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ラグビー コラム 2026年8月17日

【ハイライト動画あり】ラグビー文化が詰まった試合前の一人ハカ。オールブラックス、シャークスに大勝も、語り継がれる時間に。

ラグビーレポート by 田村一博
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4日前にストーマーズが全力で抵抗したように、ツアー2戦目も好ゲームになるかと期待は膨らんでいた。
しかし、一方的な展開になった。

8月11日に南アフリカの東海岸の美しい街、ダーバンでおこなわれた『Rugby'sGreatestRivalryTour』の第2戦、シャークス×オールブラックスは、黒衣の側が8トライ、54得点を奪って大勝した。

0-54は地元ファンにとっては残念なスコアだ。しかし、ハリウッドベッツ・キングスパークに足を運んだファンにとって忘れられない日となった。

この試合の映像をチェックする人は、キックオフから見始めてはいけない。素敵なストーリーは、その前から始まった。ラグビーのカルチャーを感じられる時間があった。
お馴染みのオールブラックスの試合前の舞い、『ハカ』がおこなわれた後、それを受けたシャークスの23番があらためてリスペクトの気持ちを示した。

ニュージーランド代表として103のテストマッチを戦い、2011年、2015年のワールドカップで優勝した時のメンバー(CTB)だったマーア・ノヌは、7月、シャークスにメンターとして加わっていた。

2025-26シーズンまで仏・トップ14のトゥーロンでプレーした44歳のレジェンドは、若い選手たちの育成をサポートする役目を求められてのチーム加入だったが、南アフリカ代表への招集や怪我人発生のためにメンバー構成の難しくなったお家事情から出場要請を受けてベンチ入りすることになった。

国の威信を背負って100試合超の試合を戦ってきたレジェンドが、愛情と誇りを感じているそのジャージーを着ている者たちと対峙したのだから、気持ちが昂って当然だった。

ノヌは戦いの前夜、オールブラックスのディフェンスコーチを務めているタナ・ウマンガ氏のもとを訪ねたそうだ。自分の中にある敬意を示すためにどう応えるべきなのか、自分もハカを演じようと思っている気持ちを伝えた。
その上でもらった、キックオフ前の時間。特別なハカ、『カパ・オ・パンゴ』をひとりでやりきった。

オールブラックス 南アフリカ遠征 ラグビー グレイテスト・ライバルリー・ツアー 2026(8月11日(現地))

【ハイライト】シャークス vs. ニュージーランド

ノヌを正面から見つめるオールブラックスの選手たち。シャークスの選手たちも、メンターの振る舞い、それを受ける相手の態度を23番の背中越しに見た。
スタンドのファンたちも熱視線を注いでいた。

後半21分からプレーしたノヌは試合後、地元メディアに「自分と家族を代表し、(ハカで)彼らやオールブラックスに応えることが正しいと思いました。とても光栄で名誉なことでした。自分が愛するチームに敬意を示すことができた」と話している。

そんな熱に包まれた中でのキックオフ。20歳のSOヴシ・モヨ、18歳のFBゼケセロ・シヤヤを含む若手中心の構成となったシャークスの試合序盤の攻勢からは、歴史に名を刻もうとする一人ひとりの強い気持ちが伝わってきた。
ハーフタイムを迎えた時、オールブラックスのリードは14点だけだった。

後半に入ってスコアは大きく広がっていくのだが、まったく退屈に感じない。オールブラックスのプレーは、精度の高い基本プレー、正しい判断と忠実なサポートプレー、そして密な連係で成り立っているから勉強になる。
ベンチから出てきて、初めてオールブラックスとしてプレーしたセミシ・トゥポウ・タエイロアの強烈なパンチ力も見てほしい。

シャークスからは、南アフリカのラグビーが持つ若き人材の豊富さをあらためて感じるだろう。
いまはまだ少年のような選手たちの表情に精悍さが増した頃、世界はまたニュースターの誕生を知ることになる。スコアは一方的になっても、未来を感じられるシーンはたくさんあった。

ちなみにノヌとの交代でピッチの外に出たのはマリー・コスター。リーグワン2025-26シーズンまでの2季に渡って日野レッドドルフィンズでプレーしたCTBは、12番のジャージーを着て61分、オールブラックスと戦った。

目立つボールキャリーなどはなかったが、必死にディフェンスで働いていた。「俺、オールブラックスと戦ったことがあるんだ」と言える、一生の宝を手に入れた。それも、「ノヌが一人でハカをやったあの試合ね」と言えば、みんなが思い出す。

50点以上の差がついても、多くの人の記憶に残る一日となった。

文: 田村 一博

田村一博

前ラグビーマガジン編集長。鹿児島県立鹿児島中央高校→早稲田大学。早大GWラグビークラブでラグビーを始める。ポジションはHO。1989年、ベースボール・マガジン社に入社。ラグビーマガジン編集部に配属される。1993年から4年間の週刊ベースボール編集部勤務を経て、1997年からラグビーマガジン編集長に就く。2024年1月に退任し、現在は編集者、ライターとして活動。

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