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バドミントン日本代表の嘉村健士、料理もファンの目に触れて成長
細かい工夫で味を出すのは、ネット前のプレーだけではなかった。バドミントン日本代表、男子ダブルスで東京五輪のメダルを目指す「ソノ・カム」ペアの前衛、嘉村健士(トナミ運輸)のインスタグラムには、毎日のように華麗な料理の写真が並んでいた。2020年を迎えてから、肺炎などを引き起こす新型コロナウイルスが世界的にまん延し、スポーツ界も東京五輪の1年延期を筆頭に大きな影響を受けている。バドミントン界も3月の全英オープン後にワールドツアーが中断。選手は活動の自粛、制限を長く強いられている。思うような練習ができない中、嘉村は自炊に挑戦したり、SNSを通じてファンと交流したりと新たな刺激を受けるのに積極的だった。自粛期間をどのように過ごし、何を感じたのか。練習再開から目指す、東京五輪への意気込みなどについて、話を聞いた。
――3月の全英オープンから帰国後、国内は自粛ムードが強まっていましたが、どのように過ごしていましたか
練習や遠征が多い日常では、こんなに多く自由な時間を取ることができないので、自分を見つめ直す期間にしようと思って、最近1~2年の試合の映像をよく見ていました。特に、直近の試合と、調子が良かった時期の試合を比べると、いくつか「もう少し、以前のようにした方が良いな」と思えるところがあって、メモを取りながら見ていました。
――トレーニングは?
ラケットの感覚は忘れたくなかったので、一応、ラケットは毎日握っていましたけど、それでも軽く振ってみる程度で、自粛要請期間中は、ほとんどできませんでした。部屋ではたいしたことはできないので、腹筋、背筋、腕立て伏せ、スクワットといった簡単な筋力トレーニングをしたくらいです。
――自粛期間中は、インスタグラムに料理の写真を多く掲載されていましたね
この期間に栄養を考えながら自炊をできたのは、良かったですね。(バドミントン日本代表の活動が東京を中心とした国内合宿と海外遠征で年間250日以上と多いため)普段は、自宅に戻っても2、3日程度しかいないことが多かったので、自炊はまったくしていませんでした。自粛期間中は、外食をするだけでも感染のリスクを負うことになると考えて、自炊をすることにしたのですが、練習もなく、やることがないと感じていたので、本格的にやってみようと思いました。チームでも自炊をする選手が増えて、買い出し中のスーパーマーケットで仲間に会うというのは、新鮮でした(笑)。
――テレビ番組(「実況!台所のアスリート」はJ SPORTSオンデマンドで無料配信中)では、ペペロンチーノを作ったそうですが、どんなこだわりが?
自炊を始めようと思って最初に作ったのが、ペペロンチーノでしたし、自分のSNSでも紹介していなかったので、これにしようと思いました。レシピ自体は、シンプルなので変わった工夫というのはありませんが、パスタを茹でる時間は、表示されている目安よりも短くしています。茹でた後に乳化させて自分の好きな味に調えるのですが(ソースとなるオイルに茹で汁を加え、水と油が均一に混ざり合う乳化状態にすることで、風味が引き立ち、まろやかな口当たりになる)、その間に少し時間が経って麺が柔らかくなりがちなので、より歯応えが残るアルデンテの状態にするために、ゆで時間は短めにしています。
――嘉村選手は、以前からインスタグラムにラーメンの写真をたくさん載せていますし、やはり麺の硬さにはこだわりがあるのですね。
そうですね。本当は、番組でラーメンを作るところを見せるというのが本望だったのですが、部屋でやるのは無理だなと思ってやめました(笑)。やっぱり、作るのであれば、豚骨スープの出汁を取るところからこだわってやりたいですから。でも、いつか作ってみたいという気持ちはあります。
――アスリートは、やり始めると、こだわるタイプが多いような気がします
やっていくうちに、部屋にある調味料の種類は、明らかに増えましたね。最初は、塩・胡椒とか醤油があればいいと思っていたのですが、料理酒とかみりんも買いました。レトルトでは面白くないので、麻婆豆腐を作ったときには、豆板醤とかも買いました。いろんな調味料が必要なんだなと知りましたし、同時に、それが面白いなとも思いました。味付けだけではなくて、料理酒は、臭みを取るのにも使うし、肉などを柔らかくするためにも使うし、使い方もいろいろあって面白いですね。
――料理をやってみても続かない人もいます。どんなところに楽しみを感じましたか
レシピは見ますが、調味料は計らずに、目分量にしています。同じ料理を作るときに、まったく同じでは面白くないなと思うからです。目分量にしておくと、自分の中で「次はこうしよう」と工夫の余地が生まれますね。だから、最初は、他人に食べさせられないというか、自分だけでしか食べられないような料理ばかりでしたね(笑)。あとは、今まで部屋で魚を料理することは、なかったのですが、鮭のホイル焼きなんかは、美味しいのにすごく簡単だなとか、少し料理のイメージが変わったところもありました。
――料理をするようになって、変わったことは?
元々、食事ではバランスよく栄養を取ることを心がけているのですが、毎食、自分で用意するようになって、だいたい同じ時間に料理を作り始めるからなのか、今までより朝が気持ちよく起きられるようになって、生活のリズムが良くなりました。目覚ましをかけなくても、7時くらいには起きるという感じが続いています。あとは、料理の色合いを気にするようになりましたね。SNSにアップロードするために写真を撮ると、盛り付けとか見栄えが気になります。ペペロンチーノにパセリを添えようなんて、普段は考えないですからね。そう言えば、一度、クリームパスタを作ったときは、クリームが少なくて、写真を撮ったら、麺しか写らずに何のパスタか分からず、これは載せられないなと思いました(笑)。
――バドミントンだけでなく、料理も「ファンに見てもらう」ことで進化していったのですね
そうですね。実際、最初は料理をしたから載せようというだけの気持ちだったのですが、やっていくうちに、少しでも美味しく見えるようにと、写真の撮り方も考えるようになりました。先日、宅配業者のところに荷物を取りに行ったら「嘉村君、料理、上手くなったね。最初は、どうなることかと思って(インスタグラムを)見ていたんだけど、美味しそうにできているじゃん」と言われました(笑)。だから、まあ、ちょっとずつ他人に見てもらえるようなレベルにはなってきているのかなと思っているのですが、どうですかね。5月下旬から練習を再開して、少しずつトレーニングが忙しくはなってきていますけど、料理に慣れて簡単に作ることができるようになってきたので、今後もできる範囲で自炊は続けていこうかなと思っています。
――SNSなどを通じてファンと直接交流する機会が増えて、感じるところもあったのでは?
たくさんの人に応援してもらっているなと、あらためて感じました。インスタライブなども、最初は「これが誰かのためになるのか? 誰も見てくれないんじゃないか。そうだったら恥ずかしいな」と思いながらやっていましたが、見て下さった方たちが「今は楽しみがないので、こういうのを見るのが楽しみです、元気が出ます」と言ってくれて、それによって僕も元気になることができましたし、それならもっとやろうと思うようになりました。少しでも身近に感じてもらって応援される選手になりたいと思っているので、楽しく交流できたかなと思います。
――選手同士が互いの発信に反応するなど、選手間の仲の良さも感じましたし、刺激を受けて新しく始める選手も増えて、バドミントン選手の自己発信がすごく増えたようにも感じました
SNSは、たくさんの人に見てもらえる場で、多くの人に競技や選手のことを知ってもらえる機会になるので、後輩たちもうまく活用していけたらいいんじゃないかと思います。その中で、色々な人から応援されていることを感じて、練習や試合の刺激にできれば、プラスになると思います。
――ここまで、料理を中心に自粛期間の話を聞いてきましたが、競技活動の再開についても教えて下さい。日本代表が参加する国際大会は9月になる予定です。どのような気持ちで臨みたいですか
まず、練習が再開して、やっぱりバドミントンは楽しいなと感じています。(まだ世界的には落ち着いていない国もある)この状況で本当に国際大会が行われるかどうかが、まず微妙だなと感じてはいますが、大会が始まったときに、準備ができていなかったというのが一番、嫌なので、公表されているスケジュールで動けるように、心と体の準備をしていこうと思っています。
――東京五輪の1年延期や、中断されている五輪レースが21年からの再開になった点については?
五輪レースが全部やり直しになることはないと思っていたので、21年からのレース再開というのは、想定内でした。ただ、20年のシーズンをこれから戦った後に、年が明けたら急に五輪レースに戻ることになるので、気持ちの切り替えが大変だなと感じるので、その辺も準備をしておきたいと思います。五輪が1年延期するというのは、気持ち的にすごく厳しいものがあります。この夏に向けて高めてきたものをずっと続けようとすると、無理が出て、ケガのリスクが高まったり、メンタルが落ち込んだりもすると思います。一つひとつの結果で気持ちの浮き沈みがあるとメンタル面で大変ですし、パートナーと話し合うところは大事にしながらも、まずは、一つひとつの試合に楽しく向き合っていければ良いかなと思います。
――各選手、五輪レースのポイント獲得状況が異なるので、再開する五輪レースに調子を合わせる選手、余裕があって来夏に調子を合わせる選手といった具合に、異なるピーキングになりそうだと感じていますが、どんなビジョンを持っていますか
来夏の東京五輪にピークを合わせるのが理想的ですけど、僕らはまだ五輪出場が確定的と言えるポイントを取っていなくて、先ばかりを見て五輪に出られないという形になる可能性も考えられるので、来年3月以降にレースが再開する時点で、いつでも五輪を戦えるくらいの状態に持って行って、そのまま調子を継続させて夏を迎えられれば良いと考えています。
――最後に、21年に延期された東京五輪への思いを聞かせて下さい
東京五輪という大きな目標はありますけど、自分たちは、コートに立ったら、見てくれる人に「おおっ、頑張っているじゃないか」と思ってもらえるように、目の前の試合に対して全力でやるだけです。1年延期になって大変な部分もありますけど、もうやりたくないという気持ちになったり、バドミントンを嫌いになったりすることはありませんでした。来年は31歳になりますけど、年齢を重ねることによる変化は感じていないので、不安もありません。この期間で人間的に成長できた部分もあると思っていますし、1日1日を大事にして、自分たちらしさを全面的に出して、思い切り、最後のバドミントン人生を楽しんでいきたいです。
文:平野 貴也
平野 貴也
1979年生まれ。東京都出身。
スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集・記者を経て、2009年に独立。サッカーをメーンに各競技を取材している。取材現場でよく雨が降ることは内緒。
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