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【ツール・ド・フランス2022 レースレポート:第20ステージ】ヴィンゲゴーが総合優勝を手中に! “あの日”を知るワウトがマイヨ・ジョーヌを出迎え涙「ツール・ド・フランスを勝つことは、これほどまでに特別なのか!」
ツール・ド・フランス by 福光 俊介健闘を讃えあうヴィンゲゴーとワウト
2年前の第20ステージ、ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユの頂上。当時の総合エース、プリモシュ・ログリッチが思いもよらない形でマイヨ・ジョーヌを失い、地面に崩れ落ちるようにして座り込んだ姿を、ただただ見つめるしかなかった。誰もが勝つと信じて疑わなかったチームリーダーが、こんな形で敗れるとは。あまりの衝撃に言葉を失い、立ちすくんだ男は、あの日を境により強さを増し、自分のためだけでなくチームのためにも力を注いだ。
ツール・ド・フランス第20ステージ。40.7kmの個人タイムトライアルは、マイヨ・ジョーヌをかけた事実上の最終決戦。ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)は、あのときと同じようにフィニッシュラインでチームリーダーを待った。今度は笑顔で、新王者を迎えられた。いや、笑顔で迎えられたのはほんの一瞬。ときにアタックを打ち、ときにスプリントをし、ときに急峻な山岳までも一番に駆け上がるような、チームメートに「モーター」と称されるほどの男が、泣いた。
「感動しかない。チームとしてツール・ド・フランスを勝つことが、これほどまでに特別なのかと。本当に、強く思い知らされているよ。スペシャルな3週間だった」(ワウト・ファンアールト)
ピレネーでの山岳勝負を2日前に終えたプロトンは、前日には急ぎすぎなくらいのハイペースで形ばかりの移動ステージをこなし、最終日を前に個人タイムトライアルに挑んだ。ツールにおいて「第20ステージ」に個人タイムトライアルが設定されるケースは多く、マイヨ・ジョーヌのウイニングライドになることもあれば、2年前のようなサプライズが起こることもある。いずれにせよ、1つ言えるのは最終日前日のこのステージこそが、個人総合争いにおける“最終決戦”である、ということだ。
とはいえ、総合と関係なくこのステージを狙う選手も存在する。TTスペシャリストは、やっと...やっとやってきた自身の持ち場を最高の形で演じようと躍起だ。
今大会、タデイ・ポガチャルを献身的に支えたミッケル・ビョーグ(UAEチームエミレーツ)も、ここぞとばかりに自分の走りに徹した。終盤に急坂が待ち受けるコースを50分台で走破。これが基準タイムとなった。
個人TT世界王者、フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)もこのステージに賭けていた1人だ。大会初日でのマイヨ・ジョーヌ着用を目指すと公言し初のツールに乗り込んだけど、そこでの結果は残せなかった。“トップガンナ”の存在感を示すべく、序盤から攻める。3つある途中計測すべてで暫定トップの数字を出して、フィニッシュでは48分41秒。主催者の予想優勝タイムが49分台だったので、それを上回る好タイム。こうなってくると、ステージ優勝争いはかなりの高水準になるものと想像がついた。
個人総合上位陣が出発するまでの間には、前日に今大会初のフランス人勝者となったクリストフ・ラポルト(ユンボ・ヴィスマ)や、今季限りでの引退を発表しこれが最後のツールになるフィリップ・ジルベール(ロット・スーダル)もコースへ。さすがに彼らはこのステージで“本気”にはならなかったけど、沿道のファンからの歓迎を受けながら、40.7kmの道のりを走り抜いた。2人とも、本番は次のステージだ。彼らには、シャンゼリゼでエーススプリンターを前線へと放つ大事な役目があるのだ。
しばしガンナがホットシートを温めたが、流れを一変させたのはやはりこの男だった。何から何まですべてハイクオリティの男、ワウト。いまや誰もが知る通り、タイムトライアルにも強いから、ステージ結果は彼次第との向きが戦前から強かった。10.4km地点に置かれた第1計測からガンナを上回ると、22.1km地点の第2計測、32.6km地点の第3計測と、いずれもトップタイムを20秒ほど縮める。最終盤の登坂区間も重たいギアでグイグイと上ってみせると、フィニッシュタイムは47分59秒。平均スピード50.893kmで走り抜き、この段階で文句なしのトップに立った。
ワウト・ファンアールト
「ハイペースで入ってしまって、最後2つの上りはどうしようかと思ったよ。脚を残しておく必要があった。それでも自分のリズムを守ることができたし、テクニカルな局面も問題なくクリアできた。苦しんだ末にたどり着いたのはとてもきれいな街。素晴らしいレースになったよ」(ファンアールト)
そう、真横が崖のような細い道を抜け、岩壁のトンネルを越えた先は、要塞都市ロカマドゥールの街だ。
そこに、今年のツールの答えがある。それを求めて、個人総合上位陣がスタートを切った。
総合表彰台の一角を押さえるべく飛び出したトーマスは、3つの中間計測をいずれもトップと5秒前後の差で進む。最終盤こそ少しペースを落としてしまったけど、フィニッシュ時点で暫定2位。他の上位陣より速く走り、この時点で個人総合3位以内は実質決まった。
「ステージ優勝を狙っていたんだけどね。思い通りの走りではなかったよ。まぁでもツール全体を通してみれば満足できるものだね。去年がひどいものだったから...(個人総合41位)。正直、プロトン内のどこに自分が存在しているのか分からなかったんだから。今回の総合表彰台は素直に喜べるものになりそうだよ」(ゲラント・トーマス)
そして、マイヨ・ジョーヌ。
どこまでも勝負にこだわり、チャンスとあらば攻撃を繰り出してきたポガチャル。総合タイム差3分26秒は、この40.7kmでひっくり返すしか、頂点に立つチャンスはない。しかし、序盤こそ快調に飛ばしていたかに思えた走りは、第1計測を過ぎてから少しずつ陰りが見えるようになってきた。そう大きな遅れではないけれど、3分26秒を取り戻せるような走りでないことは、誰の目にも明らかだった。
「今回はヨナス(ヴィンゲゴー)がすべてにおいて僕を上回っていたんだ。僕はマイヨ・ブランで満足したいと思う。やるべきことはすべてやったんだ。これで十分だよ」(タデイ・ポガチャル)
ついに...第20ステージにして上がった白旗。われわれを幾度となく驚かせてきた若武者が降参した。もっとも、誰もがその強さを認めざるを得ないほどに、最後のひと勝負に挑んだマイヨ・ジョーヌは“本気”を見せた。
最後にコースへと飛び出したヴィンゲゴーは、第1計測でトップに立つと、第2計測、第3計測とその座をキープした。ステージ優勝という観点でいけば、ライバルはチームメートのワウトである。ホットシートに座るワウトは、チームリーダーの攻めの姿勢に笑顔を見せ、マイヨ・ジョーヌの到着を待った。
終盤の下りセクションでバランスを崩してしまったことも関係してか、結果的にワウトのトップタイムを上回ることはできなかったけど、きっちりステージ2位でまとめてみせた。フィニッシュ前の500mでスピードを緩めて、最後の瞬間はかみしめるように、ゆっくりとウイニングライドに浸った。
マイヨ・ジョーヌの帰還を出迎えたワウト
「ワウトが出迎えてくれて本当にうれしかった。彼は泣いていたんだ。その涙はチームそのものを物語っていると僕は思っている。みんなが僕だけじゃなくチームのために尽くしたんだ。はぁ...もう言葉にならないよ」(ヨナス・ヴィンゲゴー)
前日には「2年前のタイムトライアルのことは、チーム内で特に話に上らない」と語ったヴィンゲゴーだけど、この日のレース後に改めて当時に触れた。
「プリモシュ(ログリッチ)が最後の最後にマイヨ・ジョーヌを失ったことは、みんな生涯忘れないと思う。僕は口にするのも怖かったんだ。チームメートもきっと同じだったのだろうと思うよ。僕はプリモシュじゃないから何とも言えないけど、今日であの出来事が少しでも忘れられたらうれしいね」(ヴィンゲゴー)
今大会のユンボ・ヴィスマのメンバーで、あの日を現場で迎えていたのはワウトとセップ・クスの2人。ヴィンゲゴーは当時、妻の出産のため病院に付き添っていたというし、後に移籍によってチーム合流をした選手も多い。ヴィンゲゴーが言うように、当時と今とではチームの中心人物は異なる。だけど、ユンボ・ヴィスマというチームに起きている出来事には変わりない。そのことは、ヴィンゲゴーを出迎えるや泣き崩れたワウトの姿を見れば、容易に想像ができるだろう。
会見でも涙を見せたワウト・ファンアールト
「今日はステージ優勝が目標だった。確かにね。僕は勝ちたかったよ。だけど、何より大事なことはヨナスのマイヨ・ジョーヌだったんだ。最高だよ。素晴らしい1日だ!」(ファンアールト)
実は、このステージを取材していたプレス(取材陣)も彼らの涙に心を打たれていた。本来なら、毅然と仕事に向かっていないといけないのかもしれない。だけど、それをも超越したユンボ・ヴィスマのチャレンジ姿勢やワウトの涙、ヴィンゲゴーの歓喜は、レースに帯同してきた者の心までをも動かした。サイクルロードレースは人間味あふれるスポーツだと誰かが言ったけど、本当にそうなのだと思う。ツール・ド・フランスという特別なイベントに憑りつかれているからかもしれないけれど、2年前のあの日からここまでの彼らのストーリーは、誰がどうトライしたって書けないようなシナリオだ。だから、観る者の胸に響く。
3週間の旅に、終わりが近づいてきた。最後はパリ・シャンゼリゼへの帰還。長きフランス...いや4カ国の行脚をこなしてきた勇者たちの、栄えの行進だ。フィナーレは、スプリント決戦。スプリンターにして“世界スプリント選手権”と称する夢の一戦。マイヨ・ヴェールはワウトで確定しているので、純粋に、スプリンターたちが己の威信をかけて戦いに挑む。美しく、華やかに、ツール・ド・フランスの幕が閉まろうとしている。
●ステージ優勝、マイヨ・ヴェール ワウト・ファンアールト コメント
「とても感動しているよ。チームとしてツール・ド・フランスに勝つことは非常に特別なことだからね。こんな経験ができるなんて本当に信じられないよ。
今日はステージ優勝が目標だった。同時に、ヨナス(ヴィンゲゴー)がマイヨ・ジョーヌを守ることも願っていた。彼はメンタル的にも優れているから、ステージ2位になるのもまったく不思議ではないよ。
試走中から調子の良さを実感していたんだ。少なくとも、前日より状態は良かったよ。
この3週間は本当にタフだった。ここまで走り続けられたことに、チームの仲間みんなに感謝を伝えたいと思う。」
●マイヨジョーヌ、マイヨ・ア・ポワ ヨナス・ヴィンゲゴー コメント
「デンマークでの3日間で僕を応援してくれたみんなの声がモチベーションになったんだ。あの3日間から、信じられない3週間へと続いたんだね。自分が生まれ育った国からツールを出発させられたことは、生涯忘れないと思う。
ツールに勝ち、フィニッシュラインに到達し、家族に会えたことがとても感動的だった。彼女たちはいつも僕に寄り添ってくれるから、このような瞬間を共有したいと強く思っていたよ。
昨年の経験から、上のレベルで戦えることは分かっていた。ただ、実現させられるかどうかは別の話。いつかチャンスがやってくると思っていたけど、いざ達成してみたら驚きしかないんだよね。自信をもって走ることができていたし、ときどきイライラすることもあったけど、そんな時にいま一度“こんなときはどうしたら良い?”と自分に問いかけていたよ。
タデイ(ポガチャル)との関係は良好だよ。レース以外で顔を合わせることはないけど、互いをリスペクトしあえている。彼は世界最高のライダーだよ。きっと来年は勝つために戻ってくるだろうし、僕だってまた勝てるようにツールに臨むよ。自分が成し遂げたことは理解しているつもりだけれど、もっともっと勝ちたいんだ。まぁ、ひとまずはこの勝利を祝うことにするよ。」
●個人総合2位、マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル コメント
「結果は悪くないね。みんなも僕とは違うマイヨ・ジョーヌを見たかったんじゃない? それも含めて、ツール・ド・フランスは素晴らしいと思っているんだ。全力を尽くしたし、最高のライバルにも恵まれた。来年こそは勝ちたいね。
3週間を振り返ると、細かいミスが多かった。それらを洗い出して、修正を図っていかないといけないね。一番大きなミスは、やっぱりグラノン峠(第11ステージ)だよね。モチベーションが高すぎるあまり、自分自身を苦しめる結果になってしまったんだ。ユンボ・ヴィスマはいつだってスマートにレースを進めていたし、彼らの弱点を見つけ出すことができなかったよ。僕たちは大会に入ってから人数が減ってしまったり、開幕前に新型コロナウイルス感染してメンバーを外れた選手もいたんだ。来年こそもっとうまくいくようにしていきたいね。
僕はチャレンジするのが大好きなんだ。今回はヨナスに負けてしまったからね。これからのレースや来年のツールがとても楽しみだし、この敗戦を乗り越えてさらに勝てる選手になりたいと思っているよ。」
●個人総合3位 ゲラント・トーマス コメント
「このツールで何かをしたいと考えていた。昨年後半は結果が残せず、レースどころじゃない面もあったんだけど、今年に入ってからは自信をもって走るべきだと言い聞かせていたんだ。最高のレースができたと思うよ。とても楽しかったし、良い結果が得られたことに満足している。ツール出場は12回目だけど、これまでの中でも特にハードな大会だったんじゃないかな。
プロトンにしがみつきたいと思って走っていたし、その思いが総合表彰台につながったのだと思う。36歳という年齢が話題に上がることもあるけど、いまは40歳を過ぎてからも走る選手がいるくらいだから、コミットさえしていれば長く続けていけるのではないかな。サイクリングが大好きだし、情熱は持ち続けているんだ。」
第20ステージ結果
1 ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)in 47’59”
2 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)+0’19”
3 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)+0’27”
4 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+0’32”
5 フィリッポ・ガンナ(イタリア/イネオス・グレナディアーズ)+0’42”
6 バウケ・モレマ(オランダ/トレック・セガフレード)+1’22”
7 マッティア・カッタネオ(イタリア/クイックステップ・アルファヴィニル)+1’25”
8 フレッド・ライト(イギリス/バーレーン・ヴィクトリアス)+1’32”
9 マキシミリアン・シャフマン(ドイツ/ボーラ・ハンスグローエ)+1’37”
10 ヤン・トラトニク(スロベニア/バーレーン・ヴィクトリアス)+1’48”
個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)
1 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)in 76h33’57”
2 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)+3’34”
3 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+8’13”
4 ダヴィド・ゴデュ(フランス/グルパマ・エフデジ)+13’56”
5 アレクサンドル・ウラソフ(ロシア/ボーラ・ハンスグローエ)+16’37”
6 ナイロ・キンタナ(コロンビア/アルケア・サムシック)+17’24”
7 ロマン・バルデ(フランス/チーム ディーエスエム)+19’02”
8 ルイス・メインチェス(南アフリカ/アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)+19’12”
9 アレクセイ・ルツェンコ(カザフスタン/アスタナ・カザクスタン チーム)+23’47”
10 アダム・イェーツ(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+25’43”
ポイント賞(マイヨ・ヴェール)
ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)
山岳賞(マイヨ・ア・ポワ)
ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ、デンマーク)
ヤングライダー賞(マイヨ・ブラン)
タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)
チーム総合時間賞
イネオス・グレナディアーズ in 230h07’04”
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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