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ツール・ド・フランスの落伍者専用収容車、いわゆるヴォワチュール・バレ(ほうき車)の運転手は、さまざまな悲哀に遭遇する。
「選手たちから、ゴール付近で降ろさないでくれ、と頼まれることがよくある。観客に姿を見られたくないんだよ。だからそういうときは、ゴールの先まで行ってから車を止めるんだ」
この車に乗せられてゴールに向かうことほど、屈辱的なことはない。スタートラインに立ったときはシャンゼリゼを夢見ていたに違いない選手たち。
しかし制限時間内でのゴールが難しいとき、あるいはもう走れないとギブアップしたとき、ワゴンのドアが、まるで手招きするように開かれる。唐突に、そして非情に、脱落者の烙印が押されるかのごとく、背中のゼッケンがはずされる。
でもごくたまに、この陰気な車がレースをドラマチックに彩ることもある。例えば2000年ツール、スイス・ローザンヌのゴール地点。この日は、最後に町中を周回するコースだった。
集団が通り過ぎた後、しばらくしてひとりの選手がヴォワチュール・バレに追い立てられながらやってきた。前傾姿勢で必死の形相の選手はダミアン・ナゾンだ。
実況中継解説者が煽るようにして叫ぶ。「ナゾンの運命やいかに?」。場内は、にわかにヒートアップする。
やがて最終周回。大集団による怒涛のスプリント合戦が展開した。もちろんナゾンはまだ来ない。観客も最後を見届けようとその場を動かない。やがて、遠くの方から先頭争いのときの歓声を上回るほどの絶叫が聞こえてきた。
相変わらずナゾンはヴォワチュール・バレと追いかけっこをしていた。まるで大波のようにひたひたと背後からせまりくるほうき車。口を開いて泣きそうな顔でやってくるナゾン。頑張れ、頑張れ!観衆がひとつになって応援する。なんともいえない高揚感。
トップからはひとり30分以上遅れたが、それでも無事ゴールインし、タイムアウトを逃れたナゾンは、スイスの町を優勝者以上に盛り上げた。
Naco
1999年末、ホームページを立ち上げ、趣味だった自転車ロードレースの情報記事を掲載しはじめる。2000年夏からは、ツール・ド・フランスの現地観戦レポートを開始。同サイトには、ロードレース・ファンたちが数多く訪れている。現在、フリーランスのジャーナリストとして自転車専門誌に記事を寄稿している。
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