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サイクル ロードレース コラム 2012年7月20日

ツール・ド・フランス2012 第17ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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タンデム作戦大成功……の巻

すでに大勢が決してしまったマイヨ・ジョーヌ争いよりも、フランス全国民の関心をひいたもの。それはトマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)のマイヨ・ア・ポア獲得作戦の行方だった。前日まで赤玉ジャージを着ていたフレデリック・ケシアコフ(アスタナ プロチーム)の差はわずかに4pt。待ち構える峠は5つ。1つ目の峠でケシアコフが飛び出しを仕掛け、すぐにヴォクレールが追いかける。こうして2人の長く仲睦まじいタンデム走行が始まった。

ヴォクレールの取った作戦は単純明快だ。1)ひたすらケシアコフのお尻に張り付くこと。2)山頂が近づくたびに追い越すこと。3)山頂を越えたらまたケシアコフの後ろに戻ること。

作戦通りステージ最初の峠は、ヴォクレールが先行した。2つ目の峠も鋭い加速で勝ち取った。先頭集団が8人から17人に大きくなっても、作戦を貫き通した。ところが3つ目の激峠では、ケシアコフが小さな反撃を試みる。ヴォクレールが背後から飛び出す前にスプリントを切ってみたのだが……、一瞬たりとも目を離さなかった赤玉が大外から大胆に刺した。

「昨日よりはフィジカル的には辛くはなかったけれど、精神的にひどく神経を使う戦いだった」

このあと前方集団では、ステージ優勝へと向けた無数のアタックと駆け引きが巻き起こることになる。それでもヴォクレールはひたすら自分の目標だけに集中した。誰が飛び出そうと、他人の動きには目もくれず、ただ水色に黄色の太陽が輝くジャージだけを見つめ続けた。逃げ集団に乗っていたアレクサンドル・ヴィノクロフ(アスタナ プロチーム)……つまりケシアコフの「ボス」が強烈な牽引でヴォクレールを引き剥がそうと試みても、ぴったりと張り付いたままだった。4つ目の峠は先にさっさと5人行かせて、6位争いをヴォクレールがしっかりと手に入れた。

しかもタンデムの後ろのサドルから飛び出したっきり、ヴォクレールはそのままダウンヒルを全力疾走。これまで仲良くやって来たケシアコフに別れを告げて、ペイルスルド→ペイラギュードの最終峠へと単独で突っ込んでいった。……結局は両者共に上りの途中でマイヨ・ジョーヌ集団と遭遇し、吸収されることになるのだが。しかし、これさえもヴォクレールにとっては好都合!他の選手にどんどん追い越されれば追い越されるほど、すなわち、ケシアコフが最終峠でポイントを獲得する可能性が小さくなっていく。そしてケシアコフが集団から滑り落ちて行ったその瞬間に、ミッションコンプリート。

「計算上はこれで大丈夫。この先の3ステージは慎重に行く。落車しないように、病気にならないように、細心の注意を払っていかなきゃならない。山岳賞というのは、他のレースでは単なる副賞程度のものだけれど、ツール・ド・フランスにおいては『伝説的』なもの。数字では表せない価値を持つ、ボクが抱く自転車競技の概念にピッタリのジャージなんだ」

ヴォクレールとケシアコフの差は11pt。パリまでの残る3日間で登場する峠は計5つ、ポイントは計7pt。もはや誰にも逆転される恐れはない。パリまで無事に走りきるだけでいい。

ボクのツールを救え!

ヴォクレールとケシアコフは2人だけの世界に入り込んでいたが、彼らを取り巻く周辺の戦いは騒然としていた。なにしろ今大会いまだ勝ちを手にしていないチームが14。さらには総合上位を狙ってツールに乗り込みながらも、夢破れた選手が多数。こうしてアレハンドロ・バルベルデ、ファンホセ・コーボ(共にモヴィスター チーム)、デニス・メンショフ(カチューシャ チーム)、リーヴァイ・ライプハイマー(オメガファルマ・クイックステップ)、アレクサンドル・ヴィノクロフ(アスタナ プロチーム)等々が、次々と2012年大会最後の山岳ステージで飛び出しを試みた。

1つ目の峠からの下りでは、霧に紛れて、総合3位のヴィンチェンツォ・ニーバリ(リクイガス・キャノンデール)さえも高速ダウンヒルへと打って出た!

「ステージ序盤はひどい速さだった。プロトンはなかなか逃げを許してくれなったし、しかもニーバリが入ってきたからね。だからボクが直談判して、逃げから抜けてもらうようお願いしたんだ。こうしてニーバリが去ったおかげで、逃げ切りの可能性がぐっと高まった」

こう語るバルベルデ、ヴォクレール、ケシアコフを含む8人が逃げの切符を手に入れ、さらに2つ目の峠を下ったところでヴィノクロフやライプハイマー等の9人に新たに切符が配られた。つまりは合計17人のエスケープ集団が出来上がった。特に大会初勝利を追い求めるモヴィスターが3人(バルベルデ、ルーベン・プラサ、ルイアルベルト・ファリアダコスタ)、エウスカルテル・エウスカディが3人と大量に選手を送り込んでいた。

143.5kmの短いステージも、あと3分の1を残すところ。超級バレス峠への上りで、その2チームが、さらに前を行こうと企てる。オレンジ軍団は「いつも通り」に2人で固まって飛び出し、一方のモヴィスターからはプラサが前に出た。ところが奇妙なことに、プラザはすぐに減速する。バルベルデの準備がまだ出来ていない、どうやらそんな理由だったらしい。

約3週間前、バルベルではマイヨ・ジョーヌ候補の1人に上げられていた。オペラシオン・プエルトによる出場停止処分が明け、1月のツール・ダウンアンダーでは見事な復帰を遂げた。アンダルシア一周では総合優勝を果たし、「ミニツール」パリ〜ニースでは総合3位。4月のアルデンヌクラシック週間では少々調子を落としていたものの、ツール・ド・スイスではチームメートのファリアダコスタ総合優勝を大いに助けた。4年ぶりのツール復帰を、本人もファンたちも、楽しみに待っていたはずだった。しかし第6ステージの大集団落車の犠牲となって以来、様々な不運に見舞われて……スタート前の段階では総合で33分57秒もの遅れを喫していた。

「全てを投げ出して、リタイアしたくなるようなときもあった。でも、気持ちを立て直すよう、懸命に努力したんだ。だからどうしても、今日は何かを成し遂げたかった」

前方集団に戻ったプラザがリーダーを牽引し、集団内のライバルの数を減らしていった。そして今度は、もう1人のモビスター、ファリアダコスタが飛び出す。そう、1年前にシューペル・ベスの坂道ゴールを制した実力派もまた、リーダーのための露払い役だった。数キロ前を走り、他のエスケープ選手にたっぷり追走の脚を使わせた。満を持してバルベルデが前方集団から飛び出し、ファリアダコスタへ追いつき、そして置き去りにしていくそのときまで。

ゴールまで35.4km、バルベルではついに単独先頭に立った。背後では、ステージ序盤にエスケープ入りを断わられたニーバリ&リクイガス・キャノンデールが、8人の追走編隊を組んでいた。

虫食いの果物

「どうしても区間勝利が欲しい」

こう宣言していた総合3位ニーバリは、スカイ プロサイクリングから主導権をむしりとって、チームメート7人を前に配置した。エスケープ集団には決して大きなリードを与えず、バルベルデのアタック以降は常に2分半程度でタイム差を制御し続けた。

いや、途中から「制御」ではなく明らかに「追走」モードに切り替えたはずだった。しかし若きドイツ人ドミニク・ネルツが献身的な仕事を終えて、大ベテランのイヴァン・バッソが牽引役を引き継いでも、タイム差はまるで縮まらない。最終峠に入り、残り10kmに入っても、バルベルデとのタイム差は2分半のまま。マイヨ・ジョーヌ姿のブラドレー・ウィギンス(スカイ プロサイクリング)の護衛が総合2位クリス・フルームだけとなり、カデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)がまたしても滑り落ちて行ったのだから、それなりの速度ではあったはずだった。

加えて、肝心のニーバリはまるでアタックに転じようとはしなかった。痺れを切らし、ゴール前8kmで総合4位ユルゲン・ヴァンデンブロック(ロット・ベリソル チーム)が加速を仕掛ける。畳み掛けるようにラスト7kmでは総合10位ティボー・ピノ(FDJ・ビッグマット)が動く。……と、2つの加速が一旦ニュートラルな状態に引き戻された後、ウィギンスとフルームがなにやらひそひそ話をする姿がTV画面に映し出された。ウィギンスの解説によると、会話内容は以下のようになる。

「ニーバリについて話をしていたんだ。本当は彼のアタックを恐れていたというのに、なにやら調子が悪そうに見えた。だからタイム差を突き放しにかかろうと考えた。それにクリスが、区間優勝も欲しい、って言い出した。『勝てる脚はあるよ』って太ももを叩いたんだ。でもタイム差がはっきり分からなかったから、ちょっとだけ躊躇したけれど……加速することに決めた」

ペイルスルドとペイラギュードの間の小さな下りに差し掛かると、フルームが加速を開始した。そして3.5kmの最終上りでは、ウィギンスも牽引を手伝った。バルベルデとのタイム差は一気に縮まって、ニーバリもずるずると後退していった。「まさか2人になってしまうとは!」とウィギンスもビックリしたように、最終的にはウィゴ&フルーミーだけが残された。

ゴール前2.5km、2人とバルベルデのタイム差はついに1分を切る。バルベルデの復活勝利に黄信号が点滅し始めたように思われた。ただし、むしろ激しく点滅したのはウィギンスの黄色だった!フルームが刻む高速リズムに、まるでついていけなくなってしまったのだ。フルームは何度も前に行き過ぎては、後ろを振り返り、脚を止め、リーダーを待った。まるで子守り役のように見えた。

「あのとき、ボクは、ついにツールの総合優勝を手に入れたぞ!、と考えていたんだ。喜びの気持ちが胸に湧き上がってきて、集中力を欠いていたんだよ」

ウィギンスは言い訳したが、そのせいで2人の歩みが減速したことは間違いない。バルベルデにとっては幸いなことであった!おかげでギリギリ19秒差で追走をかわし、キャリア通算4回目、復帰後1回目のツールステージ優勝を手に入れたのだから。一方で2位ゴールを果たし、ニーバリとの総合タイム差を18秒→36秒に開いたフルームは、ゴール直後に静かにこんなコメントを残した。

「ボクはただ、リーダーの側にいることだけ、自分の仕事をすることだけを考えた。ウィギンスがマイヨ・ジョーヌであり、ボクはそれを守るためにいるからね」

記者たちが「あなたは先に進めたように見えたけど?」「あなたが本当は一番強いんじゃないですか?」と繰りかえし質問を投げかけても、ただ、微笑みながら、上記のようなセリフを繰り返すだけ。しかし純朴で礼儀正しいケニア出身のイギリス人は、この夜、自分の行為が熱い議論を巻き起こしてしまうことをまだ知らなかった。「ツールという真剣勝負を侮辱している」「チーム競技なのだから当然の犠牲的行為だ」「いや、あの行為はそもそも、ウィギンスさえもバカにしているんじゃないか」などと、元選手や有名ジャーナリストたちが激しく意見を戦わせることを。

「ファンタスティックな気分だよ。もう明日は危険なアタックは起こらないだろうから、心配せずに走ることができる。あとはタイムトライアルに向けて、静かに気持ちを整えるだけ」

こう言って嬉しそうな顔を見せたフルームの、顔が曇ってしまうような事態が起こらないとよいのだけれど。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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