

苦難の日々に、モビスター チームを率いるエウセビオ・ウンスエ氏はかつて「エンリクが苦労していることは理解している」と口にしている。個人総合32位で終えた今年のジロ・デ・イタリアでは、その不振を公然と批判したこともある。

ただ、マスの走りを知る者に共通しているのは、「本来は誰にも手が付けられないほどの強さを持っている」との見方だった。

今大会の戦いを見守ったコンタドール氏は、「この結果には決して驚いていない」と述べる。「ポガチャルやヨナス・ヴィンゲゴーチーム ヴィスマ・リースアバイク)が群を抜いていることは確か。ただ、エンリクはその次のクラスに位置していて、トップの座が空位であれば確実に狙えるだけの力はある。このブエルタが良い例で、まぎれもなく彼が最強だった」と言葉に力を込める。

またコンタドール氏はマスのメンタルの保ち方にも触れ、「他者の意見に惑わされない強い意志も持ち合わせている。彼はSNSアプリをすべて消していて、周りの発言に惑わされないように努めている。才能と品格を持ち合わせたチャンピオンなんだ」とも。

ブエルタ・ア・エスパーニャ

ポガチャルにくらいついていたのはマス

この勝利によって、マスの競技への向き合い方や、識者の見方が決して間違っていなかったことが証明された。その強さはこれから、いかにして持続していくだろうか。

ロード世界選手権ではスペインのエースに

歓喜に満ちる時間を楽しみつつも、王者の視線はすでに次へと向けられている。9月27日に行われるUCI世界選手権大会ロードレースでは、スペインチームのエースを務めることが期待されている。18日にはバルセロナを経ち、開催地のカナダ・モントリオール入りする予定だ。

「時間が飛ぶように過ぎて、立ち止まる暇さえない。まあそれがサイクリングというスポーツなんだよね。何日間かは喜びを味わっていたいけど、早いうちにトレーニングを再開するよ」

スペインが誇るトップチーム、モビスター チームのエースとして、そしてロードレース大国スペインの旗手として、エンリク・マスは復権をもたらした。ブエルタで得た勢いは、世界の頂を目指す戦いにも続いていく。

文:福光 俊介

福光 俊介

ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う

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