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エメラルド色の湖を持つティーニュ
ツール・ド・フランス2021でプロトンが訪れる、サイクルロードレースファンならずとも一度は訪れてみたい各土地の歴史と伝統に彩られた魅力をお届けします。
ティーニュ / Tignes
アルプスのティーニュは、ツール・ド・フランスが2019年に訪れることができなかったゴール地点だ。そのとき、「できるだけ早くティーニュにやってくる」と、主催者はこの町に言葉を送った。2年後の2021年、その約束は第9ステージで果たされる。
2019ツール・ド・フランス、マイヨジョーヌを確実にしたベルナルが僚友トーマスから祝福を受ける
2019年のツール・ド・フランス第19ステージで、だれもが予想だにできなかったアクシデントが発生した。ティーニュは大会終盤に用意されたアルプス3連戦のうち、2日目のゴールだった。総合2位につけていたイネオスのエガン・ベルナル(コロンビア)が独走でイズラン峠を通過していた。その先の下り坂で突如の雪崩が発生した。路面はまたたく間に氷雪で覆い尽くされて危険な状態となり、レースはここで打ち切りになった。
ツール・ド・フランスはティーニュにたどり着けなかったのである。
ヴァルディゼール、アルプス独特の家造り
イタリア国境に近いティーニュは真夏でもスキーができるウインターリゾートとしてフランスでも人気がある。周囲にはレザルク、ラ・プラーニュ、ヴァルディゼールといった、ツール・ド・フランスでもおなじみのスキー場が点在する。ティーニュにゴールする2021年の第9ステージは、そのコース途中で名峰モンブランに最接近するので、その真っ白な山肌が国際放送で映し出されるのが楽しみだ。
夏でもスキーできるのだから、気象状況によっては7月のフランスであっても冠雪したり、雪崩があってもおかしくはないわけだ。
2019年のツール・ド・フランス。アルプス初日はモビスターのナイロ・キンタナ(コロンビア)が残り19kmを頂点とする最難関のガリビエ峠でアタックし、ゴールまで独走して1年ぶり3度目の区間優勝を飾った。首位はドゥークニンク・クイックステップのジュリアン・アラフィリップ(フランス)だった。
アラフィリップは有力選手の集団から一時脱落したが、下り坂で追いついてマイヨジョーヌを死守した。総合2位はイネオスのゲラント・トーマス(英国)に代わってチームメートのベルナルになった。
ティーニュの隣にあるヴァルディゼールもツール・ド・フランスがよく訪問する
アラフィリップからどうやってマイヨジョーヌを奪い取るか? ガリビエ峠でイネオスは総合3位につけていたベルナルをアタックさせた。トーマスもアラフィリップを振り切って前を追った。アラフィリップはたまらずここで遅れを取り、ガリビエ峠ではわずかに差をつけられて通過。「あらゆるリスクを犯した」というアラフィリップは下り坂を全開で走り、すぐ前を行くトーマスには合流したが、ベルナルには届かなかった。ベルナルはこの日32秒を稼ぎ、総合成績で1分30秒遅れの2位に浮上した。
「トーマスがレースを動かすためにアタックしろと声をかけてくれた」とベルナル。その時点ではイネオスがベルナルをして総合優勝をねらうと決まっていたわけではなかった。
そしてアクシデントの第19ステージへ。自然の猛威にさらされて、レースディレクターの判断は迅速だった。
ティーニュで行われる「山の祭り」はスイーツもいっぱい
みぞれが雪崩のように路面になだれ込んだ現状を見て、レースディレクターは安全上の理由でレース打ち切りを決定。ステージ優勝者はなしとし、89km地点のイズラン峠頂上を通過したタイムを総合成績に反映させることを関係車両に無線で通告した。ベルナルはイズラン峠でアラフィリップに2分07秒の差をつけていて、初めて首位に立つことになった。
雪崩がなければ、この日のコースはこの現場を下り切ってもうひとつの山岳を上っていく。アラフィリップが下りを利用して差を詰めたか、最後の坂でさらに差をつけられたか、2つの可能性があった。
「なにが起こっているのかまったく分からなかった。無線でレースが終わったと言われ、立ち止まったら監督からマイヨジョーヌだと言われた」と感激で涙ぐむベルナル。
「明日は短いステージなので最後まで全力で行く。もしコロンビアで初めての総合優勝者となったらそれは快挙だよ」
そして迎えたアルプス3連戦の最後の山岳ステージ。気象予報は大雨で、主催者は土砂崩れの危険性が高い前半部分の山岳を回避すると発表。35kmの上り坂を有するカテゴリー超級のヴァルトランスのみのレースとなった。しかも当日はヴァルトランスの気象状況を憂慮して、一時はステージ打ち切りの可能性もあったという。幸運にもレースは短縮コースで行われることになった。
ティーニュをベースにしてアルプスの稜線をトレッキングする
距離59.5kmに短縮されて行われ、前日に初めて首位に立ったベルナルが17秒遅れの区間4位でゴールし、コロンビア選手として初の総合優勝を確実にした。
アラフィリップは大きく遅れ、総合5位に後退することになる。
ティーニュの山小屋風宿泊施設はこんな感じ。これぞバカンス
「ボクは小さいころ、コロンビアの家でツール・ド・フランスのテレビを見ていて、こんなスゴい領域に到達できないと思った。子供のころに『いつか出場できたら最高にカッコいいぞ』と思ったけど、その目標は遠くにかなたに見えた。でも、いまここにいる。とても感慨深い」と最終日前日の記者会見でベルナルは語っている。
文:山口和幸
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山口 和幸
ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。
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