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サイクル ロードレース コラム 2012年7月9日

ツール・ド・フランス2012 第8ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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衝撃の翌日に

フランスのスポーツ紙レキップは「軍隊」と呼んだ。TV解説を務める元名選手ローラン・ジャラベールは「戦車」と称した。スカイプロサイクリングが驚異的な山岳トレインを走らせたあとには、誰もが同じような印象を得たようだ。もちろん指揮官はブラドレー・ウィギンス。部下たちに的確な命令を下し任務を遂行した。輝くお日様色のマイヨ・ジョーヌを身にまとい、ついにプロトン内の大将となった。

そのウィギンスに言わせると「まるでジュニアレースのように」アタックの乱れ打ちとなった今ステージは、慎重に逃げメンバーを厳選すると、マイヨ・ジョーヌの特等席に座って戦いの様子を見守っていた。

逃げ切りが決まる。誰もが確信していた。前日の山頂ゴールと、翌日の個人タイムトライアルに挟まれたこの日は、総合勢はそれほど無茶をしないだろうと考えられていたからだ。行く手に7峠が立ちはだかるのは確かに厳しいが、ステージ距離が短いのも逃げ向きだった。大会も3分の1を終えたというのに、いまだエスケープが許されずにイライラがつのっていたゲリラ兵たちは、スタート直後から激しいアタック合戦を繰り広げた。実に1時間以上に渡って!

口火を切ったのはイェンス・フォイクト(レディオシャック・ニッサン)とシルヴァン・シャヴァネル(オメガファルマ・クイックステップ)。そこから有名無名の数十人が次々と自らのチャンスを探しに飛び出した。落車と山で苦しめられ、総合争いから脱落しつつあるロバート・ヘーシンク(ラボバンク サイクリングチーム)やアレハンドロ・バルベルデ(モヴィスター チーム)さえも、浮上のきっかけをつかもうとした。

……そのバルベルデは、不運にも、またしても落車の犠牲となった。ようやく逃げ集団が前方へ遠ざかりつつあったその時だ。バルベルデとセドリック・ピノー(FDJ・ビッグマット)、トマ・ヴォクレール(チーム ユーロップカー)、サムエル・サンチェス(エウスカルテル・エウスカディ)が地面に転がり落ちた。下敷きになったサンチェスが一瞬意識を失ったほど、衝撃は激しかった。結果、サンチェスは左肩と右手を痛めて即時リタイア。北京五輪チャンピオンの、黄金色のヘルメットやシューズは、残念ながらここで見納めとなってしまった。

スタートから猛アタックを繰り返すこと約50km。ついに23選手が、エスケープの権利をもぎとった。

もう1人の22歳

プロトン内にはスカイ軍の統制により秩序が訪れたが、前方集団はまるで落ち着かなかった。なにより一匹狼派の選手が多かった。昨大会のスーパー敢闘賞ジェレミー・ロワ(FDJ・ビッグマット)が1人で突っ走り、フレデリック・ケシアコフ(アスタナ プロチーム)がやはり1人で追い上げた。21人はそれぞれに前の2人に追いつこうと手を尽くし、ステフェン・クルイスウィク(ラボバンク サイクリングチーム)とケヴィン・デウェールト(オメガファルマ・クイックステップ)がようやく合流に成功した。しかし今度はケシアコフが山を利用して、1人で前方へと飛び出した。

2011年ブエルタで一時総合上位争いにも加わっていたカザフスタンチームのスウェーデン人は、山岳ポイントを積み重ねながら先を急いだ。他の逃げ選手には1分半近い差をつけ、区間勝利へと順調に突き進んでいるかに思われた。

「ロワが先頭を走っているときは、逃げ集団内で静かにしていた。『チームメートが前にいるから、ボクは引かないよ』という姿勢を貫くことができたんだ。いわばロワがボクのために犠牲になってくれたんだよ。それからロワが遅れだしたところで、ボク自身がトライすることに決めた」

第7ステージのゴール前27km地点、さらにこの日のスタート地から30kmほどの町で生またティボー・ピノ(FDJ・ビッグマット)が、こうしてギアを切り替えた。同じようにフランスが「未来のスター」と期待する若手であり、同じように自転車一家出身のトニー・ギャロパン(レディオシャック・ニッサン)——T・ピノの父は地元のアマチュア選手、兄はアマチュアクラブの監督であるのに対して、ギャロパンの父は元プロ選手で、伯父はレディオシャックの監督だ——と共に、猛追に乗り出したのだ。そして今ステージ最後の山の、厳しい勾配を利用してギャロパンを置き去りにすると、とうとう単独でケシアコフを追いかけ始めた。

「今日のステージのコースはほぼ熟知していたんだ。ただし唯一知らなかったのが、最後のラ・クロワ峠だったんだよ。上りも下りも、まったく走ったことがなかった」

2年前のプロ初年度にツール・ド・ロマンディ山岳賞を獲得し、昨年はツール・ド・アルザス総合優勝、山の多いツール・ド・ランで区間2勝、ツアー・オブ・ターキーで総合3位……と飛びぬけたヒルクライムの脚を見せつけきたT・ピノは、未知の山道だってお構いなく突き進んだ。ちなみにマイヨ・ヴェールのペーター・サガン(リクイガス・キャノンデール)と同じ1990年生まれ。サガンが1月生まれなのに対して、T・ピノは5月生まれ。つまり2012年ツール最年少選手だ!

鈴なりの観衆が見守る中、ラ・クロワ峠の山頂間近でケシアコフへをとらえると、T・ピノはたった1人で勝利へ向かって走りだした。脚の痛みも、疲れも、「たくさんの歓声が忘れさせてくれた」。しかしゴール前16kmの山頂通過時点で、マイヨ・ジョーヌ集団との差はわずか1分38秒。後方では強烈なスピードアップが始まっていた。

スカイを驚かせろ!

「明日のTTに体力を温存しておくために、今日は動かない」と宣言していたヴィンチェンツォ・ニーバリ率いるリクイガス・キャノンデールだったが、ゴールまで40kmほどで加速体制に移った。ただし総合ライバルを千切るためではない。「サガンがメイン集団に残っていたから、前に連れて行くために加速したんだよ」と、22歳のマイヨ・ヴェールポイントをさらに補充するためだった。

総合3位選手が属するチームの企みに理解を示し、寛大なスカイ軍団は、プロトン先頭のポジションを優しく明け渡す。そしてこれが、ラ・クロワ峠のロット・ベリソルチームの攻撃を、さらに際立たせたのかもしれない。ロットは山の麓でリクイガスから主導権を奪い取ると、昨ツールで山岳区間1勝を上げたイェーレ・ヴァネンデールが強烈なテンポを刻み始めた。サガンはたまらず集団から滑り落ちて行く。さらに山頂に近づくと、前日は最終峠直前のパンクでタイムを大幅に失ったユルゲン・ヴァンデンブロックが、もはや失うものなど何もない……とばかりに、大胆なアタックを打った!

「今日は少しでもタイムを稼いでおくことが大切だった。だから攻撃に転じた。昨日は不運なアクシデントに襲われたけれど、ボクが決して諦めてはいないことを証明したかった」

こう語ったヴァンデンブロックの突然の猛攻に、メイン集団は一気にバラバラになった。すぐにライバルに飛びついたのはニーバリとカデル・エヴァンス(BMCレーシングチーム)。黄色いジャージのウィギンスや、唯一残っていた護衛隊員クリス・フルーム(スカイ プロサイクリング)もきっちり反応した。フランク・シュレク、クリストファー・ホーナー、アイマル・スベルディアのレディオシャック3人も塊になって追いかけてきた。アンドレアス・クレーデンを守るためにあえて前日の最終峠ではシュレクを犠牲にしたレディオシャックだったが、この日はラ・クロワ峠で苦しんでいるクレーデンを残酷にも切り捨てた。

「こうなったら、トライする価値があると思って」と、前言を撤回して、プロトン屈指のダウンヒル巧者ニーバリが下りで軽い加速を仕掛けたことも。同じく下り得意なエヴァンスも何度か意欲を見せた。しかしライバルを振りほどくには、下り距離も危険度も十分ではなかった。その後に待ち構えていた長い平地では、レディオシャックトリオが集団を牽引し始めた。前を走っていたガロパンも先輩たちに合流し、力を貸した。それがT・ピノを大いに恐れさせた。

「ラスト10kmは本当にきつかった。道は平坦で、向かい風が吹き付けて、しかも後方ではレディオシャックが引いていた。追いつかれるのではないかとすごく怖かった。ただチームカーがボクの側を走っているおかげで、『まだ30秒以上の差がある』と勇気付けられていたんだ。ラスト3kmに入って勝利を確信して、ようやく最後の瞬間を楽しむことができた」

T・ピノがフランスに待望の今ツール1勝目をもたらそうという頃、ゴール前3kmのロータリー×2回を利用して、ベルギー人ヴァンデンブロックが再びアタックを試みた。3年前までチームメートだったエヴァンスもすかさず同調。ヒルクライマーのフルーム以外アシストのいないウィギンスは、10秒差のライバルの抜け駆けを阻止するため、自らが追走を行うしかなかった!

最終的にエヴァンスの賭けはまたしても成功しなかった。T・ピノが歓喜の初優勝を果たした26秒後に、エヴァンスとウィギンス、ニーバリ含む8人は同タイムでゴールラインを越えたからだ。三者の関係は変わらず10秒差に16秒差。しかし重要な個人タイムトライアルを翌日に控えて、ウィギンスの体力をほんの少しだけ奪うことはできたかもしれない。また勇敢に攻めた甲斐あってヴァンデンブロックは総合13位から2分11秒遅れの8位にジャンプアップ。レディオシャック軍団はチーム総合で首位に躍り出た。……いつのまにかマイヨ・ジョーヌ集団に紛れ込んでいたデニス・メンショフ(カチューシャ)は、54秒差で総合4位に上がった。長時間逃げ続けたケシアコフは山岳ジャージと敢闘賞のご褒美を手に入れた。

「ツールでは何が起こっても驚かない。どんなことも軽く考えてはならないし、あらゆる事態を想定しなければならない。総合優勝争いに関しては、タイムトライアルばかりが大きく注目されているけれど、どんなステージも大切なんだ。毎日、前にいなければならない。タイムトライアルだけでマイヨ・ジョーヌが取れるわけじゃない(ウィギンス)」

この日ロンドンで決勝が行われたテニスの全英オープンで、アンディ・マレーが76年ぶりの英国人優勝を逃した。ウィギンスは史上初めての英国人ツール・ド・フランス勝者を目指している。紳士の国のグランドスラムは白いテニスウェアの着用が義務付けられているが、記者の挑発的な質問に放送禁止用語を吐いて出て行くような過激さも魅力のウィギンスは、第9ステージはチーム自慢のスペシャルTTスーツではなく大会が提供するルコック製イエロースーツを着て走る。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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