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ワイルドロードを行く
ツール・ド・フランス2021でプロトンが訪れる、サイクルロードレースファンならずとも一度は訪れてみたい各土地の歴史と伝統に彩られた魅力をお届けします。
ミュール=ド=ブルターニュ / Mur-de-Bretagne
ブルターニュ地方の集落
ブルターニュ半島は起伏がちな地形で、一般サイクリストにはここが平坦ステージと呼ばれることが信じられない。2021ツール・ド・フランス第2ステージのゴールは「ミュール=ド=ブルターニュ」。ミュールとは「壁」という意味があるので、壁のように立ちはだかる激坂ということだろう。
「ブルターニュのラルプデュエズ」として地元のサイクリストが自慢する上り坂だ。フランスでは最小自治体のことを「コミューン」と呼ぶが、ミュール=ド=ブルターニュはかつてのコミューン。2017年に隣町と合併して、現在はゲルレダンというコミューン名になっている。
点在する集落を合わせても2000人ほどという小さなコミューンだが、町から県道をちょっと行ったところにこの丘陵地がある。標高はたかだか293m。それでも地元の人にとっては心臓破りの激坂として知られている。
このブルターニュの激坂がツール・ド・フランスのフィニッシュ地として登場するのは4回目。過去には2011年、2015年、そして2018年に駆け上った。そのときのステージ優勝者はカデル・エヴァンズ、アレクシス・ビヤモーズ、ダン・マーティン。2015年はクリス・フルームがここで好走を見せ、2年ぶり2度目の総合優勝に向けての足がかりを作った。
2011年のツール・ド・フランス。ミュール=ド=ブルターニュにゴールするステージは198選手が雨のレースをスタートしていった。9km地点でゴルカ・イサギレら5選手がアタック。24km地点では4分35秒差をつけた。これに対してメイン集団は最後の激坂を得意とするフィリップ・ジルベールに勝たせるためにオメガファルマ勢がペースメーク。
ゴール地点が激坂なので当然のように有力選手は色めき立っていた。アルベルト・コンタドール、エヴァンズ、アンディ・シュレク、ジルベールなどが最後の瞬間に備えて神経戦を展開。コンタドールは初日に落車で遅れていて、そのロスを挽回するべく必死だった。
5選手は次第に差を詰められていくが、残り7.4kmでイサギレが他の1選手とともにアタック。隊列が崩壊したことで、後続集団が一気に襲いかかり、残り3.7kmで全選手を吸収した。
そして壁のように立ちはだかるミュール=ド=ブルターニュの激坂へ。残り1.3kmでコンタドールがアタック。ジルベールとエヴァンズらがこれに追従。逃げ切れなかったコンタドールはそれでもゴールスプリントに挑み、区間優勝を確信してガッツポーズした。
しかしその横につけていたエヴァンズがゴールラインまでペダルを踏みきっていて逆転。幾度となく苦汁をなめ続けてきた男のしたたかさが出た。これが勝利へのあくなき執念だと思った。
ツール・ド・フランスのヴィラージュでもバグパイプ演奏
エヴァンズは2007、2008年と総合2位になり、2008年にはマイヨジョーヌを5日間、2010年にも1日着用している。ところが区間勝利の表彰台に上るのはこの日が初めてだという。記録上は2007年のタイムトライアルで勝っているが、これは薬物違反による事後の繰り上がり優勝だ。
「コンタドールが勝利をねらっていたのはわかっていたが、ボクはゴールラインに前輪を届かせることに精一杯だった。誰が勝ったかは成績が出るまでわからなかった。終盤にメカに違和感を感じたとき、経験豊かなヒンカピーがマシンを交換しろとアドバイスしてくれた。そしてチームメートが集団に戻してくれた。この勝利はチーム全員のものだ」とエヴァンズ。
一方のコンタドールはゴールライン上で勝利を確信し、右手でガッツポーズをしたが、写真判定ではエヴァンズに届かなかった。
「勝てなかったのはチームに申し訳ないが、やる気がでてきたのが幸いだ。総合優勝をねらうにはいい位置じゃないことは確かだ。でもここは我慢。チャンスは必ずやってくる」とコンタドール。フランスのアンチファンから浴びせられるブーイングに動揺を隠せないでいるのだ。
その年の大会はラルプデュエズでアンディ・シュレクがマイヨ・ジョーヌを着用するが、その翌日、言い換えると最終日前日の個人タイムトライアルでエヴァンズが逆転。エヴァンズが涙の初優勝を決めたのである。
文:山口和幸
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山口 和幸
ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。
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