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開幕を3日後に控えたバンテリンドーム。チーム練習を見つめる与田監督からネット越しに話しかけられた。
「久しぶりだな。元気か?」
開幕に向けたチームの話か、監督自身の話か、もしくは世間話か。マスクをしたまま想像しながら少し歩み寄った。足元に視線を落とす与田監督の口から出た言葉は「ショックでな…」だった。
3月21日バンテリンドーム日本ハム戦。オープン戦最後の試合で悲劇は起きた。開幕1軍を確実にしていた木下雄介が投球後、マウンド付近でしゃがみこんだ。右腕を押さえ苦痛に顔をゆがめた。素人が見てもただ事でないのは分かった。ストレッチャーで運び出され病院へ直行。右肩脱臼だった。
与田監督は続けた。「なんでなんだ。俺の肩ならいくらでも外してくれよ。なんで雄介なんだ…」。野球の神様に語りかけているようにも見えた。
「大けがを防いでやれなかった。申し訳ない。チームとして復帰に向けて全力でサポートしていきます」と話した。
投手にとって肩の脱臼は深刻な症状だ。復帰は簡単な話ではない。それは投手ならば聞かなくても分かっている。現実に打ちひしがれているであろうと安易に想像できる。
僕は木下雄介にかける言葉が見つからなかったが、恐る恐るスマホの文字を打った。脱臼からわずか4日後、木下雄介からは信じられない言葉が返ってきた。
慣れない左手で食事をする木下雄介(本人提供)
※木下雄介LINE原文まま
「メンタル全然大丈夫です!人間どん底に落ちた時にありえへんくらいのパワーを発揮すると思うんで。見ててください!」
正直驚いた。なぜ、そのメンタルになれるのか。それは木下雄介の野球人生が物語っている。
駒沢大学1年生の時、木下は肘を痛めた。大学を中退。続行は不可能と判断し野球を辞めた。空白の3年、木下はアルバイトの日々だった。その後、不動産会社に就職し、会社員の日々を過ごした。
たまに友人に呼ばれる草野球でボールを投げる程度。野球熱は冷めていた。木下自身もそう思っていたが同時にくすぶってもいたのだ。心の奥に閉じ込めていた思い。
「野球がしたい」
その思いを確かな物にした事が起きた。2013年、プロ野球では楽天の田中将大が無敗の24連勝をマークした。木下雄介は「スゲーやって思いました。こんな事できる人がいるんだって。この世界に行きたい」。
木下は再び野球に向き合った。当時、アイランドリーグの徳島に在籍した(現巨人)増田大輝の勧めもあり、徳島インディゴソックスに入団。そこからプロ野球育成契約から支配下登録まで一気に駆け上がった。
3月21日の出来事を木下雄介は振り返る。「やってしまった瞬間は腕がどうなったのかわからなくて、何かが切れたのか、よくわからない。ただただ激痛でした。人生で一番の痛みだったと思います」。
「やってしまった!って痛みと同時に、不思議と申し訳ないって思ったんです。大した実績もないんですが、ここまで使ってもらってたし、ライデルが開幕間に合わないって状況で俺にとってチャンスだし、絶対つかむって思いでしたから…」。
器具で固定した右肩を見つめながら木下雄介は、「今、自分でも前向きになっているのか、分からないんです」。
「でも、僕には野球をやっていない3年があって、野球エリートの人ならば落ち込むと思うんですが、そんな人たちに比べると僕はすでにどん底を経験している。だから不安ですけどね、下向いてもしょうがないかなって思うんです。」
「復帰できるのか、それがいつなのか、まだイメージはできません。でも、いつの日か、そんな事もありましたね!って笑い飛ばしてやりますよ!」。
現在、木下雄介は、ドクター、トレーナーと話し合い治療プランを模索している。もう一度あのマウンドへ、木下雄介は不死鳥のように舞い戻る日を信じている。そして笑顔で言ってくれるはずだ。
「そんな事もありましたね!」
与田監督の言葉は真意だと思う。「やっぱり必死になってきた選手に活躍してもらいたいじゃないですか」 。木下雄介はここまで必死に野球人生を駆け上がってきた。
ドラゴンズは2021シーズンの開幕を迎えた。開幕1軍に登録されたメンバーはそれぞれの思いを胸に戦う。同時に竜戦士達はその場所に立てなかった仲間への思いも決して忘れない。
文:森貴俊(東海ラジオ)
森 貴俊
1976年愛知県出身。東海ラジオ放送スポーツアナウンサー。ドラゴンズ戦中心のガッツナイターをはじめJリーグ、マラソン等スポーツ実況を担当。原点回帰を胸に、再び強き竜の到来を熱望する43歳。日々体力の衰えを感じるがドラゴンズへの喜怒哀楽は衰え知らず。今年もマイクの前で本気で泣いて怒って笑います!
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