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5月4日(金曜日)、セントルイスでのカブス戦取材。カラッと晴れたシカゴから湿気のあるセントルイスに移動して、思わず『あっつ(暑い)』と独り言ちる。
ダルビッシュ有投手の取材現場で―何となく―決まっている登板前のメディア対応日は、登板の2日前である。今回は8日(火曜日)のマーリンズ戦に登板予定だったため、6日(日曜日)がその日だ。つまり、4日は対応のない日なのだが、イチローが今季は試合に出場せず、会長付き特別補佐としてチームに残ることを表明したのがカブスのオフ日だったため、ダルビッシュの反応が取れなかった。だから、本来は対応のない日でも「ダメもと」でお願いする。
実はこういう時、快く対応してくれるのがダルビッシュだ。それは彼がイチローに限らず、球界の先輩に対して敬意を払っているからだと思うが、それを素直な言葉に乗せてくれるので、取材者としては非常に有り難い。
「もちろんビックリはしましたけど、まだ引退ではないということなので。…昨日メールしまして、その時も僕が『イチローさんなら絶対トレーニングされているんでしょうね』みたいなこと言ったら、『トレーニングしてたよ』ってなことを言ってらっしゃいました」
イチロー自身がそうであるように、彼の中にも「引退」という言葉はないようだった。
「僕が小さい頃からのスーパースターですから、それは他の選手と違う。対戦するのも、お会いするだけでもいつも楽しみにしていた。来年以降もまた、そういう機会が来ると思うので、その時まで自分もしっかり(野球)上手になれるように頑張っていきたい」
その夜の試合では元巨人でカージナルスのマイルズ・マイコラスが好投。7回7安打無失点とカブス打線を抑え込み、開幕からの無傷の連勝記録を4に伸ばし、思わず『マジかいや?』と独り言ちる。
「気持ちの面で落ち着いて、試合を重ねるごとに自分の投球がし易くなっているのは確かだね。良い球さえ投げれば、良いことが起こると思って投げている」
と巨人時代より厳ついひげ面になったマイコラスは笑う。彼がダルビッシュと談笑したのは翌5日(土曜日)の練習前。ともに元レンジャーズの2人は、身振り手振りを交えて野球談議。ダルビッシュ曰く「元から良い球は投げていたけど、試合になるとなぜかうまくいかなかった。日本に行ってからそういうことを学んだみたいなことを言ってましたね」。
日曜日は各チームにとっても移動日になることが多いため、普通はデーゲームになる。ところが6日は、スポーツ専門のケーブルTV局ESPNの「Sunday Night Baseball」=日曜夜のナイター中継があるお陰で、7時5分開始のナイトゲーム。4日(金曜日)のシリーズ初戦から夜、昼、夜とおかしなスケージュールに、シカゴの番記者の一人が「ES-F●▽kin’ -PNのせいだ」と怒っている。思わず『そないに怒らんでも』と独り言ちる。
ダルビッシュがブッシュ・スタジアムの外野に姿を現したのは午後3時頃。登板間2度目の投球練習が終わると、今度はフェンスのクッションに向かって一人で淡々と「壁あて」をする。何だか体が重そうだ。
「明後日、投げられるかどうか、分からないですよ。測ったら熱はなかったけど、昨夜も食事している時なんかボーッとしてたし、咳も出る」
ダルビッシュはとても実直な人なのではないかと思う。ツイッターやブログなどで自ら発信することも多いが、既存のメディアを通じて、その向こう側にいる読者やファンをしっかり意識した情報を届けようとする。良いことだけではなく、悪いことも可能な限り言葉にしてしまうので、時にはこちらが「書いてもいいのか?」と確認しなければならないほどだ。風邪に似たような症状で体調が優れないことも、とりあえずは「オフレコ」に。浮かない表情が少し明るくなったのは、清宮幸太郎が米国時間の午前中、デビュー戦から5試合連続安打を記録したことについて尋ねた時だった。
「こういう風に若い選手がどんどん出てくることで世代交代が進んでいくし、歴史が繋がれていく。18歳であれだけ打ってるわけですからすごいと思う。しかもあれだけ周りに注目されて、その上でやってるわけですから」
過去に田中将大や大谷翔平、昨オフは阪神の藤浪晋太郎に声をかけてトレーニングしてきた。「いつか清宮とも?」と問いかけてみると、彼はこう答えた。
「いやいやいや、彼はもう体が出来上がってると思うし、強そうだし、でも柔らかそうだし。(古巣の)日本ハムには本当に優秀なトレーナーさんがいっぱいいるので、そこでできれば充分じゃないかなと思う」
その日の試合は2度に渡って雨で中断した上に延長戦となった。延長14回表にカブスがバイエズのソロ本塁打で勝ち越して連敗を4で止めたかと思ったその裏、カージナルスがファウラーの逆転サヨナラ2点本塁打で5連敗を喫した。試合時間4時間46分。その内の59分が中断の時間で、全米中継がなければ中止になっていた可能性もあったため、再び記者席から「ES-F●▽kin’ -PN」という怒声が聞こえる。思わず『ホンマやね』と独り言ちる。
ダルビッシュが故障者リスト(DL)入りしたのは7日(月曜日)のことだった。練習終わりに「(体調は)変わってないです」と言い残してロッカーに引き上げたが、発表されたのは日米のメディアが記者席に戻ってからのこと。試合ではマーリンズの田沢純一投手が1回1安打2三振と好投するものの、カブスが14対2と大勝して連敗を脱出した。
翌8日(火曜日)の先発は、DL入りしたダルビッシュの代役に23歳の曽(ツェン)仁和投手が抜擢された。招待選手だったキャンプ中はダルビッシュのキャッチボール相手で日本のメディアにも何回か登場している。マーリンズには同じ台湾出身で元中日のウェイン・チェン投手(日本メディアでは当時の登録名のままで「陳偉殷」とは表記されない)がいて、「優しい性格なんで、緊張しているんじゃないかな」と日本語で心配する。それは的中し、曽が初回から長短4安打を浴びて3失点。二回でマウンドを降りた。
「そんなに緊張はしなかったし、楽しめましたよ」と曽はきれいな英語で話した。
この試合のハイライトはマーリンズが3対2とリードした四回表、ブリンソンの右前打で二塁から本塁を狙ったディートリッチが右翼手からの好返球を受けて待ち受けるカラティニ捕手を突き飛ばした際に起きた「乱闘もどき」だ。何事か言い合っていた両選手は早々に冷静さを取り戻したが、本塁付近でまだ両チームの選手が群がっている。よく見るとカブスの主砲ブライアントが元カブスでマーリンズのカストロの脇腹をくすぐっていた。このシーンは夜のスポーツニュースでも「微笑ましい風景」として取り上げられた。
そのカストロだが、9日(水曜日)のシリーズ最終戦に田沢が登板した際、残念なプレーがあった。1対9の四回、カブスの先頭打者は1番アルモラ。マーリンズはこのシリーズの最中ずっとそうであったように、右打者に対して二塁手が二塁ベースのすぐ後ろまで移動する守備シフトを敷いていた。アルモラの当たりは二塁の定位置付近へ。遊撃手寄りに守っていたカストロが追いつくかなと思ったが、やけに簡単にあきらめた。一、二塁間を大きく空ける昨今流行りの極端な守備シフトの「逆を突かれた?」。それは違う。カブスならバイエズの広い守備範囲で対応できる打球方向だ。おまけに二死後のリゾの右翼線二塁打を、右翼に入ったアンダーソンが中継に入った二塁手に投げ損ない、一塁走者のアルモラが悠々とホームを駆け抜けた。
中継プレーに入った内野手への外野手の送球が乱れることは珍しいことではない。問題なのは一塁走者のアルモラが迷うことなく本塁を目指していたことだ。つまり、本来は三塁手で外野守備が拙いアンダーソン外野手の返球能力と、中継プレーに入るカストロの緩慢な動きがカブスのスカウティング・リポートで丸裸にされていたいうことだ。アンダーソンや「乱闘もどき」の原因となった左翼のディートリッチ外野手はともに内野出身なのである程度のミスは仕方ない。だが、連係プレーは内野手だってお馴染みのプレーだ。
断言してもいいが、カブスだけではなく、アストロズやダイヤモンドバックス、カージナルスといった「強いチーム」はそういう練習を必ずシリーズ初戦にやって、敵地で戦う不利を解消しようと努める。マーリンズの番記者じゃないので、他の場所でどう対処しているのかは知らないが、マーリンズが連係プレーやクッションボールの練習をした記憶がない。そう言えばその前のミルウォーキー遠征でも彼らはやらなかった。きちんと練習しているのは無意味に敵のチームより早い時間に練習を終えてしまう投手陣だけ(それもどうかと思う)で、野手がやることと言えば、打撃練習中にやる「打球に慣れるため」の簡単なノックだけだった。
ナ・リーグ本塁打王スタントンを筆頭とする主力選手を大量放出して再建モードに入っているとは言え、起こるべくして起こったミス=記録に残らないエラーを続けざまに見るのはとても残念だ。その責任がマッティングリー監督にあるのか、それともほかの首脳陣にあるのかは分からないが、ヤンキース史上に残る遊撃手であるデレク・ジーターが最高経営責任者(CEO)をやってるだけに、誰も気が付かないのが不思議でしょうがない。
ちなみに同郷の曽を心配していたチェンは、カブスの主砲コンビ「Bryzzo」ことブライアントとリゾに一発を献上し、下位打線のラッセルにも今季初本塁打を許すなどして3回7安打9失点と大炎上。試合後は「すべての責任は自分にある」と肩を落としたが、実は彼の登板中にも外野守備の記録に残らないエラーがあり、思わず『ありえへん』と独り言ちてしまうシリーズ最終戦になった。
ナガオ勝司
1965年京都生まれ。東京、長野、アメリカ合衆国アイオワ州、ロードアイランド州を経て、2005年よりイリノイ州に在住。訳書に米球界ステロイド暴露本「禁断の肉体改造」(ホゼ・カンセコ著 ベースボールマガジン社刊)がある。「BBWAA(全米野球記者協会)」会員
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