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ブルターニュをサイクリング
ツール・ド・フランス2021でプロトンが訪れる、サイクルロードレースファンならずとも一度は訪れてみたい各土地の歴史と伝統に彩られた魅力をお届けします。
ブレスト / Brest
大西洋に沈む夕日
第108回ツール・ド・フランスの開幕地ブレストは、フランスでは「地の果て」とまで言われている。ブレストがあるフィニステール(Finistere)県は、フランス映画の終わりに登場する「Fin」と同じ語源で、とにかく最果てというイメージなのである。
ところで、サイクリストの間でブレストと言えば長距離サイクリングの「パリ〜ブレスト〜パリ」を思いうかべるはず。スイーツ好きの人ならリング状のフランス菓子「パリ〜ブレスト」かも。じつはどちらもツール・ド・フランスと切っても切れない縁がある。
決められたコースを独力で走る。迷い道や機材故障なども自らの備品や能力で処理し、制限時間内にフィニッシュすればサイクリストとしての能力が認定される。最高峰の大会はフランスのパリ〜ブレスト〜パリで、それが洋菓子の名前に関連しているというのだから面白い。
フランス語でバッジのことをブルベ(brevet)というが、いろいろなスポーツで選手の実力レベルを認定し、実力者の証としてバッジを授与することもブルベと言われるようになった。簡単に言えば、日本でもスイミングスクールでよく開催される、いわゆる記録会のこと。その自転車版が「長距離サイクリングの実力認定制度」、いわゆるブルベ・ランドヌーズ。ランドヌーズ(遠乗り)だから、レースではなくサイクリングだ。
ブルベ認定の基準はスポーツによって異なる。水泳では50mフリースタイルや100m平泳ぎなどで規定の「タイム」をクリアすること。アルペンスキーでは特定の「技能」をマスターしていること。そして自転車の場合は、200km、300km、400km、600kmなどの設定された「距離」を、制限時間内で完走できれば合格だ。200kmを完走したサイクリストは、「次は300kmだ!」と、レベルアップしていく楽しみがある。
ブルベの発想はいかにも大陸的な考えだ。ブルベが盛んに行われている一部のヨーロッパや北米、オーストラリアなどの大陸はあまりにも広大な平原を持ちあわせたことから、長距離サイクリングのモチベーションを高めるために、「距離」を目的地に置き換えたのである。日本と違って国土の大半が平らなフランスでは散漫になりがちなロングライドには「距離」という目標を設定する必要があったわけだ。
2018年にもツール・ド・フランスはブレストを訪問した
日本やニュージーランドのように細長い島国では、列島横断が長いところで300km程度と手ごろ。東京〜直江津間なら314kmと走りごたえがあり、ブルベ・ランドヌーズの文化としては後進国となる。しかも豊かな自然や風光明美な山岳があり、たとえば「車両が通過できる最高峰である大弛峠」や「日本横断」という明確な目的が設定できる。
一方、フランスを中心に熟成していったブルベ・ランドヌーズは、設定された距離を制限時間内に完走すれば認定書がゲットできる。レースではないので所要時間は発表されず、アルファベット順に完走者の名前が掲載されるのが特徴だ。時間制限は平均時速に換算しておよそ時速14kmから15kmほど。食事や仮眠、パンク修理やミスコースなどのトラブル処理を含めた平均時速だから、実際の走行スピードはもっと速い。
ブルターニュの町に繰り出す
世界で一番有名なブルベは、フランスのパリ〜ブレスト〜パリだ。ブレストはブルターニュ半島のはずれにある港町で、パリから600kmの位置にある。これを往復するから距離は1200kmで、制限時間は90時間。平均時速で13km強。
同じ名前をいただいた車輪の形をした洋菓子でも有名だが、もともとパリ〜ブレスト〜パリは自転車のロードレースで1891年に始まり、10年に1度開催されていた。しかも非常にユニークな競技で、スタートしてしばらくすると選手1人に1台ずつ先導のモーターサイクルがついた。第1回大会を制したフランスのC・テロンの平均時速は16.814kmだった。
パリ〜ブレスト〜パリの主催はフランスのスポーツ新聞「ル・ベロ」だった。ライバル紙だった「ロト」は発行部数で「ル・ベロ」に水を開けられていて、起死回生の企画が必要だった。もう少し立ち入った話をすると、「ロト」は1902年まで「ロト・ベロ」という新聞名だった。「l’Auto=ロト」はオートモービル、「velo」は自転車で、つまり自動車や自転車のレースを中心に報道するスポーツ紙だった。ところが「ベロ」の名称使用をめぐって「ル・ベロ」に法廷闘争で敗れ、改名を余儀なくされたのだ。
2018ツール・ド・フランス
当時の「ロト」はパリ〜マドリッド間自動車レースで大失敗していた。エンジンがついた乗り物で長距離レースをしても、もはや人々の関心をあまり引きつけなかった。「パリ〜ブレストよりももっと壮大なスケールの挑戦を企画して成功させたい。そうだ。自転車で広大なフランスを一周してみよう」と考えて実施したのがツール・ド・フランスである。
「ロト」は紆余曲折の後に「l’Equipe=レキップ」と紙名を変更していまも存続する。その発行元は現在、ツール・ド・フランスやパリ〜ダカールなどを主催するメディアグループ「A.S.O.社」となっている。
現在では日本でもブルベが開催されるが、制限時間は本場よりかなり厳しいものだ。とにかくブルベ発祥のフランスには信号機がほとんどなく、しかも車のドライバーはサイクリストを尊重してくれる。日本のブルベ完走者は本場フランスでも十分に通用する。
文:山口和幸
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山口 和幸
ツール・ド・フランス取材歴25年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、Number、Tarzan、YAHOO!ニュースなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)。2013年6月18日に講談社現代新書『ツール・ド・フランス』を上梓。青山学院大学文学部フランス文学科卒。
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