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【Cycle*2023 ツール・ド・フランス 3週目まとめ】クレイジーなマイヨ・ジョーヌ争奪戦!2年連続の喜びを噛み締めたヴィンゲゴー「今ツールでのタデイとのバトルを、心から称賛している」
ツール・ド・フランス by 宮本 あさか空を舞う黄色い花束
大会2回目の休息日の翌日、流れが変わった。ツール史上最短22.4kmの個人タイムトライアルで、開幕から2週間続いてきた一騎打ちの均衡が、突如として崩れた。史上屈指の僅差で競り合ってきたヨナス・ヴィンゲゴーとタデイ・ポガチャルの総合タイム差は、第16ステージの終わりに、10秒から1分48秒へと一気に大きく広がった。
3度の入念な下見で道を熟知していたというヴィンゲゴーは、あらゆるコーナーを高速に、正確に、ためらわずに攻め、精密に調整されたタイムトライアルバイクで全行程を駆け抜けた。2級ドマンシーの2.5kmの山道だけは、超全開で山岳ポイントを獲りに行ったジュリオ・チッコーネにトップタイムを譲り渡したものの、それ以外はいたるところで他を凌駕した。自らでさえ「サイクルコンピュータが壊れているのかと目を疑った」ほどの凄まじいワットを叩き出し、開催委員会の優勝時速予測37.3kmを笑い飛ばすかのように、時速41.227kmという異次元の数字を記録した。
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「無線で常に最適な指示が届いていたし、調子も最高だった。これまでで最高のタイムトライアルが実現できた。自分でも驚いている。今日の自分が成し遂げたことを誇らしく思う」(ヴィンゲゴー)
区間2位ポガチャルは平均9.4%の急勾配に向けてバイク交換を選んだが……3年前の激坂プランシュ・デ・ベルフィーユで披露したような快挙を再現するどころか、ヴィンゲゴーから1kmあたり4.38秒ずつ失っていった。また過去2年連続でツールの個人TTを制したワウト・ファンアールトは、「普通の人間の中で最上位(=区間3位)」で満足するしかなかった。
「本当なら今日、マイヨ・ジョーヌを着ていたかった」と告白したポガチャルは、「(第5ステージで大きくタイムを失った)マリー・ブランクの翌日のように、明日はいい脚を取り戻していたい」と願った。しかし、現実は、あまりに非情だった。いい脚を取り戻すどころか、24歳の若者は、自転車人生で最も苦しい時間を過ごすことになる。
それは2023年ツール・ド・フランスの屋根、標高2304mのロズ峠への高みを目指している道すがら。すでに小さくなっていたメイン集団から、白いジャージが、ずるずると後退を始めてしまう。区間序盤で軽く落車し、身体を痛めていたせいかもしれない。前夜の精神的衝撃から、いまだ立ち直っていなかったのかもしれない。そもそも唇の端に残る水疱の跡が物語るように……単純に体力を落としていただけなのかもしれない。フィニッシュまで16km、ポガチャルはマイヨ・ジョーヌ争いから完全に脱落した。「I’m gone, I'm dead(僕は落ちた、死んだ)」との言葉を残して。
マイヨ・ジョーヌ争いから完全に脱落したポガチャル
「できる限り補給を摂ろうと努力したけど、なにひとつ脚に力をもたらしてくれなかった。完璧に空っぽだった。なにが起こったのかまるでわからない」(ポガチャル)
対するヴィンゲゴーは、自らが得意とする3つの条件、つまり「長さ」「高さ」「暑さ」を味方につけ、苦しみもがくライバルを尻目に力強い前進を続けた。途中、あまりの激勾配のせいで動けなくなったレース車両に行く手を阻まれ、ブレーキをかけざるを得ない場面もあったけれど、その勢いが削がれることはなかった。
終わってみれば、この日だけで、ポガチャルを6分半以上も突き放す快走っぷり。「まだツールは終わっていない、警戒を続けていかねばならない」と、ヴィンゲゴーはいわゆる兜の緒を締めるような発言をしつたものの、その笑顔は雄弁だった。総合タイム差を7分35秒にまで開き、もはや2年連続の総合優勝は手に入れたも同然となった。
7月の祭典は、決してヴィンゲゴーとポガチャルだけの専有物でもなかった。ロズ峠を越えてクールシュヴェルへといたるクイーンステージは、先のツール・ド・スイスで大活躍し、今大会でも幾度となく逃げに乗ったフェリックス・ガルの手に落ちた。続く第18、第19ステージは、ピュアスプリンター向けにコースは作られていたものの、健脚ルーラーたちが情勢を大胆にひっくり返した。カスパー・アスグリーンは、E3とツール・デ・フランドルを両制覇した2年前の春以来となる輝きを取り戻し、マテイ・モホリッチは、亡きジーノ・メーダーに勝利を捧げた今大会3人目のチームメイトとなった。
ただパリ到着前夜の、ヴォージュ山塊を舞台に繰り広げられたアップダウンパーティーでは、今季限りで引退を宣言しているティボー・ピノが、キャリア最後の独走を心の底から楽しんだ後……ポガチャルが自らの誇りと意地を救うステージ勝利をもぎ取った。4回目のツール参戦で、早くも区間9勝目。3日前に折れた翼を、ル・マルクシュタインの高台で再び広げた。
「今日、ようやく、僕自身を取り戻すことができた。数日間苦しんできたけれど、今日最高にハッピーだ。チームはまたしても素晴らしい仕事をしてくれたし、チームバス内を包む毎日の雰囲気こそが、僕にとっては今大会最高の記憶になるだろう」(ポガチャル)
そしてこの第20ステージ、ポガチャルと同タイム区間3位で終えたヴィンゲゴーが、フィニッシュの瞬間に2年連続のツール・ド・フランス総合優勝を手中に収めた。第5ステージでポガチャルを上回り、翌第6ステージでマイヨ・ジョーヌを着用して以来、頑なに首位の座を守り続けた。一時は手ごわいライバルに9秒差にまで詰め寄られるも、個人としてもチームとしても、まるで動じることはなかった。最終的には2014年大会以来最大となる7分29秒差で、大きな輪を締めくくった。
連覇を成し遂げたヨナス・ヴィンゲゴー
「この3週間クレイジーなバトルが繰り広げられてきたし、見ている人々にとっては、本当に面白いレースになったはず。僕らにとっても同じこと。僕自身も、今ツールでのタデイとのバトルを、心から称賛している」(ヴィンゲゴー)
4年前から続くユンボ・ヴィスマとUAEチーム・エミレーツによるマイヨ・ジョーヌ争奪戦は、これにて2対2の引き分け。またヴィンゲゴーとポガチャルも総合2勝ずつのイーヴンで、仲良くパリへと帰り着いた。シャンゼリゼでは、2020年初参加時から通算して75日間楽しんできた若く無邪気な日々に別れを告げるかのように、ポガチャルがアタックを楽しみ、真のリーダーとして成熟しつつあるヴィンゲゴーは、ユンボ・ヴィスマの仲間たちと共に静かに2年連続の喜びを噛み締めた。
黄ヴィンゲゴー、白ポガチャル、緑フィリプセン、赤玉チッコーネ
1975年から続いてきた伝統のシャンゼリゼステージは、ヨルディ・メーウスのスプリント勝利で一旦幕を閉じた。UAEチーム・エミレーツからポガチャル&アダム・イエーツの2人が総合表彰台に飛び乗り、黄ヴィンゲゴー、白ポガチャル、緑ヤスペル・フィリプセン、赤玉ジュリオ・チッコーネの異なる4色が、凱旋門を背景に、5年ぶりに記念写真に収まった。
1年後の真夏には、地中海岸のニースに、勝者たちを迎え入れる赤絨毯が敷かれる。もちろん、その前に、3週間の激しく熱い戦いが待っている。2024年大会は、6月29日、イタリアのフィレンツェから走り出す。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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