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ヤンネ・ラハテラ。
フィンランド人の彼は現在、モーグル日本チームのチーフコーチである。選手時代は、五輪で金・銀のメダルを獲得し、W杯では通算22勝をなし遂げた、史上最強と言われた。つまり、日本チームはサッカーにおける、かつてのジーコジャパンのような、伝説の男によって率いられているわけだ。
今回のコラムでは、彼の選手時代を振り返りながら、その”伝説”の一端に触れてみたい。
ヤンネ・ラハテラは1974年2月28日生まれ。
「ヤツは”滑ること”の方が、”歩くこと”よりうまいんだよ」
フィンランドチームの元コーチであるマルコ・ムストネンは、従兄弟でもあるヤンネのことをこう表現した。
そんな天才少年が世界を舞台に活躍し始めたのは16歳の時。世界ユース選手権で優勝し、翌’91季にはW杯に初出場。’92季から世界を転戦しはじめ、ひと桁順位を3度も記録。’92季アルベールビル五輪にも出場(18位)する。’93季には最高位4位と表彰台寸前まで上り詰め、20歳直前の’94季にはリレハンメル五輪で9位に食い込んだ。
ところが、順調にステップアップを果たした10代の彼に、思わぬ落し穴が待っていた。膝靱帯断裂の大ケガが相次いだのである。’95季と’96季は、わずか1戦しかW杯に出場できず、再起も危ぶまれた。
そんなピンチから’97季。ヤンネはW杯シーンに蘇った。
ところが、最高位4位と元の位置まで戻るものの、ジャン-リュック・ブラッサール(カナダ)、トニー・エメリー(フランス)、ジョニー・モズレー(アメリカ)といった3強の影に隠れてしまい、格別に目立たなかった。
そしていよいよブレイクしたのが、’98季の長野五輪。
誰よりも鋭いカービングターンとキレのあるエアを披露し、まだW杯でも表彰台に上っていない"伏兵”が、見事に銀メダルを獲得したのだ。しかも、銅メダルはマルコの弟であるサミ・ムストネン(現フィンランドチームコーチ)。つまり、従兄弟同士で表彰台の2 席を勝ち取ったのだ(金メダルはジョニー・モズレー)。
’99季には念願だったW杯総合優勝を果たし、新たな王者としてW杯に君臨した。さらに世界選手権シングル金、デュアル銀。世界選手権シングルでは、ラウリ・ラッシラ(銀メダル)、サミ・ムストネン(銅メダル)と、フィンランド勢が表彰台を独占する快挙もなし得た。
さらに’00季のヤンネは誰も手がつけられない存在となる。W杯11戦中7勝、表彰台に上らなかったのは1度だけ。この頃の彼は、どんなコースでも強靭な筋力とテクニックでねじ伏せ、神がかり的な力と勢いが宿っていた。
ところが’01季、W杯飯綱高原大会で事態は急変する。デュアル戦準々決勝に勝利したはずのヤンネが、ゴール後に動くことが出来ない。またしても、膝靱帯の断裂だった。’02季のソルトレークシティ五輪では金メダル獲得の大本命と思われていただけに、本人以外のほとんどが五輪の金メダルは消えたと、思っていた。
最悪のタイミングでの怪我から五輪本番までのほぼ1年。ヤンネは血のにじむようなリハビリを自らに課し、そして迎えた五輪イヤーの’02季。
さすがに絶対的王者であった頃の勢いや実力を100%まで取り戻せなかったが、W杯第3戦で優勝と復活の兆しを見せる。そして、五輪本番では、高速スーパーランを見せて、念願の金メダルを獲得したのである。この時も膝には強烈な痛みがあったという。
しかも、この時のヤンネは28歳になる直前。ソルトレーク五輪以外の男子五輪金メダリストはすべて、勢いがあり油が乗り始める21歳か22歳という年齢。28歳の金メダル獲得は年齢的にも異例であり、さらに、大ケガを克服した上での勲章。ひときわ奥深い金メダルであった。
縦回転系OKなどルールが変わり、エアの得意な若い選手も台頭しはじめ、決して若くないヤンネには不利になると思われた’04季。それでも彼は3Dエアを駆使する選手として最初のW杯総合優勝を果たした。この時じつに30歳。30代でW杯総合を制した男子選手は、32年のW杯の歴史でも、いまだこの男だけである。
そして32歳直前でトライした5度目の五輪(トリノ五輪)。過去の実績から金メダル有力候補として戦うも16位に沈み、’06季で現役を退いたのだった。
主な戦績は、’02五輪金、’98五輪銀、’99世界選手権シングル金・デュアル銀、W杯総合優勝3度・デュアル総合優勝1度(当時デュアルは別種目扱い)、W杯通算22勝(歴代2位)。ザッとなぞっても史上最高レベルの結果と言えるはず。
彼は才能に恵まれていたのは確かだが、むしろ怪我との戦いの連続で、遅咲きの王者でもあった。さらに現役の終盤にはモーグル変革の時期を迎えながらも、若手選手を出し抜いた。まさに、努力と精神力が卓越した、『king of kings』だったと言えよう。
現役引退の翌シーズンからは、日本チームのコーチになることを決断した。今季で6年目のシーズンだ。この間、上村愛子という日本初のW杯総合優勝者、世界選手権金メダリストを生みだしている。コーチとしても”世界一”を達成しているのだ。また、今季からは、より王者の経験が活きるよう、ヤンネ中心のコーチング方針が立てられた。一般常識を打ち破り「名選手は名コーチでもあった」と言わしめる、さらなる結果を楽しみにしたい。
さて最後に先日行われたW杯の結果を。
2/2、W杯ディアバレー大会シングルで、ミカエル・キングスバリー(カナダ)が、’05季にジェレミー・ブルーム(アメリカ)が打ち立てた6連勝という記録に並んだ。そして2日後のデュアル戦は決勝戦敗北。新記録達成とは成らなかった。
とはいえ、タイ記録達成を祝福したい。それと共に、記録をストップした選手が興味深いものだ。優勝したセルゲイ・ヴォルコフ(ロシア)が、決して大きくミスはしていないミカエルに競り勝ったのだ。自身W杯初優勝。これは、彼にとって大きな自信になり、彼を見るジャッジの評価も変わるだろう。さらに、3位に入ったのは、兄のアンドレイ・ヴォルコフ。親族プレーヤーとして、かつてのヤンネとサミのようにならないとも限らない。
ちなみに、現在のロシアチームヘッドコーチは、かつて里谷多英を金メダリストに導いたスティーブン・フェアレン。名将の指導の効果が、ここへきて徐々に顕れてきたようだ。
STEEP
スキー・スノーボードの本質を追いかけるWEBメディア。90年代からフリースタイルスキーを追う編集部による、モーグルW杯の見どころを紹介。サイトでは様々な情報を更新中。https://steep.jp/
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