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フライングイエローマシーン
掴みかけた栄光は、わずかばかりの欠片を残してその男の手からこぼれ落ちたーー。あの衝撃的な敗戦の記憶を背負い、失った栄光を取り戻す戦いに再び挑む、プリモシュ・ログリッチという一人の男の物語。全6話。
4話:フライングイエローマシーン
真夏を全開で駆け抜け、8月29日のツール開幕地に乗り込んだユンボ・ヴィスマの勢いは、まるで留まるところを知らなかった。
昨年31年ぶりにツールに復活したオルシエール=メルレット。自転車界にその名を轟かせている1級山岳を制したのはログリッチだった。
4日目にプリモシュ・ログリッチが大会初の山頂フィニッシュで自らの優位を示すと、翌5日目にはワウト・ファンアールトが区間制覇。
第5ステージに続き、第7ステージでも区間勝利を手にしたワウト・ファンアールト。
風分断で荒れた7日目には、ログラは問題なく先頭集団で切り抜け、再びワウトが驚異的なスプリントの脚を見せつけた。
この強い風の中で、タデイ・ポガチャルは、1分21秒ものタイムを失う。優勝戦線からの一時脱落。
ところが翌8日目、最終盤のアタックで、あっさり40秒回収を成功させてしまうのだ。「総合首位でもないのに」と揶揄されながらも、ユンボ・ヴィスマが責任を持って戦況制御を務めていたにも関わらず。
レース前に笑顔で会話するポガチャルとログリッチ。スロベニア人の二人は、ライバルであり、良き友でもある。
もしかしたら、前秋ブエルタで見事な協力者となってくれた9歳年下の可愛い後輩に対して、ログラの中に少し甘い想いがあったのかもしれない。
むしろ厳しく警戒していたのはエガン・ベルナルだった。結局イネオス・グレナディアーズのソロリーダーとして乗り込んできた2019年ツール総合覇者は、「ボーナスタイム差」のみで、ピタリと後を追いかけてきていたからだ。
フィニッシュライン手前250mからのスプリント勝負を制したポガチャルがツール初区間勝利「どうやってスプリントを勝ったのか分からない。可能な限り強くペダルを踏み込んだだけ」(ポガチャル)
そして第9ステージの終わり、大会1週目の締めくくりに、ついにログリッチはマイヨ・ジョーヌをその肩に羽織る。できる限りボーナスを収集したいユンボのリーダーを、フィニッシュラインで蹴散らしたのは、ポガチャルだった。
ひとたび黄色い衣を手に入れてからは、ユンボの威力はますます拡大した。
マイヨ・ジョーヌを纏ったログリッチを黄色い護衛隊が囲む。プロトン内の勢力争いで優位に立つイエローマシン。
数年前のチーム・スカイ列車が「自動制御装置」などと恐れられたのだとしたら、イエロー隊列はまるで意思を持ったひとつの有機体。チームのゼネラルマネージャーは、オランダの英雄ヨハン・クライフとサッカーオランダ代表を例にあげながら、「体現するのはトータルサイクリング。我々をイエローマシーンと呼んでくれたまえ」と高らかに宣言さえした。
大会史上初の無観客山頂フィニッシュを制してたポガチャルが2020年大会2つ目の区間勝利をもぎ取った。僅差で敗れたログリッチ「ギフト?いやいや、違うよ。彼の方が強かっただけ」
13日目を境に、背中に爆弾を抱えたベルナルは減速し、第16ステージを最後に大会を離れた。一方のポガチャルは、その13日目に総合2位へと軽やかにジャンプアップした。15日目にはユンボの5人隊列をたったひとりで打ち破り、2つ目の区間勝利をさらい取った。
無料動画
ツール・ド・フランス 2020 第15ステージ ハイライト
大会終盤も高いチーム力を発揮したイエロー隊列。セップ・クスに導かれたログリッチはライバルたちを蹴落とし、総合優勝へと確実に、一歩ずつ近づいているように誰もが思っていたはずだったが...
しかし17日目、大会最高標高地点へと向かう恐ろしい山道で、山岳隊長セップ・クスの見事な働きに最後まで支えられたログラに対して……孤独なポガチャルは力尽きた。総合差は57秒。翌日すかさず反撃を試みるも、エース役から献身的なアシスト役に転身したトム・デュムランや、超級山岳すら軽々超えたファンアールトにガッチリと支えられた国の先輩に、軽くいなされた。
「難しいステージが連日続いたけれど、チームが一丸となって凄まじい仕事をしてくれた。全てが上手く行ったし、僕も脚の調子はすごく良かった。つまり、僕にとっては、またしても良い1日だったというわけ」(ログリッチ)
ーーー続く。(4/6)
文:宮本あさか
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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