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2週続けてアディショナルタイムに起きた歓喜と落胆。前橋育英高校・松下裕樹コーチが実感する「指揮を執る」ということ 高円宮杯プレミアリーグEAST横浜FCユース×前橋育英高校マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史三ツ沢に凱旋した前橋育英高校・松下裕樹コーチ
真剣に向き合おうと思ったら、サッカーなんてメチャメチャ難しい。ピッチでプレーするのはもちろん、ピッチの外から采配を振るうなんて、なおさらのこと。しかも40年以上もそれを続けてきた“恩師”から、その重責を引き継ぐのだ。そんなのは、メチャメチャ大変に決まっている。
「やっぱり簡単な試合なんてないわけで、プレミアもそうだし、カップ戦もそうだし、そういう真剣勝負の中でもっともっと選手が成長できるようにしていきながら、チームとしてももっともっといろんなことを経験して、僕ももっともっと強くならなきゃなって、今は思っていますね」
自身もプレーした前橋育英高校の指揮を、今季から本格的に任されている、群馬が育んだ“心の灯台”。松下裕樹コーチは与えられた大きな責任を真摯に背負いながら、一歩ずつ、一歩ずつ、選手とともに成長していく道のりを歩み始めている。
「もっと最後のところもはっきりさせた方が良かったのかなあ。そもそも僕はいつも交代もメチャメチャ悩むので、まだまだ甘いんでしょうね、最後はキーパーも上がってきましたし、訳がわからないというか……。 やっぱり僕自身も含めた甘さが出てしまったかなっていうところです」
試合が終わった直後。その人の思考は、まだ整理できていないように見えた。プレミアリーグEAST第10節。横浜FCユースと対峙したアウェイゲーム。前橋育英は82分にいったんは逆転したものの、ほとんどラストプレーだった90+4分に、セットプレーから同点弾を献上。土壇場で勝点3は、勝点1に姿を変えた。
思い出の地への凱旋だった。この日の会場のニッパツ三ツ沢球技場は、2013年からの2シーズンを横浜FCでプレーした松下コーチにとって、かつてのホームスタジアム。実は昨季もこの会場でアウェイゲームを戦ったのだが、今季は山田耕介監督のザスパ群馬GM就任に伴い、実質の指揮を執ることになっており、少し立ち位置が変わっている。
「三ツ沢は自分がプレーしていた場所でもありますし、僕が育英のコーチになってからは、選手権でもプレミアでもここでやらせてもらっていますけど、やっぱりベンチに入るのは変な感じですよ。まあ、いろいろ時が経ったんだなと思いますよね(笑)」
この日の一戦では、松下コーチの次男に当たる歩夢もスタメン起用され、三ツ沢のピッチに立っていた。横浜FCでプレーしていたのは、もう12年も前のこと。現役を引退し、指導者に転身して、母校の指導に当たるなんて、当時はまったく考えていなかったけれど、サッカーとともに生きるキャリアの時計の針は、確実に濃厚な歴史を刻み続けている。
実は2週連続で、『アディショナルタイム』に感情を揺さぶられている。ちょうど1週間前の土曜日。前橋育英は追い込まれていた。インターハイ群馬県予選決勝。健大高崎高校に先制を許すと、攻めても、攻めても、得点は生まれない。だが、後半終了間際の80分にCKから中村孝成が執念の同点ゴールを叩き込み、スコアを振り出しに引き戻す。
試合に決着がついたのは、延長後半アディショナルタイムの10+2分だった。今度はロングスローの流れから、笹蒼尉が劇的すぎる決勝点をゴールネットへ突き刺す。だが、試合後の取材エリアに現れた松下コーチは、いたって冷静に勝利への流れを口にする。
「プレミアでもそうですけど、本当にいつもうまくいかないですし、自分たちのやりたいことなんてできないんです。もちろん選手を信じてはいましたけど、彼らが粘り強く戦って、自分の経験値のなさを伊藤さん(伊藤祐介コーチ)に助けてもらいながら、どうにか勝つことができたのかなと」
先週はアディショナルタイムに笑い、今週はアディショナルタイムに泣く。ある意味で、これがサッカーの面白いところであり、難しいところ。それでも、明日の練習は、次の週末の試合は、またすぐにやってくる。立ち止まっている時間はない。
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前橋育英を率いる山田耕介監督(左)と松下コーチ
忘れたくない一戦がある。今季のリーグ開幕戦。流通経済大柏高校とのホームゲームは0-2で敗れたのだが、松下コーチは自身のメンタルのネガティブな在り方と、それを選手に波及させてしまったことが、とにかく悔しかった。
「流経戦は自分が相手を恐れすぎていたところがあって、それで選手の勢いを殺してしまったなと。やっぱり実際にやるのは選手たちなので、こちら側がもっと勇気を持ってやらせてあげられるようにしないとなと、反省したんです」
母校で指導者の道へ足を踏み入れて、今年で7年目。まだまだ足りない部分が大いにあることは、自分が一番よくわかっている。だから、謙虚な気持ちは忘れない。日々勉強。日々研鑽。それは20年間も続けたプロサッカー選手時代から、ずっと心がけていることだ。
1982年の就任以降、一貫して前橋育英を率いてきた山田監督が、“監督”という立場で隣にいるのは、今夏のインターハイが最後。以降は総監督という肩書きに代わり、8月から松下コーチは“松下監督”として、タイガー軍団を束ねていくことになる。
「僕は交代もメチャメチャ優柔不断で、パッと決断できないんですけど、この間もインターハイの決勝が終わったあとに山田先生と話したら、『そこは経験していけばビビって来るんだよ』って言われました(笑)」
「今までもなんとなく『本当に監督になるのかな』みたいな感じで進んできましたけど、もうそれが間近なんだなということは実感していますし、インターハイは山田先生が監督として最後の大会というところで、良い結果は出したいなと思いますよね」
いわゆる“欲”のようなものは、基本的にほとんどない。願うのはサッカーと生きていく日常が続くことと、関わった選手たちが少しでも成長してくれること。よく晴れた5月のある日。何気なく聞いた言葉が、印象深い。
「選手たちには調子に乗らずに、謙虚に毎日を過ごしてほしいという話をいつもしています。だから、一歩ずつ前に進んで、下がることはなくしたいですけど……、でも、あるかな(笑)。そういうこともあるだろうから、その中でもしっかり自分たちを見つめながら、自分も含めて成長していければなと思っています。もう、ひたむきに1試合1試合大事にやっていきたいですし、そのための毎日を過ごしたいなと。ただ、それだけですね」
人生を懸けたこの競技を始めてしまった小学生時代から、きっと根本的なスタンスは変わっていない。前橋育英の次期監督にして、永遠のサッカー小僧。松下裕樹はこれからも、時には飄々と、時には熱く、選手たちに寄り添いながら、いつものグラウンドに立ち続けていく。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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