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札幌の大観衆が湧いた小林陵侑の活躍
母国大会で大活躍を果たした小林陵侑
そこに大きな秘密があった。
満を持して3年ぶりに開催された札幌W杯。金・土・日の3連戦ともなれば、上位進出を狙いまた個人総合優勝へのポイントを稼ごうとする強豪選手たちは、札幌大会に出場しなければならない。そしてヨーロッパ選手はことごとくジェットラグの餌食になる。そういう余禄まで用意されている実に深みある大会だった。そして逆に、長期遠征と移動が続く日本選手にとっては久しぶりのチャンスタイムとなった。
快晴となった大倉山最終日の観衆は公式発表で3,200人。かぶりつきのエキサイティングゾーンは土・日に完売となった。フォトコーディネーターを務めた私がいるサッツ下(踏み切り直後の五輪マーク)からも、ファンの皆さんが明るくはしゃぐ微笑ましい姿が良く見えた。日本のみならずドイツ、オーストリア、ポーランド、スロベニアなど贔屓選手の国旗を振りかざして大声援を送る姿は、札幌と北海道のジャンプファンはさすが目が肥えていると改めて感じた次第だ。
心をときめかせながらも、我らがエース小林陵侑は地元札幌で3連勝するべきだと書き連ねていたが、大会が近づくに連れてドキドキ感が強まった。しかし、いたってクールにコントロールされたトレーニングをしているとの様子が伺え、これであればやってくれるだろうという確信に変わった。結果、札幌大会では優勝2回と3位1回。たいしたものだ、これが小林陵侑選手の真骨頂だ!大勢の観衆は熱狂にまみれた。
満を持して繰り出された日本のスーツマジック
小林陵侑
では、ここに何があったかというとスーツの秘密である。あまり細部にわたり書いてしまうわけにはいかないが(もっと勝ってもらうために)、技術力ある日本のスーツが勝因で大きな割合を占めているといえる。何度も当コラムで書いてはいたが、日本のスーツは世界一の縫製力とアレンジ能力に長けている。今季序盤は上手くいかない状況が続いていたが、最新型のスーツを札幌W杯で投入して大成功を収めた。それをひた隠しにして札幌にぶつけてくる、その演出力にはたいそう心が踊らされた。
H.グラネル(NOR)
表彰台の3選手が揃う試合後のFIS公式記者会見で、2位となったグラネル(NOR)に対して、下の120m付近からの浮き上りについて、なにか秘策を持っているのだろうか?と質問した。
「スピードが出ているから、そのまま最後に伸びていくんだよ」
これをどう解釈するのか、それを考えるとボルテージが上がってしまった。すなわちスーツのどこかにエアがたまる。そこに新規スーツのマジックがあるのだと認識させられた。優しくヒントをくれたグラネルさんありがとう、どうぞこの先ひたむきにクリスタルトロフィーを狙っていただきたいものだ
要するに60m前後でジャンプ写真を撮影して、すぐに選手の背中を追うとわかるのだが、ジャンプ後半にちょうどお尻の上部分が空中でぷっくりと膨らんでいることがあからさまになった。いわゆるカッティングは強豪国によって違いはあるが、一律に、エアは首の後ろから入ってくる。それが背筋から尻上に溜まり最後に腰が浮かび上がる構造だ。これらは以前から目にしていたが、今季におけるゆとりあるスーツサイズのおかげで、より明確に作られているのだ。それがわかりやすいのがクバツキ(POL)でもあった。
D.クバツキ(POL)
であるから、ジャンプ週間からグラネルの後半の長い浮きと右曲がりのクセが顕著に見られ、優勝を確実に手に入れていたのである。
このような状況下で小林陵侑選手は、少しも慌てず騒がず、静かに状況を分析してスーツ担当者とミーティングを重ねていた。そして素晴らしい札幌3連戦対応となるルール内の最新ジャパンモデルを作り上げ、ザコパネ大会をスキップ(欠場)し、日本へ帰国の路を選択したのだった。さらに国内での約2週間、コンチネンタル杯には出場せず、集中してスーツテストと技術チェックの時間に当てていた。もちろんリフレッシュとしての山籠もりや、“なまらあずましい(こころやすらぐ)”秘湯での瞑想など、じっくりと勝利の方程式を積み上げてもいた。その密かな戦略が大当たりだった。
欧州に戻り、伝統のクルム・バドミッテンドルフ(AUT)のフライング大会では一転、まあまあな順位で仕上げ、進化を続けるスーツの秘密を保持にあたりである。
直球で言えばクラフトを勝たせるためのタウプリッツのフライングヒル大会であったが、もはや札幌2戦目の優勝で華麗なるすすきの寿司パワーはつき果て、まして帰りのジェットラグが彼の身へしたたかに襲い、クラフトに勝たせるための地元の大会では鳴かず飛ばずの様相となった。これも、札幌すすきのマジックだろう。
シーズン終盤戦、そして世界選手権に向けて
小林陵侑
2月5日には、女子選手たちの躍動と好成績が報じられた。
朝方、カナダのバンクーバー五輪シャンツェを使用したジュニア世界選手権の女子団体戦金メダル(中山和・佐藤柚月・一戸くる実・宮嶋林湖)と、夜半になりドイツの名門台ビリンゲンW杯にて伊藤有希が優勝、2位に丸山希、3位高梨沙羅と表彰台を独占したのだ。
これらも、いわばスーツマジックの一環であることは、なんら変わりなく。しかしこうなると世界選手権を前にして、他にもある細部のカッティング技術と製法に関して書くことは許されない。それは価値あるメダルを目指すなら、ごく当然なのである。
またさらにはジュニア世界選手権混合団体で銀メダル。そして英雄小林陵侑がビリンゲンW杯最終試合で2位表彰台に立ち、すべてを祝ったのだから何という素晴らしい日だ。
この先に巨大なラージヒル台、ビリンゲンW杯の後には、改築を終えてユニバーシアードを開催した北米のレイクプラシッドW杯がある。ノスタルジックに見ると当地であの秋元正博さんと八木弘和さんが大活躍した歴史を持つ。その相性も日本選手にすこぶる好ましい。
そしていよいよ迎えるプラニツァ世界選手権(スロベニア)。
小林陵侑選手が緊張しすぎて自滅した形となった19年のゼーフェルト大会から3年あまり。もう緊張すらせずに大らかにジャンプして万全にテレマークを決め、メダル獲得をしてくれるであろう。
じっくりと技術の仕上げにかかる男子と女子の日本チームに注目していこう。
文・岩瀬 孝文
岩瀬 孝文
ノルディックスキージャンプの取材撮影は28年以上、冬季五輪は連続5回、世界選手権は連続12回の現地入り取材。スキー月刊誌編集長を経て、2007札幌世界選手権では組織委員会でメディアフォトコーディネーターを務めた。 シーズンに数度J SPORTS FIS W杯スキージャンプに解説者として登場。『冬はスキー夏は野球』という雪国のアスリートモードにあり、甲子園の高校野球や大学野球をつぶさに現場取材にあたっている。
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