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古巣から突き付けられた愛ある洗礼。ファジアーノ岡山U-18・安部雄大監督が思い出の地で踏み出した新たな挑戦 高円宮杯プレミアリーグWEST ヴィッセル神戸U-18×ファジアーノ岡山U-18マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史ファジアーノ岡山U-18・安部雄大監督
悔しい敗戦を突き付けられた試合後。その人は穏やかな表情を浮かべていた。
「いやあ、やっぱりみんないい選手ですね。贅沢な選手に恵まれていたなと思いました。(里見)汰福も、(井内)亮太朗も、(川端)彪英も、やっぱり上手いなと思いながら見ていましたし、そういう選手に近づけるような選手をファジアーノからも輩出しないといけないですよね。もう本当に彼らを良い目標として、チャレンジしていきたいなと思います」
昨シーズンまでホームグラウンドだったいぶきの森球技場で、ファジアーノ岡山U-18の指揮官としてのプレミアデビュー戦に臨んだ安部雄大監督はこの日、改めて新天地で期す大きなチャレンジの第一歩を踏み出した。
2026年の初頭。その“移籍”が驚きを持って受け止められたのも当然だろう。21年にわたってヴィッセル神戸で指導に当たり、昨シーズンはU-18の指揮を執って4年目でとうとうプレミアリーグWEST制覇にチームを導いた安部監督が、同じプレミアに所属する岡山U-18の監督に就任したのだから。
「自分自身もまだこの歳にして、こうやってチャレンジできる場所をいただけて、決して簡単ではないと思いますけど、凄く楽しく、新鮮な気持ちでやれています」。51歳が下した新たな決断。トップチームもJ1定着を真剣に目指すファジアーノの育成組織に、経験豊かな名将が加わることになる。
去年は対戦相手として向かい合った選手たちも、プレシーズンから新監督の指導にポジティブな印象を抱いたようだ。「僕は正直このサッカーは結構好きで、このサッカーができれば間違いなくチームも変われるなと思います」(松本優輝)「安部さんが監督になって、より後ろから繋ぐようになったんですけど、自分はそういうスタイルが好きなのでやりやすいです」(向井涼太)
もちろん安部監督も“その日”が来ることはわかっていたが、それは思っていたよりもだいぶ早く訪れることになった。リーグ開幕から2試合目の4月12日。アウェイの神戸U-18戦。いぶきの森へと凱旋する一戦のことだ。
迎え撃つ側にも、特別な感情が湧き上がらないはずがない。昨季まではU-15の監督を務め、今季から安部監督の後任としてU-18の指揮官に就任した山道高平監督は、“前任者”へ向けた強い畏敬の念を言葉の端々に滲ませる。
「僕は安部さんを追い掛けてきたので、初めて同じ土俵で戦える難しさも、嬉しさも、楽しみもあって、特別な想いはありますし、勝ちたいですよね。安部さんの考えは理解していますし、いろいろ話も聞いてくれる方で、仲が良いというか、リスペクトはしているので、バチバチにやれたら面白いかなと思います」
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“その日”を数週間後に控えた3月のイギョラ杯で、安部監督は初めて迎えるいぶきの森でのアウェイゲームに対して、こんなことを話していた。
「どんな心境になるかわからないですけど、本当にあの鳥栖戦以来のいぶきの森での公式戦を、また違うチームでやるという何とも不思議な感覚の中で、今はもうファジアーノのこの子たちと勝ちたいですし、この子たちといいゲームをして、いいスタートを切りたいなという、その想いだけですね」
偶然にも岡山U-18は第1節に組まれていたガンバ大阪ユース戦が延期になったため、第2節の神戸U-18がシーズンの実質の開幕戦ということに。多くの人のさまざまな想いのこもった舞台は、着々と整えられていく。
「ちょっとドキドキしましたね(笑)。今までここには何度も来ていながら、こんな感情にはならなかったですし、ちょっと特別な感情は持ちました」。試合当日。いぶきの森に現れた安部監督は、いつも通りの雰囲気を纏って、そこに立っていた。
関係者が、選手たちが、昨季までの指揮官の元へ次々とあいさつへ訪れる。「もちろん勝負しに来ているわけなので、あまりそっちがメインになってはいけないなと思いながら、とはいえヴィッセルの選手もスタッフもサポーターも含めて、みんな仲間ですからね」。その光景からも、この人がどれだけ慕われていたかがよくわかる。
神戸U-18の選手たちと談笑する安部監督
キックオフ直前には面白いシーンがあった。タッチライン際に整列している岡山U-18の11人とグータッチをしていた安部監督は、そのままセンターラインを越えて、神戸U-18の11人ともグータッチをかわしていく。この場にいた誰もがスペシャルな一戦と捉えていた試合が、いよいよ幕を開ける。
昨年王者は気持ちいいぐらいに容赦がなかった。まずは「試合前にあいさつに言った時も、笑って話してくれましたし、ここまで自分が成長できたのも安部さんのおかげなので、そういうところは感謝しつつ、『点を決めたろう』とはずっと思っていました」という川端彪英が、開始8分でゴラッソを叩き込む。
「試合が始まる前から、今まで味わったことのない感覚で、正直楽しみでしたね。後半は安部さんの前でのプレーだったので、見せたりたいというか、ちょっとやってやりたいという雰囲気はありました」と口にしたのはキャプテンマークを巻いた上野颯太。後半に入ると、その上野のアシストも受けた1年生の山田凌也がハットトリックを達成し、点差は開いていく。
終了間際の90分。「プレミアに出させてもらったのは安部さんのおかげなので、そこは感謝しています。試合できるのは楽しみです」と語っていた井内亮太朗のCKから、川端が豪快なシュートを沈め、ファイナルスコアは5-0。安部監督の岡山U-18での初陣は、古巣相手の完敗という結果になった。
印象的だったのは、大きくビハインドを背負った時間帯。アウェイチームのテクニカルエリアからは、選手たちを鼓舞する安部監督の声が響き渡る。「顔を上げろ!」「下を向くな!」「最後まで戦うぞ!」。その姿を逆側のベンチで見ていた山道監督は、何とも言えない感慨を覚えていたという。
「ベンチからの選手を奮い立たせるようなコーチングとか、ああいうのを見ると『これが安部さんか』と。それこそ今週は『安部さんだったらどう来るかな?』と青木(圭コーチ)と2人でメチャメチャ喋りましたし、今日もミーティングギリギリまで『どう来るかな?最初は蹴ってくるよな』とか(笑)。『試合がやれて嬉しいな』という喜びと、『絶対負けたくない』という想いもあって、不思議な感覚でした」
安部監督(左)とヴィッセル神戸U-18・山道高平監督
試合後のミーティング。安部監督は一切声を荒げることなく、選手たちへ落ち着いたトーンで語りかけていた。「これが現状だと思います。この現実を受け止めて、どう意味づけしてこれからやっていくかが大事で、選手たちにも伝えましたけど、自分たちの現状を肌で感じられたと思うので、もうこれからやっていくだけかなと」
今季のキャプテンを任されている安西来起は、気丈にこんなことを話してくれた。「自分たちは去年も降格はしなかったですけど、残留したチームで一番下の順位で、今年も得失点のマイナス5から始まって、一番下からのスタートなので、もうあとは上を見てやっていくしかないと思います」
「今年はプレミア3年目で、安部さんも来てくれて、ここからまた新しいファジアーノの歴史を作っていこうという中で、自分はキャプテンなのでチーム全体を見ながら結果を出したいですし、アカデミーの後輩たちみんなのためにも、3年生が責任を持って、チームを上のレベルに持っていけるように努力していきたいです」
神戸U-18を束ねていたころから、誰よりも熱く勝負にこだわっていた人だ。この日の結果に、おそらく強い反骨心を滾らせていたであろうことは、想像に難くない。それでも極めて冷静に、安部監督はここからの岡山U-18でトライしていく日常を見据える。
「自分は今年から監督に就任して、彼らとスタイルも含めてチャレンジしようと。それはそんな簡単に数か月でできるものでもないですし、神戸でも自分は4年掛かってプレミアで優勝しましたけど、もちろんその前からいろいろなことをみんなで積み上げてきて、いろいろな指導者が関わっての今だと思いますし、そこにすぐ追い付ける、追い越せる力は我々にまだないので、しっかりみんなで日常に取り組んでいきたいなと思います」
きっとこの日を笑って振り返ることのできる時間は、必ずやってくる。心血を注いだチームと選手たちに、思い出のグラウンドで喫した完敗からのリスタート。安部雄大監督とファジアーノの若雉たちがともに歩んでいくワクワクするような冒険には、無限の希望と可能性が詰まっている。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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