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ツールを去る男の涙の中でも、とりわけ痛ましいのは、マイヨ・ジョーヌを着用したままケガなどの理由で去らねばならなくなったケースだろう。
ルイス・オカーニャ、ベルナール・イノー、ロルフ・ソレンセン、クリス・ボードマンなどは、総合首位にいながら、みなケガで涙をのんだ。もっとも、直近のケースの場合、理由は怪我などではなく、同情の余地はない。リタイアに追い込まれたのは、2007年第16ステージ時点で総合首位にたっていたミカエル・ラスムッセン。倫理規定違反による解雇、という異例の理由だった。
そのほか、珍しい理由としては、1929年のケースのように、こわれた自転車を修理できずに無念のギブアップという事態もあった。当時はサポートカーなどなかったのだ。
黄色いジャージをまとったままツールを去った選手は、これまで14人にのぼる。
中でも1996年ステファン・ウーロの男泣きは痛ましく、見る者の胸を打った。第7ステージ途中のロズラン峠の山頂まであと3km地点。3日間マイヨ・ジョーヌを着用してきたウーロの顔は、激しくゆがんでいた。「死人のように青い」と形容したメディアもあったほど。
彼の頬を水滴が伝う。ひとしきり降った雨も去り、すでに路面は乾き初めていたから、見まごうことなく、それは涙に違いなかった。苦痛のせいなのか、それとも口惜しさのせいなのか。
既に首位の座からの陥落は、誰の目にも明らかだった。山頂まであと2kmに差し掛かったところで、彼はついに地に足をついた。しかしよろよろと、再びペダルをこぎ始める。沿道の観客からはゲキが飛ぶ。
サポートカーを運転していたロジェ・ルジェ監督の声が背中を押す。「峠さえ越えれば、下りに差し掛かった時点で、続行できるかどうか判断しよう」。
しかし300mしか、彼の脚はもたなかった。ついに再び、足をついた。人々が駆け寄る。中には白と黒の旗も見える。出身地、ブルターニュの旗だった。その間を縫うようにして、競技役員コミッセールが歩み寄り、ゼッケンをはぎ取っていく。
実は、総合首位に立った翌日から、すでに右膝の深部が痛み出していた。しかし、マッサーとルームメートのセドリック・ヴァスール以外にはひた隠しにして走り続けていたのだった。監督が車の中に呼び入れようと手をかけると、さまざまな思いが胸をよぎったのか、子供のように泣きじゃくった。彼のツールが終わった。黄色いジャージを着たままで。
2人を乗せた車は、フィニッシュ地点のシャンベリーへと向かった。車窓の外には、キャラバングッズを手にした大勢のファンの姿が見えた。その中には、息子のまたとない雄姿を見るために駆けつけた、両親の姿もあるはずだった。
Naco
1999年末、ホームページを立ち上げ、趣味だった自転車ロードレースの情報記事を掲載しはじめる。2000年夏からは、ツール・ド・フランスの現地観戦レポートを開始。同サイトには、ロードレース・ファンたちが数多く訪れている。現在、フリーランスのジャーナリストとして自転車専門誌に記事を寄稿している。
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