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第17ステージの残り23.7kmに位置するアゼ
ツール・ド・フランス2021でプロトンが訪れる、サイクルロードレースファンならずとも一度は訪れてみたい各土地の歴史と伝統に彩られた魅力をお届けします。
ピレネー / Pyrenees
ツール・ド・フランスがどうして世界最高峰のサイクルロードレースとなったか? 広大な国土を有するフランスを一周するから。真夏のバカンス時期に開催されるから。世界有数の観光大国であるフランスが舞台だから。いくつかの要因が挙げられるが、コースにピレネー山脈の峠を加えたことが決定的だった。
2021年で108回目となるツール・ド・フランスは、二度の世界大戦による10年間の中断があり、第1回大会は1903年だった。当初はフランス各地の大都市を巡礼の旅のようにつなぎ、ほぼ六角形の国土を忠実にめぐる一周ルートだった。
第17ステージの残り38.8km、ルダンベイユ近くにあるルーロン渓谷
「フランスを自転車で一周する」という発想が多くの人たちの興味と共感を呼び、大会は大成功するのだが、大会主催者はさらなる話題づくりのためにとんでもないことを考えついた。当時として自転車で上ることなどだれひとりとして想像できなかったピレネー山脈の峠をコースに加えると発表したのだ。
1909年に主催者はピレネーにある4つの峠、オービスク、ル・トゥルマレ、アスパン、ペイルスルドを加えた。ツール・ド・フランスで2021年からニュートラルアシスタンスを担当するシマノが100年前の1921年創業なのだから、当時は変速機なんてものはなかった時代である。
それどころか、ピレネーには人食い熊が生息しているので、選手たちに襲いかかるんじゃないかと危惧されたような山奥である。実際に出場選手たちは、限られたギアで急しゅんな峠を上り、こんな山岳ステージを擁した主催者に対して恨み節も言いたくなったようである。
ただしレースが過酷になればなるほど、ファンのボルテージは高まり、トップでゴールした選手は英雄視された。ツール・ド・フランスはどんなスポーツにも負けない、地上で最も強い男を決めるレースとしてフランス国民の誇りとなっていく。味をしめた主催者が次にアルプス山脈越えを導入したのは言うまでもない。
ピレネー山脈の峠のなかでも最高峰が標高2115mのル・トゥルマレ峠(Col du Tourmalet)だ。周囲は針のように屹立した山岳が取り囲み、真夏でも天候が崩れれば降雪する。そんな過酷な条件が勝負どころとして定着し、大観衆が沿道を埋め尽くすようになった。ル・トゥルマレはピレネーの重要な拠点にあり、ここを通過しないと次には進めない。アルプスを含めてツール・ド・フランスに毎年必ず登場するのは、ル・トゥルマレ峠以外にはないのである。
1913年にツール・ド・フランスの伝説となるエピソードがこのル・トゥルマレ峠で演じられる。
第18ステージのゴールはリュズ・アルディダン
1913年のツール・ド・フランスは初めて時計と逆回りのルートを取り、アルプスの前にピレネーを体験した。第6ステージ、バイヨンヌからリュションまでの326kmという、現在では考えられないような長距離区間でその伝説は生まれた。舞台となったのはピレネーのル・トゥルマレ峠。主役を演じたのはウジェーヌ・クリストフ。前年の総合2位、そしてサイクルロードレースの歴史の中で初めて登場した山岳スペシャリストだ。
この日、ル・トゥルマレ峠を2番手で通過したクリストフだが、下りで彼の自転車のフロントフォークが折れるというアクシデントに見舞われた。しかしクリストフはあきらめなかった。14kmの道のりをひたすら歩いて、たどり着いたのがサントマリー・ド・カンパンという小さな集落だった。
クリストフはわき目もふらずに鍛冶屋に飛び込んでいった。そして店の職人から溶接道具を借りると、自らの手で折れたフォークを直し、逃げていた宿敵フィリップ・ティスを追いかけていったのだ。サントマリー・ド・カンパンにあった鍛冶屋は建物だけは現存し、その壁にツール・ド・フランスの伝説の舞台となったことを伝える石版が埋め込まれている。
ピレネーではこんな楽しそうなファットバイクも
ツール・ド・フランスの空撮映像でいつも登場するのが130年の歴史を誇るピック・デュ・ミディ天文台だ。ル・トゥルマレ峠を眼下にする、針のような稜線のピークに建造された石造りの研究施設だ。標高はなんと2877m。
ル・トゥルマレのベースキャンプとなるラ・モンジーの集落からロープウェイを2つ乗り継いでいく。1泊2食付きで天文学者が宿泊した部屋に泊まることもできる。夕日が沈むころには研究員に案内されてツアーが始まり、天体ドームの中に案内されて観測用の望遠鏡で土星などを見せてくれる。宿泊者数は27人限定だが、予約すればだれでも泊まれるのでぜひ。
文:山口和幸
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山口 和幸
ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。
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