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サッカー フットサル コラム 2025年5月20日

スタジアムが赤く燃えたJ1とプレミアリーグの「2階建て」。みんなで作り上げたファジアーノ岡山にとって特別な1日 高円宮杯プレミアリーグWEST ファジアーノ岡山U-18×名古屋グランパスU-18マッチレビュー

土屋雅史コラム by 土屋 雅史
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J1とプレミアの「2階建て=ダブルヘッダー」に臨むファジアーノ岡山U-18

「本当にやって良かったなと思います」

おそらくこの日、最も忙しく立ち回っていたファジアーノ岡山運営部・広報部部長の渡邊健司さんは、ちょっとだけ疲れの見える顔に、満面の笑みを浮かべる。J1リーグの試合と高円宮杯プレミアリーグの試合を同じ日に、同じスタジアムで開催するという、クラブにとって特別な1日は、多くの人のファジアーノに対する愛情に満ちた、本当に素敵な時間だった。

17時3分。タイムアップのホイッスルが鳴り響くと、JFE晴れの国スタジアムのスタンドを埋め尽くした赤いファン・サポーターから大歓声が上がる。明治安田J1リーグ第17節。ファジアーノ岡山はアルビレックス新潟相手に2-1で競り勝ち、リーグ戦では実に7試合ぶりとなる白星を手繰り寄せる。

待望の今季初ゴールを挙げた江坂任が、決勝PKを沈めた一美和成が、古巣対決に燃えていた田上大地が歓喜のダンスを踊り、木村太哉がいつものガッツポーズを決めたころ、クラブスタッフはもう“次の準備”に取り掛かり始めていた。

「アカデミーの方からその相談があったのが3月末ぐらいですかね。『何とかできない?』という話を僕らが受けた形でした」。渡邊さんが受けた“相談”とは、トップチームがJ1の試合を行う日に、U-18チームもプレミアリーグの試合を、同じJFEスタジアムでできないかというもの。いわゆるダブルヘッダーの打診だった。

「もともと僕らには経験があったんです」と話すのは、指定管理部の瀬島啓二さん。実はファジアーノは2016年まで、セカンドチーム的な位置づけとして『ファジアーノ岡山ネクスト』を運営しており、J2の試合とネクストが戦うJFLの試合が同じ日に、同じ会場で開催されることもあったのだ。

高円宮杯プレミアリーグ特集サイト

「トップが終わったら半分だけスタッフが残って、『この試合はこのメンバーで運営するぞ』みたいな感じで、トップはデーゲームで、ネクストは照明を付けてやって。だから、『ああ、あのパターンね』という感覚を久しぶりに思い出したスタッフもいるんじゃないですかね」と当時は広報を務めていた瀬島さんも懐かしそうに振り返る。そのころを知るスタッフもクラブには複数残っており、そのノウハウがあるのは小さくないアドバンテージだった。

とはいえ、もちろん調整すべきことは少なくない。一番の懸念事項は会場の確保。今季のトップチームのリーグ戦はすべてJFEスタジアム開催が決まっており、そこにプレミアの試合開催日を当てはめながら、スタジアムを“2試合分”押さえられる日程の候補日を絞っていく。

「やっぱり施設側の許可を取るのが大変でした。芝生の使用頻度が月に何回と決まっている中で、ましてやトップチームがやった直後に、また試合をするということで、芝生を管理する側からすれば難しいところだったと思うんですけど、今回は特別に認めていただいた形です。候補も何日かはあったんですけど、もうこの日しかなくて、今日もJ1のキックオフが15時だったので、どうしても先方にご無理を言う時間帯になったんですけど、何とかチャレンジしようということになりました」(渡邊さん)

決まった日程は5月18日。15時からJ1のアルビレックス新潟戦。19時30分からプレミアリーグの名古屋グランパスU-18戦。名古屋サイドに“後泊”を快く了承してもらったことも、このダブルヘッダーの実現には語り落とせないポイントだ。一方で、言うまでもなくキックオフ時間も様々な議論を経て決まっている。ここも渡邊さんの説明に耳を傾けよう。

「J1の試合にはピッチボードが出ていると思うんですけど、あれはJリーグで協賛を取っているものなので、どうしてもそれ以外の試合では出せないんですね。そうするとプレミアのキックオフの時点では、すべて撤去しないといけないと。さらに言うと、ウォーミングアップではシュート練習もあるので、その周りで片付けをしている時に、万が一スタッフにボールが当たって、ケガをしてしまってはいけないわけです。なので、ピッチボードを片付けたうえで、U-18の選手たちのウォーミングアップができることを想定した、最短の時間が19時半だったというイメージです」

ピッチボードの撤収に掛かる時間は、日ごろのリーグ戦での経験から割り出せる。また、ウォーミングアップの時間も当然想定できる。この両者の着地点が『19時30分キックオフ』だったのだ。それでも渡邊さん曰く「今回はいつもより15分短い時間で片付けをしてもらっています」とのこと。やはり多くの人の尽力があって、この日を迎えられたことがよくわかる。

「ゾクゾクするというか、高揚感みたいなものはありましたね」

チームのキャプテンを任されている堤涼太朗は、自分の中に湧き上がる昂りを実感していた。トップチームの試合終了から2時間半。勝利に沸いた同じピッチに、岡山U-18の選手と名古屋U-18の選手たちが歩みを進めていく。

JFEスタジアムのバックスタンドには、『GATE10』というエリアがある。そこはファジアーノのサポーターが集い、声援を送り続ける、いわば聖地のような場所なのだが、プレミアのゲームは“2試合目”だったにも関わらず、ファジレッドのサポーターはトップチームの試合と変わらぬ熱量で、旗を振り、声を出し、U-18の選手たちを鼓舞し続けていた。

自身も選手としてネクストでのプレー経験があり、このクラブのアカデミーを支え続けている西原誉志・育成部部長の言葉が印象深い。「『GATE10』のサポーターもダブルヘッダーで、選手やスタッフと同じ負荷が掛かっていると思うんですけど、ああやって残ってくれて、あれだけの応援をしてくださったというのは、本当に感謝しかないですね」。彼らはずっとクラブをサポートし続けているのだ。この1日の意味も十分すぎるほどわかっている。GATE10を熱く燃やしたファジアーノサポーターは、とにかく本当にカッコよかった。

GATE10から声援を送るファジアーノ岡山サポーター

試合は残念ながら2-4で敗戦。スタンドから見守った900人を超える人たちへ、トップチームに続く2つ目の白星を届けることは叶わなかったが、堤は清々しい表情でこう言い切っている。

「もう、楽しかったです。初めてこのピッチでプレミアリーグの試合をやったので、良い経験になりましたし、勝ちたかったというのが一番の想いですけど、これだけ夜遅くまで皆さんが残ってくれて、自分たちの試合を最後まで見てくれて、応援し続けてくれて、僕自身は勝ち負けどうこうというより、やり切った印象が大きかったです」

実は終盤の89分に投入された堤清史郎は、涼太朗の弟。短い時間ではあったものの、この特別な試合で2人は同じピッチに立ったのだ。堤家は両親に加え、祖父母も会場を訪れていたという。まさにアカデミーの歴史を紡いでいくうえでも、『堤兄弟の共演』は象徴的なトピックスになったのではないだろうか。

U-18の初代監督でもあり、3年前から再び指揮を執っている梁圭史監督が真っ先に口にしたのも、やはり感謝の想いだった。「このダブルヘッダーを開催するにあたって、ファジアーノのフロントの方々、特に運営をしてくださる方々の協力がなかったら、こんなことはできないですし、こういう環境下でさらに大きな応援をしてくださったということは、本当に感謝しています」

「皆さんの応援がポジティブに働いて、選手の足を一歩進めさせてくれたと思うので、これからも凄く前向きにやっている高校生の選手たちをいろいろな人に見てもらう機会は作っていきたいですね。こういう協力を受けた分、選手たちにも何かを感じてほしいですし、こういう取り組みはもっともっとしていきたいなと思っています」

プレミアの試合が終わって、1時間は経っていただろうか。「実は僕もネクストを担当していたので、その時もまさにこんな感じですよね。『2階建て』で、ちょっと懐かしい感覚でした」と笑った渡邊さんは、改めてメチャメチャ忙しかった1日を、こう振り返ってくれた。

「ファジアーノが育成型クラブを目指すと宣言した中で言うと、本当に意義深い1日だったのかなと思います。やっぱり当時のネクストという、トップチームとセカンドチームの『2階建て』とは違う位置づけだったかなと感じますね。ファン・サポーターの方にも、トップチームが終わった後に、将来活躍するかもしれない選手たちを見ていこうかというところでは、興味を持っていただきやすかったのかなと。今日初めてユースの試合を見た方も結構多かったと思いますし、そういう意味でもこのJスタで『2階建て』ができたのは、意義があったかなと思います」

いわゆるインタビューが終わり、少しだけ雑談をしていた際に、渡邊さんがポロッとこぼした言葉が個人的には強く記憶に残った。「ネクストの経験で大変なことを知っている分、最初はどうしようかなと思いましたよ(笑)。でも、アカデミーのスタッフの熱量に押し切られたところもあったかもしれないですね。それならやるしかないなって」

その“熱量”の筆頭格である西原育成部部長が、この日に込めていた想いを最後にご紹介しておきたい。

「どうしてもこの試合を開催したかった理由は2つあります。1つはU-18が2023年にプリンスリーグからの昇格を勝ち獲って、去年1年間残留したことで、今年も日本最高峰のプレミアリーグというステージで戦っている彼らに、最高級の環境でプレーをしてもらうことが、アカデミースタッフとしてできることの一番の環境整備だなと。ただ、それは運営もそうですし、スタジアム管理の観点でもそうですし、簡単にできることではないので、そんなお願いをした中で、今日が実現したというところには感謝しかありません」

「もう1つは、サッカー文化が高まりつつある岡山の小学生年代や中学生年代の子どもたちに、1人でも多くあの環境で戦うファジアーノ岡山U-18の選手を見てもらうことで、『ここに入りたい』『ここでプレーしたい』と思ってもらえるかもしれないので、トップがあのきらびやかな中で戦うところと、その1つ前の段階のU-18もあのステージで戦うところを、次の世代を担う子どもたちにも見てもらいたいと。その2つは是非今シーズン中にやりたいことだったので、その舞台を作ることができたのは良かったですし、本当にありがたい限りです」

クラブスタッフと、ボランティアスタッフと、ファン・サポーターと、選手たちがみんなで作り上げた、ファジアーノ岡山にとって特別な1日。J1リーグとプレミアリーグの『2階建て』が実現した日。2025年5月18日。JFE晴れの国スタジアムの景色を、きっと、ずっと、忘れない。

 

文:土屋雅史

土屋 雅史

土屋 雅史

1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。

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