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第11ステージで勝利したヨナス・ヴィンゲゴー
6対6であり、1対1
「最後は、ただ、1人の人間同士の勝負になるだろう」(ヴィンゲゴー)
これはマイヨ・ジョーヌの力強い覚悟にも思える。わずか1日でプリモシュ・ログリッチとステフェン・クライスヴァイクという2人の重要なチームメイトを失ったヨナス・ヴィンゲゴーは、2022年ツール・ド・フランス3週目の最終局面で、タデイ・ポガチャルと孤独に渡り合う準備は出来ている。
第11ステージのユンボ・ヴィスマは、ずば抜けたチーム力を披露した。選手個々の際立つ実力と、高い結束力と、そして驚くべき作戦実行能力。たしかに本来の第1エースであるログリッチは、第5ステージに落車負傷し、多少の計画変更を余儀なくされたかもしれない。しかしチームの本拠地オランダが生んだヨハン・クライフのトータルフットボールに倣って、「トータルサイクリング」を提唱してきたイエロー軍団は、まさしく全員攻撃の哲学を体現した。
あの日マイヨ・ジョーヌを着ていたタデイ・ポガチャルを、攪乱させるための波状攻撃。計画は綿密に練られていたという。たとえば第1の指令は、2人が逃げること。スタートと同時にワウト・ファンアールトが前に飛び出した。その後に出来上がった20人の逃げ集団には、クリストフ・ラポルトも滑り込んだ。
第2の指令は、とてつもなく遠くから攻撃を始めること。本来ならばガリビエの麓から仕掛ける予定を、さらに早めた。ステージ半ばのテレグラフ峠で、突如として集団制御権をUAE・チーム・エミレーツからむしり取ると、ついにはティシュ・ベノートの猛牽引に乗ってログリッチが加速を切った。さらに山頂を越えてからは、前待ちしていたラポルトが高速ダウンヒルを敢行した。
ガリビエの上りに入ると、そのログリッチとヴィンゲゴーが順番にアタックを繰り出す。おそらくディフェンディングチャンピオンの性格を、巧みに突いたものだったに違いない。なにしろ保守的な態度やマイペース走法なんかでポガチャルが決して満足するはずもなく……自らも進んでアタック合戦に加わるのは火を見るより明らかだった。
「僕が全力で10回スプリントをしたとして、ヴィンゲゴーとログリッチは5回ずつ。つまり僕の半分だけで良かったんだ。ガリビエで僕のやったことは、いわゆるちょっとした自殺行為だった」(ポガチャル)
イケイケで攻めたてたポガチャルは、標高2600mを超える山道で、一時はヴィンゲゴーと2人きりで先行さえ始めてしまったことさえも。
ユンボの術中にはまり脚を使うポガチャル
この日最後のグラノン峠に挑みかかる頃には、ポガチャルを側で支えるアシストは、ラファウ・マイカひとりだけになっていた。そもそも開幕時に7人いたチームメイトのうち、すでに2選手が新型コロナウイルス陽性で大会を去った後で、さらに2選手がテレグラフであっという間に最終グルペットへと押しやられた。一方でヴィンゲゴーの脇は、いまだログリッチにステフェン・クライスヴァイクにセップ・クスががっちり固めていた。ガリビエ山頂からの下りを利用して……ワウトがクライマー勢をまとめて前へと引き戻したからだ。
「計画していた以上にすべてが上手くいった。僕らは信じられないようなチームパフォーマンスを発揮した」(ログリッチ)
ユンボの計画を成功へと導いた最大の要素は、もちろん「ヴィンゲゴーの脚」に他ならない。残り4kmで強烈なアタックを打つと、すでに70kmにも渡って揺さぶり続けてきたポガチャルに、とうとう止めを刺した。「突如として調子が落ちた」23歳から、大量タイムを奪い去ると共に、黄色い衣をむしり取った。
極めてクリエイティブなトータルサイクリングを実践した翌日には、ユンボは真逆のカテナチオを決め込んだ。ワウトもログラもひたすら手堅い集団制御に努めた。ラルプ・デュエズの山道では、クスが淡々と、しかし高速でテンポを刻んだ。こんな厳重な守りを、それでもポガチャルは打ち破ろうと試みた。ただ総合で2分22秒のリードを有するヴィンゲゴーは、ライバルの後輪に飛び乗るだけで良かったし、そもそも逃げをあえて見逃したおかげで、山頂スプリントでボーナスタイムを奪い取られる心配すらなかった。
第14ステージのスタート直後にも、マンドの激坂フィニッシュ間近でも、ポガチャルは鍵をなんとかこじ開けようとあがいている。やはりユンボとヴィンゲゴーの厳重なディフェンスラインを、強硬突破することは不可能だった。
「ポガチャルが仕掛けてくるだろうことはよく分かっていた。チャンスと見るや否や、彼はアタックしてくるはずだ。さもなければ僕は逆にびっくりするだろうね」(ヴィンゲゴー)
ところが、大会第2週目最後の日、ユンボ・ヴィスマの内部バランスが崩れた。ステージの朝には、満身創痍で戦い続けてきたログリッチが、チームの掲げる「黄色と緑の野望」が叶えられつつあることを確信しながら大会を離れ、ステージ中の落車でクライスヴァイクが即時リタイアに追い込まれた。つまり2人のクライマー、2人のベテラン、2人のグランツール表彰台経験者をユンボは一気に失ったことになり、これは同時にポガチャルのUAEと同じく6人で大会最終週へと乗り込むことを意味する。
「サポート役を失うのは、決してありがたいことではない。それでも僕らは最高に強いチームだし、ただベストを尽くすだけ」(ヴィンゲゴー)
そんなヴィンゲゴーもまた、ベノートと共に地面に転がり落ちた。前夜にポガチャルが「僕らの作戦は、ヴィンゲゴーとユンボにストレスをかけていくこと」とコメントしていたが、まるでそんな言霊に操られてしまったかのようだった。
幸いにもマイヨ・ジョーヌにほとんど怪我はなかったし、すぐに助けに駆け付けたチームメイトたちの尽力により、早々にメイン集団復帰を果たした。それでも、ほんの4日前に「伝説級」と絶賛されたばかりのユンボ・ヴィスマのレース運びは、途端に疑問と批判の渦に巻き込まれた。ログリッチの早期リタイアを許したのは間違いではなかったのか、マイヨ・ヴェールぶっちぎり首位のワウトが落車したヴィンゲゴー補佐の最中に中間ポイント収集に向かう必要はあったのか、そもそもスプリント勝利を獲りに行ったワウトが落車に巻き込まれリタイアしたら一体どうするつもりだったのか……etc。
だからこそ大会2度目の休息日に、ファンアールトは自らの口でこうはっきりと宣言した。
ワウト・ファンアールトとヴィンゲゴー
「この先最も大切なのはヨナスのイエロージャージ。僕の個人的な野心は、週末の個人タイムトライアルとパリの最終日フィニッシュに果たしに行く。だけど、それまでは、黄色優先だ」(ファンアールト)
6人に数を減らしたユンボ・ヴィスマの、これはチームとしての意志でもあるはずだ。悲願のマイヨ・ジョーヌを……2年前は最終日前夜に手放した大切なジャージを、今度こそ絶対にパリまで持ち帰らねばならない。
ただ同時にワウトはこうも付け加える。すべてはヨナスの脚にかかっている……と。
どれほどチームが一丸となってエースを支えても、たとえユンボ・ヴィスマが自転車競技のチームプレーの威力を最大限に発揮しようとも、やはり最後は、ただ、1人の人間同士の勝負なのだ。ヴィンゲゴーとポガチャルの一騎打ち。ピレネー最終3連戦の幕が開ける。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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