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【ツール・ド・フランス2022 レースレポート:第9ステージ】4年前のリエージュをはるかにしのぐ独走劇 ロード王国の伝統守ったユンゲルス「自分のしたことに押しつぶされそうだよ!」
ツール・ド・フランス by 福光 俊介表彰台で拳を突き上げたボブ・ユンゲルス
古くはシャルリー・ゴール、この15年ではキム・キルシェン、フランクとアンディのシュレク兄弟。小国でありながら、隣国フランス、ベルギー、オランダに負けず劣らず、ロードレース王国としての歴史を築いてきたルクセンブルク。彼らの系譜をたどる29歳のボブ・ユンゲルスが、延べ65kmにわたる独走劇を演じた。
「自分がしたことに押しつぶされそうだよ(笑)。とてつもなく大きなことを僕やチームは求めていたんだ。それがステージ優勝という形になって残せたことが何よりもうれしいよ」(ボブ・ユンゲルス)
前日に今大会4カ国目となるスイスに入国したプロトンは、アルプスへの足掛かりとして同国内を巡るルートをとった。UCI(国際自転車競技連合)の本部が置かれるエーグルを出発し、前半戦はレマン湖を見ながら。中盤戦からはスイスアルプスの山々を越えて、最後にフランスへ帰還する。
今大会は全体的に新型コロナウイルス対策がさほど厳しくないのだけれど、感染拡大が広がるヨーロッパとあって、選手にも波及し始めている。前夜には総合系ライダーの1人、ギヨーム・マルタン(コフィディス)の感染が確認され、大会とUCIのプロトコルによりレースから除外されることになった。チームを去る姿は現地テレビでも取り上げられ、本人はさして落ち込んだ様子は見せていなかったけど、彼に期待をしていたフランス国民は相当に悲しんだことだろう。
美しい景色を走るプロトン
レマン湖のほとりまでは逃げが決まらずに進んだレースは、中間スプリントポイントが置かれた56.5km地点を前に先行メンバーが固まった。そこにはポイント賞のマイヨ・ヴェールを着るワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)も乗車。前日ステージの勝者は、大事なポイントをゲットしつつ、ヨナス・ヴィンゲゴーとプリモシュ・ログリッチの総合成績のために仕事をまっとうする構えだ。
メイン集団に対してじわりじわりとリードを広げた先頭グループに変化が生じたのは、この日3つ目となる上りの1級山岳コル・ド・ラ・クロワでのことだった。ピエール・ラトゥール(トタルエナジーズ)のアタックに呼応したユンゲルスがそのまま先頭に立ったのは、残り65kmでのこと。ここの頂上に向けてはシモン・ゲシュケ(コフィディス)が追いかけて、一時的にユンゲルスの前に出たものの、山岳ポイントを獲得したまで。その後の下りで再びユンゲルスが単独先頭に立つと、長いひとり旅が始まった。
「早めに仕掛けたいと考えていたんだ。昨日は上りスプリントで負けていたので、今度はひとりで行ってみようと思ってね」(ユンゲルス)
その言葉通り、後ろの選手たちを待つことはしなかった。長い下りの後の平坦区間でリードを広げて、最大の難所である1級山岳パ・ド・モルジャンへと入っていく。
ただ、状況がそのまま推移するはずがなかった。追走していたメンバーから、ティボー・ピノ(グルパマ・エフデジ)がアタック。1分以上あったユンゲルスとの差は、あっという間に数十秒。そこから、両者の追いかけっこが始まった。
ユンゲルスを追いかけるティボー・ピノ
「攻撃しないと何も起きない。だから実行に移したんだ。少しばかりサスペンスのあるレースになったんじゃない?(笑)。僕にとってはとても刺激的なレースだったよ」(ティボー・ピノ)
フランスへ帰る日だ。いの一番に帰還しようではないか!...とばかりに、上りを攻めたピノは、頂上でユンゲルスに10秒まで迫った。見ていた誰もが、「ピノがユンゲルスに追いつく」そう思ったはずだ。
だけど、下りで勢いづいたのは逃げる側だった。テクニカルなコーナーを安定してクリアしていくと、フィニッシュまで続く緩やかな上りでもしっかりとしたペダリング。かたや、追う側はいささか失速気味。追いかけっこの軍配は、逃げる側に上がった。
苦しさでゆがんだ表情は、最後の直線を迎えて笑顔に。29歳、ボブ・ユンゲルスのツール・ド・フランス初勝利は、長く、鮮やかな独走で決めた。
「これが僕のレーススタイルだし、勝ちバターンだよ。リエージュ~バストーニュ~リエージュで勝った時のことを思い出したよ。」(ユンゲルス)
思えば、2018年のリエージュでは、当時チームメートだったジュリアン・アラフィリップ(当時クイックステップフロアーズ)にマークが集中する中をかいくぐって、最後の18kmを独走したのだった。それを思い出したという彼だけど、今回は約65kmをひとりで走り抜いたのである。その価値は大きい。
それに、ここ数年は苦難の連続だった。怪我や故障で戦線を離脱することも長く、昨年はアムステルゴールドレースで頭部を負傷。腸骨動脈の異常にも見舞われた。
「今日が苦労から脱却した記念日だ。調子が悪くても普段と変わることなく信頼をし続けてくれたチームやみんなに改めて感謝を伝えようと思う」(ユンゲルス)
両手を広げてフィニッシュするユンゲルス
伝統国ルクセンブルクとしても、2011年のガリビエ峠で勝ったアンディ以来、実に11年ぶりのツール勝利だった。
前を捕らえられなかったピノだけど、“負け方”もやっぱり華があるというべきか。フィニッシュまで1.5kmを切ったところで負けを悟ったのか、あきらめの表情を浮かべるや一気にペースを落としてしまった。いや、あきらめたわけじゃないのかもしれない。だけど、彼ほど勢いが走りと表情にはっきりと表れる選手もそうそういない。パ・ド・モルジャンで見せた鬼気迫る姿は、最終局面で灯が消えるように沈んだ。それでも、ステージ敢闘賞は手に入れた。
「全力を尽くしたよ。まったく後悔していない。今日はユンゲルスが一番強かったし、彼は下りが得意だからね。最後の数キロは彼の方が有利だったよ。」(ピノ)
今大会はアルプスステージに照準を定め、山岳賞を狙うと公言するフランスの至宝。必ずやチャンスがやってくるはずだ。
さて、個人総合上位陣が含まれたメイン集団はどうだったかというと、リーダーチームのUAEチームエミレーツの徹底コントロールによって、大きな変動なく1日を終えている。最後だけ、マイヨ・ジョーヌが“またまた”スプリントに出て、ライバルから3秒奪ったが...。これに反応できたのは、現在の対抗馬一番手であるヴィンゲゴーだけだった。
「集団内で起きるアタックに注意を払っていたんだ。ただ、チームメートがとても強く、思い通りのペースで最後まで走り続けられたよ。これで、マイヨ・ジョーヌのまま休息日を迎えられるね。気分が良いし、これからやってくるハードな日々に向けて髪を切ろうと思っているんだ(笑)」(タデイ・ポガチャル)
第2週の始まりから、アルプスでの3連戦である。ヘアカットをしてさっぱりした若き王者は、ほんの少しばかり軽くなってどんな走りを見せるのだろうか。その前に、新しい髪形もチェックしておかねば!
毎日スタート前のパドックでは家族との時間を過ごして英気を養うヴィンゲゴーは、総合タイム差39秒で第1週を乗り切った。ゲラント・トーマスとアダム・イェーツのイネオス・グレナディアーズコンビ、ピノから総合の座を託されているダヴィド・ゴデュ(グルパマ・エフデジ)にも、ジャンプアップの可能性はまだまだある。きっと、第2週もドラマに満ちたステージが連続するはずだ。
と、その前に休息日。アルプスの秀峰に思いを馳せつつ、選手も、大会関係者も、そしてわれわれ取材陣も、静かな1日を過ごすのである。
●ステージ優勝 ボブ・ユンゲルス コメント
「言葉にならないくらいうれしいよ。ツール・ド・フランスのステージ優勝は、苦しい時期を乗り切った先の夢でもあった。僕だけじゃなく、チームもみんな幸せだと思う。
最後の数キロは永遠に続くのではないかと思うくらい長かった。勝利は目前だったし、集中力を保つんだと言い聞かせた。独走は僕が一番好きな勝ち方なんだ。」
●マイヨ・ジョーヌ、マイヨ・ブラン タデイ・ポガチャル コメント
「チームメートのサポートのおかげで、とても良い1日を過ごすことができたよ。今日の計画としては、レース全体をコントロールすることだった。強い選手が逃げグループを形成したのでレース前半は大変だったけど、少しずつ計画通りになっていった。
マイヨ・ジョーヌのまま休息日を迎えられてうれしいよ。第2週? 自信もやる気も満ち溢れているよ!」
●マイヨ・アポワ シモン・ゲシュケ コメント
「ギヨームの大会離脱は本当にショッキングだった。チームの士気にも影響したよ。彼は僕たちのリーダーだったんだ。彼が走れないと知った時はとても落ち込んだよ。そこからは、ヨン(イサギレ)と僕とで何かチャンスを得ようと考えたんだ。
いざスタートしてみたら、逃げたところでメイン集団との差は小さかったし、ヨンの調子もイマイチだった。ステージ優勝は現実的じゃなかったので、山岳賞にフォーカスすることにしたんだ。
ツールのスペシャルジャージは僕の夢だった。これをどこまで着ていられるかは分からないけど、最善を尽くすよ。」
●マイヨ・ヴェール ワウト・ファンアールト コメント
「もともとは逃げに入るつもりはなかった。ただ、逃げグループを追おうとした数人の中にブランドン・マクナルティ(UAEチームエミレーツ)がいたから、すぐにチェックしに行ったんだ。彼の動きを見ながら走っているうちに先頭グループに入っていた、というのが実際のところ。正直今日は勝負できる脚がなかった。前の方でレースを進めただけでもう十分だよね(笑)。
第1週を振り返って思うのは、暑さと速さだけ。みんな常に100%の力で走っているのではないかと思わされるくらいだよ。」
●個人総合2位 ヨナス・ヴィンゲゴー コメント
「やっと休めるよ! 第1週は大変だったし慌ただしかった。ツールは残り2週間。計画していることはたくさんあるけど、できることが限られていることも分かっている。注意したいのはバッドデイだ。たった1日ですべてが台無しになってしまうからね。でも、タデイ(ポガチャル)にそんな日はないのだろうね。そう思うくらい彼は強いよね。
COVID-19の影響はいまのところないけれど、他チームではレースを去っている選手もいる。いつ感染してもおかしくはないので、そうならないことを祈っているよ。」
●グルパマ・エフデジ チームマネージャー マルク・マディオ コメント
「今日はティボー(ピノ)向きのレイアウトではなかった。どちらかといえば、ボブ・ユンゲルスに有利だっただろうね。でも、ティボーは今日よく走ってくれた。復活したと言っても良いと思う。このツール期間中、彼が先頭を走る姿がまだまだ見られるはずだよ。」
第9ステージ結果
1 ボブ・ユンゲルス(ルクセンブルク/アージェードゥーゼール・シトロエン チーム)in 4h46'39"
2 ジョナタン・カストロビエホ(スペイン/イネオス・グレナディアーズ)+0'22"
3 カルロス・ベローナ(スペイン/モビスター チーム)+0'26"
4 ティボー・ピノ(フランス/グルパマ・エフデジ)+0'40"
5 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)+0'49"
6 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)ST
7 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+0'52"
8 アダム・イェーツ(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)ST
9 エンリク・マス(スペイン/モビスター チーム)
10 ナイロ・キンタナ(コロンビア/チーム アルケア・サムシック)
個人総合時間賞(マイヨ・ジョーヌ)
1 タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)in 33:43'44"
2 ヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク/ユンボ・ヴィスマ)+0'39"
3 ゲラント・トーマス(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+1'17"
4 アダム・イェーツ(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+1'25"
5 ダヴィド・ゴデュ(フランス/グルパマ・エフデジ)+1'38"
6 ロマン・バルデ(フランス/チーム ディーエスエム)+1'39"
7 トーマス・ピドコック(イギリス/イネオス・グレナディアーズ)+1'46"
8 エンリク・マス(スペイン/モビスター チーム)+1'50"
9 ニールソン・ポーレス(アメリカ/EFエデュケーション・イージーポスト)+1'55"
10 ナイロ・キンタナ(コロンビア/チーム アルケア・サムシック)+2'13"
ポイント賞(マイヨ・ヴェール)
ワウト・ファンアールト(ベルギー/ユンボ・ヴィスマ)
山岳賞(マイヨ・アポワ)
シモン・ゲシュケ(ドイツ/コフィディス)
ヤングライダー賞(マイヨ・ブラン)
タデイ・ポガチャル(スロベニア/UAEチームエミレーツ)
チーム総合時間賞
イネオス・グレナディアーズ in 101h14'46"
敢闘賞
ティボー・ピノ(フランス/グルパマ・エフデジ
文:福光 俊介
福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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