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大谷翔平
大谷か?ゲレーロ・ジュニアか?ア・リーグのMVP論争がヒートアップしているが、そもそもこのアワードにはどんな選手が相応しいのか、私見を述べたい。
今季の同リーグのMVPはだれがなるべきか?シーズンの2/3を消化した時点までは圧倒的にエンジェルスの大谷翔平を推す声が大きかったが、その後やや雲行きが変わった。8月以降、打者大谷が打率.208、本塁打8本(9月21日現在、以下同様)と失速しているのに対し、ブルージェイズのブラディミール・ゲレーロ・ジュニアは同期間で打率.309&13発とペースを上げたからだ。彼は46本塁打でロイヤルズのサルバドール・ペレスと並びリーグトップ。大谷は21日のアストロズ戦で10試合ぶりの45号を放ったが、彼らの後塵を拝し第3位。エンジェルス、ブルージェイズともまだ11試合残しているので予断を許さないが、前半飛ばしに飛ばし、後半はやや疲れの見えた大谷に対し、後半一気に追い上げたゲレーロ、という図式になっている。
また、両選手とも歴史的な金字塔を打ち立てる可能性が語られてきた。言うまでもなく大谷の場合は、1918年のベーブ・ルース以来となる10勝&10本塁打(達成できれば彼の場合は10勝&40本塁打だが)、ゲレーロ・ジュニアは史上のべ18人目(MLBが「メジャー・リーグ」と認定したかつてのニグロ・リーグでは10度達成されているが、ここでは除外する)の三冠王なるか?だった。
大谷の場合、現地19日のアスレチックス戦での8回2失点の熱投が10勝目に繋がらなかったのは残念だったが、今季の先発登板はスケジュール的にはあと2度可能だ。可能性は十分あるだろう。
ゲレーロ・ジュニアは現在打率が1位で本塁打が1位を分け合っているが、打点では本塁打数で並ぶペレスに10点差を付けられている。残り試合を考えると、それこそ1試合5打点というような荒稼ぎ(その場合、本塁打もマルチだろう)が複数回ない限りかなり苦しいだろう。
この2人、いずれも歴史的なパフォーマンスとなるのは間違いないが、仮に大谷は10勝目と本塁打王のタイトルの両方を、ゲレーロは三冠王を逃したと仮定して比較すると、本塁打王を争う一方でエースとしてシーズンをほぼ全う(規定投球回数には達しないが)するであろう大谷翔平の活躍ぶりの方が、「あわや三冠王」より偉業性が高いと思う。
MVPの投票においては、ポストシーズンに進出した球団に属しており、昔で言えば打撃3部門のうちのタイトルを獲得、またはそれに類する活躍を見せた者、近年ではWARの数値がトップクラスである選手が選出される傾向にある。そして、なぜか投手は除外されることが多い。投手にはサイ・ヤング賞があるからだ、とする意見をよく耳にするが、サイ・ヤング賞の場合はチーム成績はほぼ考慮されず、MVPでは重視されているという現実がある以上、この説明は説得力を持たない。要するに、投票権を持つ記者各自の主観的な評価の集積であり、投票で選出するシステムをとっている以上明確な基準はなく、それで良いと思っている。
個人的には近年はWAR(メジャー最低レベルの選出に比べ、どれだけ勝利に貢献したかを示す指標)を重視しすぎだと思う。そんなにWARが大事なら、MVPを廃止し「最高WAR賞」を設立すれば良い。WARは確かに、画期的な指標でこれの発展と普及により、ベースボールの見方は飛躍的に進歩したと思う。しかし、これとて発展途上だ。WARはある公式に則って算出されるのだが、その一部を見直すだけで結果は異なっている。実際、現在独自のWARを算出し公表している「Baseball−Reference」と「fangraphs」で、数値が異なることがそのことを証明している。
ここから私見に入るが、MVPはMost Valuable Player(最も価値ある選手)であるだけではなくMan of the Year(その年を代表する人物、選手)と言える存在でなければならないと思う。
その良い例が2001年に新人王とともに、MVPをさらったイチローだ。その年彼は打率.350で首位打者を獲得し、盗塁王となる56個の盗塁を決めた。加えて「レーザービーム」に象徴される素晴らしい守備も披露した。
しかし、単純にWAR(fangraphs版)だけで比較すれば、その年のイチローは6.0でリーグ5位だった。マリナーズ内でも37本塁打&141打点のブレット・ブーンは7.8とイチローを上回っていたし、リーグ1位は当時アスレチックス所属のジェイソン・ジアンビ(9.2)だった。
しかし、この年のア・リーグにおけるMan of the Yearはだれだったか、というとイチロー以外はあり得なかったと思う。前年オフに最大のスターだったアレックス・ロドリゲスがFAで流出。90年代有数のスター集団だったマリナーズはこれから下降線を辿るかもしれないと見られていた。しかし、フタを開けて見るとア・リーグ記録の116勝を挙げ地区優勝を決めた。その象徴がイチローだった。パワー全盛時代に反旗を翻すような安打製造機ぶりと、平凡な内野ゴロすらドラマにしてしまう卓越したスピードでアメリカのファンを魅了した。公式戦では圧倒的な強さを見せたマリナーズは、ワールドシリーズには進めなかったがこの年のメジャーを代表する球団で、そも象徴はイチローだった。
そして、2021年。大谷は10勝に到達しないかもしれないし、本塁打王を逃すかもしれない。それでも、今年のア・リーグで最も全米のファンのハートを捉え、議論を巻き起こし、画期的なパフォーマンスを見せたのは大谷翔平だと思う。実はWARでも、投打で稼ぐ大谷は合計7.3で、売って守る「だけ」のゲレーロ・ジュニア(6.8)を上回っているのだが、数値よりももっとエモーショナルな観点で、大谷が相応しいと思う。フラットな視点で半世紀メジャーを見守ってきたぼくとしては、正直なところ日本メディアの連日の大谷賛歌、絶賛報道にはやや辟易としているのだが、エンジェルスの低迷やゲレーロ・ジュニアも大活躍をもってしても、2021年ア・リーグのMan of the Yearは大谷翔平しかないと思うのだ。
文:豊浦彰太郎
豊浦 彰太郎
1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke’m Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:[email protected]
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