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怒ってるぞ。そう想像した。違った。表情や言葉は柔かい。苛立ちこそは敵だと知っているのだ。
トヨタヴェルブリッツがなかなか勝てない。2月22日の花園ラグビー場。コベルコ神戸スティーラーズにも吹き飛ばされた。21ー63の完敗である。神戸の防御の意識の高さやタックルを含む衝突の威力にしてやられた。
スティーブ・ハンセンHC(ヘッドコーチ)は試合後の記者会見に臨んだ。隣にはゲーム主将のフッカー、彦坂圭克がいる。「なかなか結果が出ない。厳しい状況。こういうときに大切なことは?」。まさに大切な質問が発せられた。
「チームとしてしっかりまとまり、ハードワークを続けて、互いに信じ合うことです」
続けて、こんなことを言った。
「わたしとしては選手の努力については、これ以上を求めることはできないと考えています」
みずからが手がけ、支える選手の態度や姿勢を否定しない。敗因はそこにはない。優れたコーチのコメントだ。
実は試合前にチーム関係者の「雰囲気はいいんです。コーチングもひとりひとりを大切にしており、みんな前向きです」という素直な言葉が、J SPORTSの中継スタッフに届いていた。しかし、これで1勝1分け7敗。現実は甘くない。
超越タフネスの世界の顔、ピーターステフ・デュトイが負傷により出場できておらず、主将の姫野和樹も第4節を最後に欠く。神戸戦では10番の松田力也もストレッチャーで退いた。試練はシリーズで襲う。
かつてオールブラックスを率いてワールドカップ(2015年大会)を制した人物は述べた。
「努力が結果に結ばれない。タフな時間です。スポーツとはそういうものでもあります。そして、こうした逆境にこそ、その人間のキャラクター、本質は問われる。ここをチームで乗り越えれば、将来の強みともなるのです」
勝率86・2%。93勝4分け10敗。2012年~19年、ニュージーランド代表のHCとして、それだけの数字を残した。その実力者が、リーグワンの大きなクラブであるヴェルブリッツのひとつの白星を得るのにも苦しんでいる。なるほど「スポーツとはそういうもの」なのだ。
そして、どうしても思う。このまま転んだままなのか。いきなり起き上がるのではあるまいか。迷彩服を着てトヨタのグラウンドの緑にひそみ、ここからどうするのかを見たくなる。
あらためてスティーブ・ハンセンの経歴を確かめよう。現在65歳。体型が元FWを思わせるも、現役時代は体重92kgの大型CTBであった。コーチでてっぺんに達した男は選手ではそうならなかった。1980年より87年にかけてカンタベリー代表で計21試合を経験、どちらかというと同B代表が主戦場であり、当時のチーム仲間のひとりは13年前にこう明かしている。
「彼は興奮しないんです。ことにディフェンスでは周囲に落ち着きと自信を与えていた。(略)人々をマネージすることが彼の最大の能力だった」(stuff.co.nz)。のちの名コーチはすでに半分はコーチであった。
ハンセン本人は自身の学校時代を2016年にこう語っており、ちょっと興味深い。
「目標もなく、勉強はからっきし。休み時間の軽食とスポーツのためだけに通っていたようなものだ。少し後悔しています」(ニュージーランド・ヘラルド紙)
高名となり、なお「勉強はできず」と正直に言い切る人は強い。学校を出ると冷凍工場の労働者となる。「そこで最高の教育を受けました。わたしの通うことのできる世界一の大学でした。17、18歳のころです」(同前)。のちに警察官を職業に選んで巡査まで務めた。
ひざがガタついて31歳で現役引退。自分の所属クラブであるマリストでのコーチングを断られて、ライバルのハイスクール・オールドボーイズで指導を始める。1996年、カンタベリーのアカデミーを出発点にプロのコーチへ。
クルセイダーズのおもにFWコーチを経て、2002年にウェールズ代表のHCに招かれた。翌年のシックスネーションズは全敗の最下位に沈むなど、なかなか勝てず、解任論が浮上するも、同年のワールドカップでオールブラックスと優勝のイングランドに健闘、評価を引き寄せる。ここが「逆境は進歩の礎」のいわば原点である。翌年の帰国後、オールブラックスのアシスタントコーチとして8年を過ごし、2012年にHCの大役を託された。
以前、放送解説や原稿のために調べたメモを読み返した。ウェールズ時代のロック、92キャップのガレス・リュウエリンがハンセンについて語っている。
「ユーモアの感覚があって、まず素晴らしい環境をつくる。不思議なことに、試合の結果がよくないのにに練習に行きたくなるんだ。そして負けがこんでも自分にかかるプレッシャーを外に表さない。揺るがぬ信念がある」(同前)
敗戦続きにも環境を劣化させない。ラグビーのチームとそこにひしめく個人を導く者の最良の資質のひとつではあるまいか。「わたしが忠誠を尽くす対象は選手」。しびれるハンセン語録だ。
3月1日のJヴィレッジにおける対浦安D-Rocks。ひとつプレーを終えての動き出しに活力が満ちるようなら(神戸戦はここが足りなかった)、シーズン後半から終盤によい日の訪れる兆候かもしれない。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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