プリモシュ・ログリッチ物語《栄光の欠片》｜ クライマックスは突然に

クライマックスは突然に

掴みかけた栄光は、わずかばかりの欠片を残してその男の手からこぼれ落ちたーー。あの衝撃的な敗戦の記憶を背負い、失った栄光を取り戻す戦いに再び挑む、プリモシュ・ログリッチという一人の男の物語。全6話。

1 話：クライマックスは突然に

すっかり着慣れたその衣を、脱ぐのだと自覚した時、プリモシュ・ログリッチはただしばらく呆然と座り込むしかなかった。

11日間のマイヨ・ジョーヌが、開幕から19日間重ねてきた努力が、シーズン初めから払ってきたあらゆる犠牲が、なにより自転車選手に転向した日からずっと抱いてきた夢が……すべて崩れ去ってしまったのだから。

2020年大会の第20ステージで世紀の逆転負けを喫した直後のログリッチ。自分自身も現実を受け止められずにいるようだった...

ツール・ド・フランスは2年連続で、ひどくドラマチックな幕切れを迎えた。

2019年は、雹の嵐と突然のステージ中断が、ジュリアン・アラフィリップを頂点から引きずり下ろした。

2019年大会の第19ステージ。レース中に発生した嵐による土砂崩れと雹の影響でレース中断。アラフィリップはこの影響でマイヨ・ジョーヌから陥落した。

最後の1メートルまでがむしゃらに戦い抜くことすら許されなかった。14日間、地元フランスを熱狂させてきたマイヨ・ジョーヌは、こうしてパリ到着2日前にむしり取られた。

昨夏はもっと残酷だったかもしれない。シャンゼリゼでの戴冠まで、あとほんの24時間に迫っていた。

最終日前日の総合首位交代は、2011年大会以来9年ぶり。

そのあまりの衝撃の大きさから、1989年大会最終日個人タイムトライアルでの歴史的転覆劇にさえ比された。光の矢のように王座へと駆け上がったタデイ・ポガチャルと、陰鬱な瞳でもがき、沈んでいったログリッチ。

苦しそうな表情を浮かべながら、最後の力を振り絞って走った第20ステージの個人TT。それでもポガチャルの脅威的な走りの前に、誰も想像することさえしなかった《世紀の逆転劇》が、生まれた。

「こんなの僕が望んでいたものなんかではなかった。失望した。僕はきっと泣くだろう。いや、実は、もう泣いたんだ」（ログリッチ）

ーーー続く。（1/6）

文：宮本あさか