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【ツール・ド・フランス2022 レースレポート:第10ステージ】ツールのニュースター誕生! 2つ目の成功つかんだマグナス・コルト「自分でもすごいことをしたと思っているよ!」
ツール・ド・フランス by 福光 俊介マグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)
ツール・ド・フランス2022における、「3人目のスター」が決まった。1人目、2人目は説明無用だろう。タデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)とワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)。第1週から話題を占めた2人に続き、“今大会の顔”となるのはマグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)だ。
最大25人の逃げがレースを先行した第10ステージ。最後までもつれにもつれたステージ優勝争いは、フィニッシュ手前の急坂を待って加速したコルトが、ニック・シュルツ(チーム バイクエクスチェンジ・ジェイコ)との写真判定の末、2018年大会第15ステージ以来となる、ツール通算2勝目をつかんだ。
「世界最大のレースで、これまでも勝利を求めてきた。僕のようなタイプのライダーがキャリア通じて2勝目を挙げるなんて...自分でもすごいことをしたと思っているよ!」(マグナス・コルト)
7月11日に1回目の休息日(同4日は移動日の扱い)を過ごしたツール一行。選手たちは軽めのライドや取材対応をしながらも、レースのない1日をゆっくりと過ごした。身も心もリフレッシュして迎える第10ステージ。ここから、アルプス3連戦の始まりだ。
その初日は休み明けということもあり、主催者側が“軽め”のコースをセッティング。距離も148.1kmと短めで、あくまでも翌日からの超級山岳へ向けたウォーミングアップという位置づけだ。
とはいっても、プロトン総じて“ウォーミングアップ”としてしまうと、一部のライダーたちに怒られてしまう。「今日こそがねらい目だ」とばかりに、手を変え品を変え前線を狙う選手たちだって存在する。
このステージ未出走の4選手のうち、ルーク・ダーブリッジ(チーム バイクエクスチェンジ・ジェイコ)とジョージ・ベネット(UAEチームエミレーツ)は、新型コロナウイルス陽性が明らかになり大会を去った。前々日、選手を対象にした検査では全員が陰性だったが、日々激動する感染状況にいつ誰がレースを去っても不思議ではない空気が漂っている。
そんなショックがありつつも、プロトンは前へ進む。やはり、逃げを狙う選手たちがリアルスタートから大勢アタックした。考えることはみんな同じだから、前に行きたい選手とそれを阻止したい選手とのせめぎあいは激しくなるばかり。50kmを過ぎるあたりまで攻防は続き、ディラン・ファンバーレ(イネオス・グレナディアーズ)の仕掛けが利いてようやくレースが落ち着いた。
リーダーチームのUAEチームエミレーツがすぐにメイン集団の統率を始めて、25人の先頭グループとの差を意識的に拡大させていく。前線に入った選手のうち、レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)は、マイヨ・ジョーヌのポガチャルから総合タイム差8分43秒差の21位につける。先を急ぎたい逃げと、静かな1日にしたいメイン集団。やがてケムナはバーチャル・マイヨ・ジョーヌとなった。
逃げ切り可能なムードが漂い始めた残り60kmでは、ピエール・ロラン(B&Bホテルズ・カテエム)とフレッド・ライト(バーレーン・ヴィクトリアス)が一時的にリードし、彼らに代わってアルベルト・ベッティオル(EFエデュケーション・イージーポスト)が独走を図った。
30秒ほどのリードを得たベッティオルだったが、その矢先、レースに水を差す事態が起こる。フィニッシュまで36kmを残したポイントで、7人の男女がコース中央に座り込むデモ行為を起こした。彼らは発煙筒を焚き、辺り一面真っ赤な中にベッティオルが突っ込んでしまった。幸い落車はなく、侵入者をかわしたものの、スピードに乗っているタイミングだっただけに、コミッセールから止まるよう指示されたときには少々立腹の様子だった。コース上の安全が確保されるまで数十分、レースは中断。なお、デモ行為に走ったのは「モンブランの環境を守る」との名で活動している者たちだという。
仕切り直して逃げを続けたベッティオルだったが、追走メンバーたちもフィニッシュ地ムジェーヴへの上りが始まったところでスピードアップ。残り10kmに前後して10人が追いつき、最終盤の戦いへ。この段階でメイン集団とは9分近い開きがあり、ステージ優勝は先頭11人の中から決まるムードが色濃くなっていた。
この中から、先手を打ったのはルイスレオン・サンチェス(バーレーン・ヴィクトリアス)だった。プロ19年目のベテランは、この日最後のカテゴリー山岳である2級の上りを独走。ただ、ひとりで逃げ切るには力及ばず、残り2kmでシュルツとマッテオ・ヨルゲンセン(モビスター チーム)が合流。さらに、残り1kmでファンバーレが追いついた。これで、先頭4人がステージ優勝を争うと、見ていた誰もが思ったことだろう。
大きな局面は最後の最後に残されていた。最終コーナーを抜けて、フィニッシュまで450m。ムジェーヴ空港滑走路の直線で、猛然と迫った5人が前を行く選手たちを飲み込んだのだ。これで形勢は一変。バンジャマン・トマ(コフィディス)が第8ステージに続いて早掛けに打って出るも失敗。この流れからサンチェスが再び先頭に出るが、残り100mでシュルツが追い抜く。そこで勝負あり...かと思われた。
最後の75m。終盤20kmで、最も急勾配なのがこのフィニッシュ前だった。そこをピンポイントで狙っていたかのように、コルトがスプリントを開始した。シュルツを完全には抜き切れず、2人並ぶようにしてフィニッシュラインを通過。勝敗は写真判定にゆだねられると、数分してコルトの勝利が発表された。その差、タイヤ1本分である。
僅かな差で勝利を掴んだコルト
「最後の1kmで何度も遅れそうになったけど、どうにか持ちこたえることができた。逆に、スプリントではしっかり前が見えていて、ツール・ド・フランスのアーチが目に入った時に“これは勝った!”と確信したんだ」(コルト)
これでツールでは2勝目。前回の勝利は2018年大会の第15ステージだった。それから今まで、ブエルタ・ア・エスパーニャでの同一大会3勝(2021年)など派手な活躍もあったが、内心はツールで再度成功することを夢見ていたという。
「ツール初出場だった2018年に成功を収めたものだから、どこか“今後も勝てる”という自信があったんだ。でも時間がかかってしまったね。ツールに出ては“またやり直し”を繰り返していたけど、やっと挑戦を成功させられたよ。またトライするかって? もちろんだよ!」(コルト)
自国デンマークで開幕した今大会。序盤の3ステージのヒーローは、まぎれもなく彼だった。連日の逃げで山岳ポイントを積み重ね、マイヨ・ア・ポワで地元ロードを快走した。沿道の大歓声に笑顔を振りまき、勝負と関係のないところでスプリントしてみせるパフォーマンスもみんなの喜びを呼んだ。日に日に周囲のマークが厳しくなり、逃げられなくなっているうちに水玉のジャージは失ったが、ここまで取り組んできたことはすべて“成功”だと言い切る。
「生まれ育った国でツール・ド・フランスを走り、逃げられたことは大成功だった。勝てなかったのに成功かだって? いや、勝利とはまた別の成功だよ。だって、地元ライダーがトップを走ることでみんなどれだけ喜んだと思う? しかも僕はマイヨ・ア・ポワを着たんだ。それだけで、僕のツール・ド・フランスは大成功なんだよ」(コルト)
デンマークでのファンキーな姿が「1つ目の成功」だとするなら、このステージ優勝は「2つ目の成功」だ。何度もアタックし、観る者を喜ばせるパフォーマンスを繰り出し、やがて勝利する。マグナス・コルトは、どう考えても“ツール・ド・フランス2022のスター”である。
ところで、EFエデュケーション・イージーポストはこの日の朝、スタート会場入りする際にチームバスが軽い事故を起こしてしまった。バスのリペアは必要だが、幸いけが人が出るようなものではなかった。もっとも、選手たちの大活躍で、ちょっとばかりの悲しみはきっとかき消されているはずだ。コルトのステージ優勝だけでなく、途中で魅せたベッティオルも敢闘賞を獲得した。チームのムードがパッと明るくなったところで、チームスタッフは急ぎ修理の手配をしていることだろう。
一方で、ほんのわずかの差で勝てなかったシュルツは、当然のことながらがっかりである。ステージ優勝に迫ったことに喜びを覚えつつも、やっぱり悔しさが覆いかぶさってくる。
「完璧なレースだったよ。最後の100mまではね。ツール・ド・フランスのステージ2位だからね。喜んで良いとは思うよ。でも負けは負け。もう一度挑戦するしかないことは分かっているさ」(ニック・シュルツ)
“もうひとつのレース”になったメイン集団は、終始UAEチームエミレーツがイニシアティブ。最後になってユンボ・ヴィスマも前を固めたが、あくまで確実にフィニッシュへ到達するためのアクションに過ぎなかった。
だけど、このステージでもポガチャルがスプリント。今度は個人総合2位のヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)に限らず、他の上位選手たちもきっちりとチェック。タイムを失った前々日の二の舞は避けたのだった。
レース前にワウトと挨拶をかわすポガチャル
「今日はまったくストレスがなかったよ。レースすべてをコントロールできたし、脚の調子も悪くない。まずはマイヨ・ジョーヌで明日のステージを迎えられることを喜びたい」(タデイ・ポガチャル)
タイム差次第では、イエローのジャージをケムナに譲る可能性もあったが、ステージ10位だった彼とは8分32秒差でのフィニッシュ。11秒、ポガチャルが総合タイムで上回った。逃げメンバーで駆け引きが繰り返される中、マイヨ・ジョーヌにフォーカスしていたケムナだけは懸命にグループを引いたけど、それは実らなかった。
「当初の目標はステージ優勝だったからね。でも、僕にマイヨ・ジョーヌの可能性があると分かってから、グループの雰囲気が一変した気がするんだ。誰も先頭交代をしてくれなくなって、みんなが僕に逆らっているような感じだった。ステージ優勝は残り3kmであきらめてマイヨ・ジョーヌのために走ったけど...」(レナード・ケムナ)
休息日には“予告通り”ヘアカットして、さっぱりしたポガチャルは、トップの座を維持して大会の肝となるアルプスの本格山岳ステージへと向かう。第11ステージで立ちはだかるは、1級山岳テレグラフ峠、今大会最高標高地点2642mの超級山岳ガリビエ峠、そして超級山岳グラノン峠。それを前に、ポガチャルと個人総合2位へ急浮上したケムナとは前述の通り総合タイム11秒差。順位こそ下げたもののヴィンゲゴーは39秒差でこれまでと変わらず。1分17秒差でゲラント・トーマス、1分25秒差でアダム・イェーツのイネオスグレナディアーズ勢、1分38秒差でフランス期待のダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ)と続く。
ここまではポガチャルの強さが確かに際立っているが、チームはすでに選手を2人欠いており、アシストは手薄になりつつある。これが次ステージ以降にどう作用するだろうか。とにもかくにも、ツール・ド・フランス真の戦いは、ここからである。
●ステージ優勝 マグナス・コルト コメント
「最後の上りは限界に達していたんだ。ベッティオルがとても強くて、長い時間独走してくれたおかげで、僕はエネルギーを温存できた。先頭グループから2回遅れかけたけど、どうにか踏みとどまれた。最後は運が誰よりも勝っていたのだと思うね。
ツール・ド・フランスで勝つことほどサイクリストにとって最高の栄誉。初出場だった2018年に1勝したけど、またこの喜びを味わうことができたんだ。これからもチャレンジしていきたいね。」
●マイヨ・ジョーヌ、マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル コメント
「チームメイトを書くことはとても悲しいことだ。ジョージ・ベネットがレースを去らないといけないのはとても残念。体調が回復することを祈っているよ。
モチベーションは何ひとつ変わっていない。勝つために走り続けるつもりだよ。
ケムナがマイヨ・ジョーヌに迫ったことはとても素晴らしいことだね。彼は山岳逃げのスペシャリストで、世界最高レベルのライダーなのは分かっている。マイヨ・ジョーヌが彼に渡るかもしれなかったけど、メイン集団も終盤にかけてペースが上がったので、僕がジャージをキープすることになった。このジャージで最難関のアルプスステージを走れるので、いまからとても楽しみだよ。」
●ステージ敢闘賞 アルベルト・ベッティオル コメント
「素敵な賞を手にしたよ。ツール・ド・フランスに出場していることを実感させてくれる良いプライズだね。この大会はサイクリストにとって特に重要で、最も美しく、魅力いっぱいのレースだ。僕自身調子の良さを感じているし、昨日(休息日)はリフレッシュできた。
この先のステージでも逃げにトライしていくつもりだよ。今日よりもっと運が味方してくれると良いなと思っている。今日はマグナス(コルト)のために走ることができて、さらには彼が勝ってくれた。次は僕が勝つ番になると最高だね。」
●ステージ3位 ルイスレオン・サンチェス コメント
「逃げている間はチームカーからの情報に注視していた。走っていて勝てそうな感触があったのだけど、結果的に僕より強い選手がいたね。これが5年前だったらイメージ通りの走りで勝てていたかなと思うのだけれど…勝つことが難しい年齢(38歳)に差し掛かっていることを実感しているよ。でも、今日のようなレースは勝たないといけなかった。この先も挑戦を続けていくとするよ。」
●ステージ5位 ディラン・ファンバーレ コメント
「総合成績を狙うチームにいるから、自分のために走れる数少ないチャンスだった。ピッポ(フィリッポ・ガンナ)と一緒に逃げに入るのが理想だと考えていたから、望み通りのレース展開だった。逃げメンバーにクライマーがいなかったことも、僕たちの士気を上げたね。
先頭グループでは、意識的に後ろに位置する時間を長めにとったりして、他選手の動きをチェックしながら走っていたんだ。あとは逆風が強めだったので、それを避ける意味合いもあった。残り1kmでのアタックは戦術としては間違っていなかったと思うが、周りにいた選手たちが強く、簡単に追いつかれてしまった。そこで今日の勝負は終わってしまったよ。
明日から2日間は山岳でサポートに徹するつもりだよ。本来僕がツールメンバーに招集された理由がそこにあるからね。今日のステージ優勝争いを楽しめたように、山岳での役割にも自信を持って臨みたい。」
●トップから31分6秒でステージ最終走者に カレブ・ユアン コメント
「脚が痛くて、時間内に完走するのが精いっぱいだった。長い時間ペースメイクしてくれたチームメートにありがとうと言いたい。
体調を崩したとか、怪我をしているとかではない。単に、休息日明け初日で体が動かなかったことが大きな要因だと感じている。
今日のような走りだと、明日からのステージが不安になってしまうね。あまり自信がないんだ。でも、ツールのようなレースでは突然調子が上がってくることもあるから、明日は復調していることを願うだけだよ。」
第10ステージ結果
1 マグナス・コルト(デンマーク/EFエデュケーション・イージーポスト)in 3h18'50"
2 ニック・シュルツ(オーストラリア/チーム バイクエクスチェンジ・ジェイコ)ST
3 ルイスレオン・サンチェス(スペイン/バーレーン・ヴィクトリアス)+0'07"
4 マッテオ・ヨルゲンセン(アメリカ/モビスター チーム)+0'08"
5 ディラン・ファンバーレ(オランダ/イネオス・グレナディアーズ)+0'10"
6 ゲオルク・ツィマーマン(ドイツ/アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)+0'15"
7 バンジャマン・トマ(フランス/コフィディス)+0'18"
8 アンドレアス・レックネスン(ノルウェー/チーム ディーエスエム)+0'20"
9 フレッド・ライト(イギリス/バーレーン・ヴィクトリアス)+0'22"
10 レナード・ケムナ(ドイツ/ボーラ・ハンスグローエ)ST
個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)
1 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)in 37h11'28"
2 レナード・ケムナ(ドイツ/ボーラ・ハンスグローエ)+0'11"
3 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)+0'39"
4 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+1'17"
5 アダム・イェーツ(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+1'25"
6 ダヴィド・ゴデュ(フランス/グルパマ・エフデジ)+1'38"
7 ロマン・バルデ(フランス/チーム ディーエスエム)+1'39"
8 トーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+1'46"
9 エンリク・マス(スペイン/モビスター チーム)+1'50"
10 ルイスレオン・サンチェス(スペイン/バーレーン・ヴィクトリアス)ST
ポイント賞(マイヨ・ヴェール)
ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)
山岳賞(マイヨ・ア・ポワ)
シモン・ゲシュケ(ドイツ/コフィディス)
ヤングライダー賞(マイヨ・ブラン)
タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)
チーム総合時間賞
イネオス・グレナディアーズ in 111h29'14"
敢闘賞
アルベルト・ベッティオル(イタリア/EFエデュケーション・イージーポスト)
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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