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「ありがとう多英。お疲れ様でした」 里谷多英が今季での引退を表明した。
'98年長野五輪での金メダルは、冬季五輪では日本女子としては初の快挙だった。さらに、'02年ソルトレーク五輪では、2大会連続でメダル(銅)を獲得した。
里谷多英は世界的に見ても稀有なモーグル選手だった。歴代の五輪チャンピオンの中で、W杯未勝利から金メダルを獲得したのは男女通じて彼女だけ。W杯通算2勝という実績は、彼女レベルの選手としては意外なほど少ないし、W杯総合グランプリや世界選手権では勝ったこともなければ、表彰台に上がったこともない。それなのに五輪では、水を得た魚のように輝いた。
「多英は4年に一度、2週間のみ、ものすごい集中力を発揮するんだ」
コーチだったスティーブン・フェアレン(現ロシアコーチ)がよく言っていた。野球で言えば、イチローではなく新庄的な存在なのだろうか!? ここぞという時に魅せる、千両役者だった。常識では測れない、怪物的存在だった。
'02年五輪以降、スピン系エアが女子でも常用され、縦回転のトリックも解禁された。その流れに乗れきれず後期は苦しんだが、ターンやスピードに関しては常に世界トップレベルだった。
ちなみに、現在次期女王候補のジャスティン・デュフォーラポイント(カナダ)は18歳。多英は36歳。寂しい話だが、時代は変わっていくのだ。
話は変わって…。17日のW杯第3戦レイクプラシッド大会は、大変興味深かった。
注目はまず、女王ハンナ・カーニー(アメリカ)のカムバックだ。彼女は昨年10月初旬の合宿中に転倒。肋骨を折り内臓を強打してしまい、第1戦と第2戦を休んでの復帰戦だった。今回はいかに最強女王でもまずは試運転! と思うのが普通だ。
しかし、ハンナは、モーグルを初めて見る人でも分かるほどの圧勝劇。昨季16連勝をした時そのままの強さだった。
痛めた肝臓のダメージを考え2012年内は、ジャンプの練習を医者に止められていたため、練習開始は年明けの1月3日。3カ月ぶりにエアを飛んだにもかかわらず、わずか2週間足らずの練習でライバルたちを寄せ付けなかったわけである。しかもレイクプラシッドのコースは、固くて有名。その中で誰よりも高く飛んだように見えた。その勇気と回復力は、感服する以外にない。彼女もやはり、怪物である。
男子はダブルフルとコーク1080、2つの最高難度のエアトリック、そして7点台(7.5点満点)のタイム点が次々繰り出される、レベルの高いド迫力の戦いになった。
そんな中、昨季総合Vの新王者ミカエル・キングスバリー(カナダ)と'10五輪王者アレックス・ビロドウ(カナダ)の対比は、今後を行方を占う意味の深いものに見えた。
予選はミック(ミカエル)が1位、アレックスが3位。そしてファイナル1(予選上位12名での争い)では、アレックスがダブルフルと巨大なコーク720を繰り出し、タイムも7点台。本人も納得の表情を見せ、完璧な滑りだった。総合得点は26.97点。普段はそうそう出ない高スコアだ。
対するミックは、まるで先輩に挑発するが如く、アレックスと同じエアで勝負する。そして、これまたノーミスで豪快な滑り。判定は、エア点とタイム点でアレックスが上回り、ターン点はミックが上回った。結果、ミックの総合得点は27.04点。
先輩の会心の滑りを、わずか0.07点ではあるが、後輩があっさりと越えてしまった。アレックスのショックは、大きかったはずだ。
続いて行われた、上位6人で滑り最終順位を決めるファイナル2(スーパーファイナル)では、アレックスが暴走。ミックは再び27.05点という、ファイナル1をさらに上回り見事優勝。
わずかなミスが勝負を分ける固く難しいバーンで、プレッシャーをはねのけ、27点台という最高のパフォーマンスを重ねた20歳のテクニックと精神力は、これまた怪物的であり、W杯における支配者の交替を明確にしたようだった。
新王者にとって今回こそ、自信が確信に変わったような戦いになったはずだ。というのも、昨季圧勝したミックだが、五輪王者の先輩は数戦参加したものの、基本的には休養シーズン。今季初のシングル戦は「どっちが強いか?」を推し量る、「キング vs. キング」としての初ガチンコバトルだったと言える。特にファイナル1は、両者とも力を出し切った上の結果だった。
今回の結果を踏まえて、さて、アレックスは「負けた!」とうなだれたのか?それとも「こんちきしょう!」と奮起したのか?その辺は今後のW杯の展開にも繋がる興味深いポイントであり、観る者としては最高に面白い流れと言える。
STEEP
スキー・スノーボードの本質を追いかけるWEBメディア。90年代からフリースタイルスキーを追う編集部による、モーグルW杯の見どころを紹介。サイトでは様々な情報を更新中。https://steep.jp/
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